パンインターナショナル112便墜落事故

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パンインターナショナル 112便
Paninternational BAC 1-11-515FB.jpg
同型機のBAC 1-11
事故の概要
日付 1971年9月6日
概要 エンジンの故障
現場 西ドイツの旗 アウトバーン 7
乗客数 115
乗員数 6
負傷者数
(死者除く)
99
死者数 22
生存者数 99
機種 BAC 1-11
運用者 西ドイツの旗 パンインターナショナル英語版
機体記号 D-ALAR
出発地 西ドイツの旗 ハンブルク空港
目的地 スペインの旗 マラガ=コスタ・デル・ソル空港
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パンインターナショナル112便墜落事故は、1971年9月6日にハンブルクからマラガへ向かっていたパンインターナショナル112便がアウトバーンへの緊急着陸中に墜落した事故。この事故により、乗員乗客22人が死亡した。

事故機[編集]

事故機のBAC 1-11(機体記号D-ALAR)は事故の前年に初飛行を行ったばかりだった[1]

事故の経緯[編集]

パンインターナショナル112便は115人の乗客と6人の乗員を乗せて、ドイツハンブルク空港からスペインマラガへ向け出発した[1]。離陸滑走開始後、離陸決心速度(V1)到達後にエンジン温度の上昇が認められたが、そのまま離陸を決行。しかし上昇中の高度300mで両エンジンが故障し、ハンブルグ空港から約4.5キロほどにある高速道路アウトバーン 7[2])への緊急着陸を決断した[1][註 1]。降下率が高かったため着陸時の衝撃が大きく左主脚が破損、ブレーキを掛けて路上に留まったが制動し切れず、陸橋の橋脚に激突して操縦室が機体から分離し、胴体はそのまま滑って分解し炎上した[1]。この事故で21人の乗客と1人の乗員が死亡した[1]

事故原因[編集]

その後の調査で、水メタノール噴射装置[註 2]用のタンク5個のうち、2つに水ではなくジェット燃料が入れられていたことが判明した。このためエンジンが過熱し故障した[1]

なお、運航者であるパンインターナショナルはこの事故の直後に倒産した。

脚注[編集]

註釈[編集]

  1. ^ 元々アウトバーンナチス・ドイツ時代における建設当初から航空機の発着を想定しており、舗装の厚みがアメリカの2倍ある
  2. ^ エンジンの吸気に水を噴射することで混合気の温度を下げ、出力を向上させる装置。本機では離陸時に使用する

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f ASN 1971.
  2. ^ Autobahnatlas.de A7の路線情報” (ドイツ語(in German)]). 2010年5月29日閲覧。

関連項目[編集]

  • サザン航空242便墜落事故 - 1977年アトランタへ向かっていたDC-9が嵐に突入し、両エンジンが故障した。パイロットたちは近くの幹線道路への緊急着陸を試みたが、機体は路上の車や周囲の建物などを巻き込み、炎上・大破。地上の9人を含む72人が犠牲となった。

参考資料[編集]