ファトミレ・バイラマイ

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ファトミレ・バイラマイ Football pictogram.svg
Fatmire Bajramaj.jpg
名前
愛称 リーラ
ラテン文字 Fatmire Lira Bajramaj
基本情報
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1988-04-01) 1988年4月1日(31歳)
出身地 コソボの旗 コソボ (当時ユーゴスラビア)
身長 170cm
体重 55kg
選手情報
ポジション ミッドフィールダー
ユース
1993-1998 ドイツの旗 VfLギーゼンキルヒェン
1998-1994 ドイツの旗 FSCメンヒェングラートバッハ
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2004-2009 ドイツの旗 FCR2001デュースブルク 84 (30)
2009-2011 ドイツの旗 1.FFCトゥルビネ・ポツダム 40 (29)
2011-2014 ドイツの旗 1.FFCフランクフルト 27 (10)
2014-2016 フランスの旗 パリ・サンジェルマン 24 (8)
代表歴
2005-2015 ドイツの旗 ドイツ 79 (18)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ファトミレ・"リーラ"・バイラマイ (Fatmire "Lira" Bajramaj、1988年4月1日 - )は、旧ユーゴスラビアコソボ自治州・ブリミ / イストク出身でドイツの元女子サッカー選手である。現役時代のポジションはミッドフィールダー

経歴[編集]

前歴[編集]

コソボのブリミ / イストクで、ユーゴスラビア国籍のアルバニア人として生まれた。1993年、両親とともにドイツのギーゼンキルヒェン (Giesenkirchen)に移住し、以後はドイツで育つ。1993年、地元サッカークラブのDJK/VfLギーゼンキルヒェンに入団、1998年まで在籍した。1998年からFSCメンヘングラッドバッハ (FSC Mönchengladbach)に移り、そこでは2004年までプレーしている。

代表[編集]

2003年、U-15ドイツ代表に選出された事で注目される。2005年には飛び級でU-19代表に選出され、同年開催のUEFA U-19女子選手権に出場し、ベスト4を経験した。同年開催のスコットランドとの試合をきっかけに、A代表にも選出されるようになり、2006年まではU-19代表とA代表を掛け持ちする状態であった。

2006年にはロシアで開催されたFIFA U-20女子選手権にも出場し、メキシコ戦で1得点、スイス戦では2得点を挙げた。

2007年のワールドカップにも出場2度目の優勝に貢献している。

2008年には北京オリンピックに出場。途中出場中心ながら 3位決定戦 (対戦相手: 日本)では、62分からの途中出場ながら、69分、87分に2得点を挙げ、銅メダル獲得に 大きく貢献した。

2009年にはUEFA欧州女子選手権で7度目の優勝を果たしている。

2011年には女子ワールドカップに出場し、グループリーグ3試合に出場したが、準々決勝の日本戦は出番がなかった。

クラブ・個人[編集]

2004年、FCR2001デュースブルクに移籍、2007年、女子DFBポカールの決勝戦にスターティングメンバーとして出場したが、1-1の末、PK戦を制した1.FFCフランクフルトが優勝し、デュースブルクは準優勝に終わった。同年秋には2007 FIFA女子ワールドカップに出場、優勝を経験した。

2008-09年度のUEFA女子カップでは決勝戦に出場し、クラブ史上初の同大会優勝を経験した。また女子DFBポカールでは2006-07年度 以来の決勝戦進出を果たし、28分に先制点を決めた。(試合は7-0で終わり、デュースブルクは初のDFBポカール覇者となっている。

2009年、バイラマイは3年契約のオファーを受諾し、1.FFCトゥルビネ・ポツダムへ移籍、同クラブでも移籍初年度にUEFA女子チャンピオンズリーグで優勝を果たし、2010年にはFIFAバロンドールで女子部門2位となった。

2011年、1.FFCフランクフルトに移籍した。

2014年、パリ・サンジェルマン女子に移籍した。

2017年2月28日、現役引退を発表した。

タイトル[編集]

クラブ[編集]

デュースブルク
優勝(1): 2008-09
優勝(1): 2008-09
ポツダム
優勝 (1): 2009-10
優勝 (2): 2009-10, 2010-11

代表[編集]

サッカードイツ女子代表
優勝 (1): 2007
優勝 (1): 2009