ビクトリーアップ

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ビクトリーアップ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1993年5月5日
死没 2001年
アサティス
カリスタギャロップ
生国 日本の旗 日本北海道門別町
生産 ファンタストクラブ
馬主 原田幸雄
→渡邉茂
→(有)池ばた
調教師 吉永正人美浦南
競走成績
生涯成績 32戦4勝(うち障害13戦4勝)
獲得賞金 1億3354万4000円
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ビクトリーアップは日本の競走馬1998年中山大障害(秋)に優勝した。

1995年12月の芝マイルの新馬戦で競走馬として初出走したが、最下位の16着に敗れた。その後はダート中距離で2着3回、3着4回と健闘したが、結局、11月の未勝利戦終了までに勝つことができず、その後去勢して7か月半の放牧に出された。1997年6月に復帰して500万以下競走を4戦したが10、7、10、13着と惨敗した。その那須トレーニングセンターで障害練習を行い8か月の1998年4月に障害競走で初出走を行った。障害では4戦目で初勝利を挙げ、400万以下も3戦目で勝ちあがってオープン入り。続く東京障害特別(秋)では55kgの軽ハンデを活かして後方から追い込み2着と健闘。

次走の障害オープンを勝って臨んだ中山大障害(秋)では先行したノーザンレインボー落馬ゴッドスピードがバテて崩れるなか、中団から楽に抜け出し2着のメジロファラオに1.7秒差をつけて大差勝ち。鞍上の横山義行は重賞初勝利、そして吉永正人は調教師としてはこれが唯一の重賞勝ちとなった。

1999年阪神スプリングジャンプで始動するが終始後方のまま11着に惨敗。続く中山グランドジャンプでは不良のコンディションのなか先行各馬を捕らえられず4着にとどまり、京都ジャンプステークスでレース半ばに故障を発生し、そのまま引退した。

引退後は東武動物公園内の乗馬クラブクレインにて乗用馬生活を送っていたが、2001年の暮れに腸捻転により死亡した。

血統表[編集]

ビクトリーアップ血統ノーザンダンサー系Nearco 5×5=6.25%) (血統表の出典)

*アサティス
Assatis
1985 鹿毛
Topsider
1974 鹿毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Drumtop Round Table
Zonah
Secret Asset
1977 鹿毛
Graustark Ribot
Flower Bowl
Numbered Account Buckpasser
Intriguing

カリスタギャロップ
1988 黒鹿毛
*エンペリー
Empery
1973 鹿毛
Vaguely Noble *ヴィエナ
Noble Lassie
Pamplona Postin
Society's War
スイートベルン
1980 鹿毛
*パーソロン Milesian
Paleo
スイートエイト *ゲイタイム
*スヰート F-No.1-s
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典