ヒマラヤ美術館

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:外観の画像提供をお願いします。2013年4月

ヒマラヤ美術館 とは、かつて愛知県名古屋市中村区太閤1-23-1に存在した美術館ヒマラヤ製菓が運営していた。

概況[編集]

  • ヒマラヤ製菓の創業者・津田弘は、長年にわたり絵画をコレクションしており、これを元に設立。「ヒマラヤセンター」の2階・3階がヒマラヤ美術館、1階はケーキ販売店舗と喫茶室であった。
  • 玄関先の野外には、サモトラケのニケ像が展示してあった。杉本健吉展示室[1]三岸節子作品室[2])、近代日本洋画室の展示室を設置して、最盛期の総点数は200点近くにのぼった。
  • 主な所蔵作家と作品は、以下のとおり。
    • 三岸好太郎 - 『少年』(1931年頃作品)、『三人』(1933年作品)
    • 三岸節子 - 『ヴェネチア』(1973年作品)、『室内』(同題2作、1936、1937年作品)
    • 杉本健吉 - 『西の京』
    • 岸田劉生
    • 梅原龍三郎 - 『裸婦』
    • 鬼頭鍋三郎 - 『二人のバレリーナ』
    • その他、愛知県出身の画家
  • 2002年平成14年)12月、洋菓子店所有と財団法人所有の作品の管理が一体化していたため、財団法人所蔵の作品も洋菓子店の借金の担保とされ、担保流れとなった結果、持ち去られ売却されていることが判明。三岸節子の『ヴェネチア』等、有名な絵画が流出してしまった。このことをきっかけに閉館された[3]
    • 財団法人が提出した財産目録によると、2001年3月には約70点・帳簿上で約2億3578万円相当の美術品があったが、2002年3月には18点、約1125万円となっていることが、2002年12月18日愛知県教育委員会の発表により明らかになる[4]
  • 運営母体のヒマラヤ製菓は2004年(平成16年)1月29日に自己破産。株式会社ムッターハムに買収されることにより再開されたが、同社が親会社の株式会社フジチクとともに牛肉偽装事件を起こし、同年11月22日に自己破産。

略歴[編集]

  • 1977年(昭和52年)3月 - 開館
  • 1983年(昭和58年) - 財団法人化。
    • 4月26日 財団法人ヒマラヤ博物館が、愛知県博物館協会に加盟する[5]
  • 2002年12月末:閉館。
    • 愛知県博物館協会の退会は、資料記述によると同年11月12~13日[5]

関連[編集]

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 杉本健吉 - 車木工房 によると、1977年の美術館開館とともに設置
  2. ^ 画家・三岸節子 - 三岸美術館 によると、1977年の美術館開館とともに設置
  3. ^ 特別講座「美術館は静かにどこへ向かうのか」第1回「美術館の閉館は誰の問題なのか?」 - 美学校 2015年1月25日 記事中にある講演会資料 閉館した美術館2015.1.6
  4. ^ ヒマラヤ美術館閉鎖へ/三岸節子らの作品流失 - 2002年12月18日 四国新聞記事
  5. ^ a b 愛知県博物館協会40年史