ファビオ・フォニーニ

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ファビオ・フォニーニ
Fabio Fognini
Tennis pictogram.svg
Fognini WM19 (23) (48521819066).jpg
2019年ウィンブルドンでのファビオ・フォニーニ
基本情報
愛称 フォグナ (fogna)
国籍 イタリアの旗 イタリア
出身地 同・サンレーモ
居住地 同・タッジャ
生年月日 (1987-05-24) 1987年5月24日(34歳)
身長 178cm
体重 79kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 2004年
ツアー通算 14勝
シングルス 9勝
ダブルス 5勝
生涯獲得賞金 15,592,392アメリカ合衆国ドル
4大大会最高成績・シングルス
全豪 4回戦(2014・18・20・21)
全仏 ベスト8(2011)
全英 3回戦(2010・14・17-19)
全米 4回戦(2015)
4大大会最高成績・ダブルス
全豪 優勝(2015)
全仏 ベスト4(2015)
全英 2回戦(2014)
全米 ベスト4(2011)
優勝回数 1(豪1)
4大大会最高成績・混合ダブルス
全豪 2回戦(2013・16)
全英 2回戦(2012・13)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 9位(2019年7月15日)
ダブルス 7位(2015年7月20日)
2020年2月10日現在
テンプレート  プロジェクト テニス

ファビオ・フォニーニFabio Fognini, 1987年5月24日 - )は、イタリアサンレーモ出身の男子プロテニス選手。身長178cm、体重79kg。右利き、バックハンド・ストロークは両手打ち。ATPランキング自己最高位はシングルス9位、ダブルス7位。これまでにATPツアーでシングルス9勝、ダブルス5勝を挙げている。ATPワールドツアー・マスターズ1000で1勝。

2015年全豪オープン男子ダブルスで同じイタリアのシモーネ・ボレッリと組んで優勝。グランドスラム男子オープン化以降初となるイタリア人ペアでの優勝である。また、2011年全仏オープン男子シングルスで、イタリア人男子として13年ぶりのグランドスラムシングルスベスト8進出を果たした選手でもある。

2019年モンテカルロ・マスターズでは、イタリア人男子として51年ぶりの優勝を果たした。

生い立ち[編集]

会社経営者の父フルヴィオと主婦の母シルヴァナの間に2人兄妹の長男として生まれ、4歳からテニスを始めた[1]。ジュニアで本格的にプレーするまではインテルナツィオナーレ・ミラノジェノアCFCのファンだったこと、サッカー大国のイタリア生まれだったことで当初はサッカーもプレーしていた。またオートバイレーサーのバレンティーノ・ロッシの大ファンだったこともあり、オートバイレーシングも楽しんでいた。14歳になるとテニス一本に専念することに決めて以降本格的にテニスをプレーし、テニスの世界へ踏み入ることになる[2]

経歴[編集]

ジュニア時代[編集]

ジュニア時代には2004年全豪オープン2004年全仏オープンのジュニアシングルス部門で2度ベスト8に進出しており[3][4]、ITFジュニア世界ランキングでも最高8位を記録する等、早くから国際的に名の知られたトップジュニアの一人となっていた[5]

2007年 トップ100位入り[編集]

転向後暫くは下部大会での下積みが続いたフォニーニであったが、2007年から本格的にツアーレベルの大会に挑戦するようになり、2007年全仏オープン男子シングルスで予選を勝ち上がりグランドスラム大会初出場を果たす。1回戦では世界ランク35位のフアン・モナコと対戦、世界ランク191位のフォニーニは最初の2セットを奪う活躍を見せるも3セット目以降はモナコに逆転され、結局6-3, 6-2, 1-6, 2-6, 4-6のフルセットで惜敗した[6]。予選を勝ち上がり出場した7月のオーストリア・オープンシングルスでは1回戦でフアン・パブロ・ブジェジツキ英語版を6-4, 6-3のストレートで破りツアーシングルス初勝利を挙げ勢いに乗ると、2回戦では第16シードのヴェルナー・エシャウアー英語版を4-6, 6-4, 7-5のフルセットで下し、アンドレアス・セッピとの3回戦まで進出[7]。続いて予選を勝ち上がり出場したロジャーズ・カップでも2回戦で大会13シード、シングルス世界ランク14位のアンディ・マリーを6-2, 6-2のストレートで下す番狂わせを演じ[8]、世界ランク1位の第1シードロジャー・フェデラーとの3回戦まで進出した[9]。この年は他にも9月のキングフィッシャー航空テニス・オープンシングルスでも2回戦に進出した他[10]、下部ツアーのATPチャレンジャーツアーでもシングルスで3度の準優勝、ダブルスで1度の準優勝を挙げる活躍で、シングルス年度末ランクも前シーズン終了時の247位[11]から94位まで急上昇させ[12]、以降ツアーレベルに定着するようになる。またシーズン後半にはスペインの元プロテニス選手オスカー・セラーノ英語版と新たにフルタイムコーチ契約を結び、以降セラーノの指導を受けるようになる[13]

2008年 ツアーダブルスで初決勝進出[編集]

シングルスではノーシードで出場した1月のモビスター・オープン1回戦で、第2シードのフアン・イグナシオ・チェラを7-6(0), 6-2のストレートで破る活躍でサンティアゴ・ベントゥーラ英語版との準々決勝まで進出すると[14]、続いてノーシードで出場したブラジル・オープンでは2回戦で第8シードのアルベルト・モンタニェスを7-5, 6-3のストレートで、準々決勝ではノーシードのイボ・ミナールをそれぞれ破り、初のツアーシングルス準決勝に進出。準決勝では第2シードのニコラス・アルマグロと対戦したが1-6, 1-6のストレートで完敗[15]。6月のオレンジ・ワルシャワ・オープン英語版でも準々決勝で第5シードのギリェルモ・カナスを7-5, 7-5のストレートで破り準決勝に進出。準決勝では世界ランク4位の第1シードニコライ・ダビデンコに挑戦したが、2-6, 3-6のストレートで敗退[16]。第7シードで出場した7月のクロアチア・オープンでは、3回戦で前年度優勝者の第3シードカルロス・モヤを6-4, 6-3のストレートで破る活躍で2ヶ月連続のツアーベスト4に進出[17]。準決勝では世界ランク15位の第1シードフェルナンド・ベルダスコと対戦したが、1-6, 3-6のストレートで破れた[18]。この年は他にもノーシードで出場した8月のパイロット・ペン・テニス2回戦で、第10シードのシモーネ・ボレリを6-2, 5-7, 6-4のフルセットで破り、第7シードのアンドレアス・セッピとの3回戦まで進出した他、ツアー下部のチャレンジャーシリーズでも2優勝を記録、ダブルスでもカルロス・ベルロクと組みノーシードで出場したクロアチア・オープンで準優勝した他[19][20]フィリッポ・ボランドリ英語版と組み出場したブラジル・オープンフアン・マルティン・デル・ポトロと組み出場した8月のカントリーワイド・クラシックでもそれぞれベスト4に進出する好成績を収めたが[21][22]シーズン終盤に左膝を負傷したことにより失速、10月のリヨン・グランプリダブルス1回戦で敗退したのを最後に前シーズンよりも早くツアーを切り上げ、同月30日に左膝の手術に踏み切った[1][23]。これにより前シーズン後半の獲得ポイントを防衛できなかった為シングルス年度末ランクは92位とわずかの上昇に留まったが[24]、ダブルスでは前年末の490位[25]から133位まで大幅に上昇した[26]。これらの活躍により同年9月のデビスカップヨーロッパ/アフリカゾーン グループ Iプレーオフ、対ラトビア戦でイタリア代表に初選出。、シングルスナンバー2選手として初日のシングルスで起用されたが、ラトビアのシングルスナンバー1選手エルネスツ・グルビスに 6-7(2), 1-6, 1-6 のストレートで敗れた[27]

2009年 チャレンジャー優勝[編集]

シーズン序盤は前年末の左膝手術の影響もあり、シングルスでは1〜2回戦負けの続く低調な滑り出しで2月から4月にかけて一時シングルストップ100から陥落する等一時スランプに陥ったが、3月末に主催者推薦で出場したチャレンジャー大会のテニス・ナポリ・カップ英語版でベスト4に進出し復調のきっかけを掴むと[28]、予選を勝ち上がり出場した4月のモンテカルロ・マスターズ1回戦で世界ランク25位のトマーシュ・ベルディハを1-6, 6-3, 6-3の逆転で破り、2回戦では世界ランク18位の第14シードマリン・チリッチを6-2, 6-0と圧倒して3回戦に進出[29]。3回戦では世界ランク4位で第4シードのアンディ・マリーと対戦し6-7(11), 4-6のスコアで惜敗したが[30]、この活躍により翌週付けのシングルスランキングでトップ100に復帰。ノーシードで出場した7月のメルセデス・カップでは、1回戦で第7シードのファブリス・サントロを5-7, 7-6(3), 6-1のフルセットで破ると、2回戦ではポール=アンリ・マチューを6-4, 4-1としたところでマチューの途中棄権で勝利。3回戦では世界ランク11位の第2シードニコライ・ダビデンコを6-1, 3-6, 7-5のフルセットで下し今シーズン初のツアーベスト4に進出[31]。準決勝では第4シードのビクトル・ハネスクと対戦したが、3-6, 7-6(4), 2-6のフルセットで惜敗した[32]。この年はノーシードで出場した9月のBCRルーマニア・オープンでも、2回戦で第2シードのニコラス・アルマグロを 6-4, 7-6(3)のストレートで破り、第5シードのアルベルト・モンタニェスとの準々決勝まで進出した他[33]マドリード・マスターズ上海マスターズでも予選を勝ち上がり2回戦まで進出する等高グレード大会でも実績を残し、年度末ランキングも自身最高となる54位で終了した[34]。一方、今シーズンはシングルスに注力した為ダブルスにはグランドスラム大会を中心に計7大会しか出場せず、それらの出場大会も全て1〜2回戦負けに終わった事により年度末ランキングは211位まで下降した[35]

2010年 ツアー通算50勝[編集]

シングルスではノーシードで出場した2月のブラジル・オープンルカシュ・クボットとの準々決勝まで進出すると[36]、5月の全仏オープン2回戦では前年ベスト4の第13シードガエル・モンフィス相手に2-6, 4-6, 7-5, 6-4, 9-7のフルセット、雨天中断による日没順延の為2日間に渡った4時間16分の大熱戦を制し[37][38]、自身初のグランドスラムシングルス3回戦に進出[39][40]。3回戦では第20シードのスタニスラス・ワウリンカに挑戦したが、3-6, 4-6, 1-6のストレートで敗れた[41]。6月のウィンブルドン選手権1回戦では、世界ランク9位で第9シードのフェルナンド・ベルダスコを7-6(9), 6-2, 6-7(6), 6-4のスコアで破る活躍でジュリアン・ベネトーとの3回戦まで進出[42]。この年はノーシードで出場した7月のドイツ国際オープンアンドレアス・セッピとの3回戦まで進出した他[43]、予選から出場した8月のロジャース・カップ、10月のBNPパリバ・マスターズでも本戦2回戦に進出[44][45]。チャレンジャーツアーでも3大会で優勝し、ダブルスでもポティート・スタラーチェと組みノーシードで出場した2月のアビエルト・メキシコ・テルセルで準優勝する好成績を収めたが[46]、その反面ツアーシングルス1回戦負けが前シーズンの10回から16回に増加するなど好不調の波も激しく、シングルス年度末ランキングも55位と前年とほぼ変わらずの順位で終えるに留まった[47]。またシーズン終盤には従来のセラーノとのコーチング契約を終了し[48]、かつてカリム・アラミのコーチを務めた[49]スペイン人のパブロ・マルティンと新たにフルタイムコーチ契約を結んでいる[50]

2011年 GS初準々決勝進出 全仏ベスト8[編集]

シングルスでは第7シードで出場した2月のモビスター・オープンで順当に準々決勝まで進出すると、準々決勝では前年度優勝者の第3シードトマス・ベルッシを1-6, 6-2, 7-6(0)のフルセットで破る活躍でトミー・ロブレドとの準決勝まで進出[51][52]。ノーシードで出場した5月の全仏オープンでは、1回戦でデニス・イストミンを6-4, 6-2, 6-2のストレートで、2回戦でステファン・ロベールを6-2, 6-1, 6-0のストレートでそれぞれ下し、2年連続の3回戦に進出。3回戦では第30シードのギリェルモ・ガルシア=ロペスを4-6, 6-3, 6-3, 6-1で破ると[53]、4回戦ではノーシードのアルベルト・モンタニェスと対戦。互いに初のグランドスラムシングルスベスト8進出を賭けたこの一戦は両者共一歩も引かない大熱戦となり、セットカウント2-2のファイナルセットまで縺れ込んだ。このファイナルセットではモンタニェスに先にブレークされ追いかける展開となり、5-3モンタニェスのサービスゲームで2本のマッチポイントを握られる所まで追い詰められた。しかしここからフォニーニが追い上げを見せたが、途中自身のサービスゲームで左足を負傷した為まともに足が動かなった。それでも最後は粘るモンタニェスを振りきり、結果は4-6, 6-4, 3-6, 6-3, 11-9のフルセット、計4時間22分のロングマッチに勝利[54]。イタリア人男子の全仏オープンシングルスベスト8進出は、1995年全仏オープンでシングルスベスト8に進出したレンツォ・フルラン英語版以来16年振りの事であり[55]、グランドスラム全体でも1998年ウィンブルドン選手権でベスト8に進出したダビデ・サンギネッティ英語版以来13年振りとなる快挙であった[56][57]。しかしモンタニェスス戦終盤で痛めた左足付け根の状態では次戦を戦うことは叶わず、結局準々決勝の対ノバク・ジョコビッチ戦を棄権[58]。イタリア人男子として1978年全仏オープンコラド・バラズッティ英語版以来、33年振りとなるグランドスラムシングルスベスト4進出の偉業達成はならなかった[59]

2012年 ツアー初決勝進出[編集]

2012年BRDナスターゼ・ティリアク・トロフィーで自身初のツアー決勝進出を果たすも、ジル・シモンに4–6, 3–6で敗れ、初優勝はならなかった。サンクトペテルブルク・オープン決勝でもマルティン・クリザンに敗れ、準優勝。

2013年 ツアー初優勝 トップ20入り[編集]

2013年4月のモンテカルロ・マスターズでは3回戦で世界ランク6位のトマーシュ・ベルディハを6–4, 6–2で、準々決勝で世界ランク9位のリシャール・ガスケを7–6(0), 6–2で破り、ベスト4進出。準決勝で世界ランク1位のノバク・ジョコビッチに2-6, 1-6で敗れた。7月のメルセデス・カップ決勝でフィリップ・コールシュライバーを5–7, 6–4, 6–4で破りATPシングルス初優勝を果たす。翌週のドイツ国際オープンでは世界ランク11位のトミー・ハースや16位のニコラス・アルマグロを破って決勝進出。決勝でフェデリコ・デルボニスに4–6, 7–6(8), 6–2で勝利し500シリーズ初優勝を果たした。年間最終ランキングは16位で、飛躍の年になった。

ウィンブルドン(2014年)

2014年 ツアー3勝目 デビスカップベスト4[編集]

2014年全豪オープンは4回戦まで進出した。2月のチリ・オープンでは決勝でレオナルド・マイエルを6–4, 6–2で破り優勝。その後のアルゼンチンオープンでも決勝進出したことで、世界ランキングは自己最高の13位まで上昇した。クレーシーズンでは全仏オープンまでに19勝1敗の結果を残した。

デビスカップ2014準々決勝対イギリス戦では世界ランク8位のアンディ・マリーに6–3, 6–3, 6–4で勝利し、イタリアの準決勝進出に貢献した[60][61]

2015年 全豪ダブルス優勝 ナダルに3回勝利[編集]

2015年全豪オープン男子ダブルスにてシモーネ・ボレリとペアを組みノーシードで出場。決勝でピエール=ユーグ・エルベール/ニコラ・マユ組を6–4, 6–4で破りグランドスラム初優勝を果たした[62]。グランドスラム男子オープン化以降初となるイタリア人ペアでの優勝である。 リオ・オープン準決勝で世界ランク3位のラファエル・ナダルに1–6, 6–2, 7–5で勝利し決勝に進出するもダビド・フェレールに敗れ準優勝。バルセロナ・オープン3回戦にて再びラファエル・ナダルに6–4, 7–6(6)で同シーズン2度目の勝利。1シーズンで2度クレーコートでナダルに勝利したのは2011年のノバク・ジョコビッチ以来2人目。同年のドイツ国際オープンでは2度目の決勝で三度ラファエル・ナダルと対戦するも5-7, 5-7で敗れた。全米オープンでは今季4度目のラファエル・ナダルとの対戦で3-6, 4-6, 6-4, 6-3, 6-4で勝利。ナダルには今季3度目、ハードでは初めて勝利した。全米では初めて4回戦進出。4回戦ではフェリシアーノ・ロペスに敗れた。

2016年 ツアー4勝目 リオ五輪3回戦進出[編集]

2016年全豪オープンでは1回戦でルクセンブルクのジレ・ミュラーに敗れた。その後はシングルスでもダブルスでも早期敗退が続いた。4月のバルセロナ・オープンでは準々決勝まで進んだがナダルに敗れている。全仏オープンでは1回戦でマルセル・グラノリェルスに敗退した。ウィンブルドンでは2回戦でフェリシアーノ・ロペスに敗れたが、その後の7月に行われたクロアチア・オープン決勝でアンドレイ・マルティンを6–4, 6–1で破り、2年ぶりの優勝を挙げた。シングルスでは3回戦まで進出したが、その後当大会で優勝するアンディ・マレーに敗れた。全米オープンでは2回戦でダビド・フェレールに逆転負けで敗れた。クレムリン・カップでは決勝まで進出したが、決勝でパブロ・カレーニョ・ブスタに敗退した。2016年は結果として、ツアー1勝でグランドスラムやマスターズでも早期敗退が続いた年だった。年間最終ランキングは49位であった。

2017年 ツアー5勝目 出場停止処分[編集]

全豪オープンでは2回戦でブノワ・ペールと対決し、6-7,6-4,3-6,6-3,3-6でフルセットの末敗れた。4月に行われたマイアミ・マスターズでは準決勝に進出し、マスターズベスト4入りを果たした。全仏オープンでは3回戦まで進出し、スタン・ワウリンカにストレートで敗れた。ウィンブルドンでは3回戦でアンディ・マレーに敗れたが、その後のグシュタードオープンでは優勝し、その後のサンクトペテルブルク・オープンでは準優勝だった。 全米オープンの男子シングルス1回戦でステファノ・トラヴァーリャに敗戦。試合後、女性審判に対して侮辱発言を行ったため大会追放処分の上、2万4,000ドルの罰金を科せられた。また、グランドスラム理事会からグランドスラム2大会の執行猶予付き出場停止処分と罰金9万6000ドル(約1080万円)を科された[63]。後日、自身の暴言癖が欠点であることを自覚しており、メンタルトレーナーと訓練していた旨を発言している[64]。 2017年は去年よりも戦績が良くなり、マイアミ・マスターズでベスト4、ツアー1勝で、年間最終ランキングは27位であった。

2018年 ツアー8勝目[編集]

2018年全豪オープンの3回戦ではジュリアン・ベネトーをフルセットで下し、4回戦まで駒を進めた。4回戦ではトマーシュ・ベルディヒにストレートで敗れた。3月に開かれたブラジルオープンでは決勝でニコラス・ジャリーに勝利し、優勝した。全仏オープンでは4回戦まで進出し、マリン・チリッチに敗れた。ウィンブルドンでは初の4回戦をかけてイジー・ベセリーと戦ったが敗れ、3回戦止まりとなった。だが、その後のスウェーデンオープンの決勝ではリシャール・ガスケを破り優勝。全米オープンは2回戦で後に当大会でフェデラーを破り、ベスト8入りを果たすオーストラリアのジョン・ミルマンに敗れた。アビエルト・メキシコ・ロス・カボスでは決勝でフアン・マルティン・デル・ポトロを下し、トータルでシーズンツアー3勝目をあげた。9月に開催された成都オープンでは決勝でバーナード・トミックに敗れ、準優勝。その他にはローマ・マスターズパリ・マスターズでベスト8入りを果たした。年間最終ランキングを自己最高タイの13位で終えた。

2019年 マスターズ初優勝 トップ10入り[編集]

シーズン序盤は不調で、全豪オープンでは3回戦でパブロ・カレーニョ・ブスタに敗れ、2月は得意のクレーコートの大会で3大会連続で初戦敗退を喫した。しかし、モンテカルロ・マスターズではアレクサンダー・ズベレフらを下してベスト4入りすると、準決勝で大会3連覇中で同大会優勝11回のラファエル・ナダルに6-4, 6-2で勝利して決勝に進出した[65]。決勝戦ではドゥシャン・ラヨビッチを6-3, 6-4で破り、マスターズ初優勝を果たした[66][67]全仏オープンは4回戦でアレクサンダー・ズベレフに敗れたが、大会終了後の世界ランキングで10位となり、実質的に史上最年長となる32歳で初のトップ10入りを果たした[68]ウィンブルドン選手権テニーズ・サンドグレンに3回戦で敗退したが[69]、大会終了後の世界ランキングで自己最高の9位になった。次の全米オープンでは1回戦でライリー・オペルカに敗れた。ヨーロッパ選抜で出場したレーバーカップではジャック・ソックに敗れた。その後上海マスターズでは2回戦でアンディ・マレーに7-6(4)、2-6、7-6(2)のフルセットの激闘の末に勝利したが、試合終盤のマレーがボレーを打つ瞬間にフォニーニが大声を出し、妨害行為をしたとして後味の悪い試合となった。それから準々決勝まで進出したが、ダニール・メドベージェフに敗れた。パリ・マスターズではデニス・シャポバロフに6-3、3-6、3-6で敗れ、初戦敗退となった。年間最終ランキングは12位。

2020年 怪我による治療[編集]

2020年、全豪オープンでは1回戦でライリー・オペルカと対決した。日を跨いでの試合となり、3-6,6-7(3),6-4,6-3,7-6(5)とフルセットで逆転勝利した。2回戦ではジョーダン・トンプソンと対決し、7-6(4),6-1,3-6,4-6,7-6(4)の熱戦の末に勝利した。3回戦ではギド・ペラにストレートで勝利し、4回戦まで駒を進めたが、テニーズ・サングレンに6-7(5),5-7,7-6(2),4-6で敗退し、も初のベスト8入りを果たせなかった。その後は新型コロナウイルス流行の影響でツアーが中断している間に両足首の手術を受けた[70]。9月の全米オープンは欠場し、ローマ・マスターズでは1回戦でウゴ・アンベールに敗れた。ハンブルクオープンでは2回戦でキャスパー・ルードに敗れた。例年と異なる時期に開催された全仏オープンでは1回戦でミハイル・ククシュキンに5-7,6-3,6-7(1),0-6で敗退し、復帰後の戦績は思うように振るわなかった。2020年はツアー自体がかなり少なく、怪我の治療と感染症対策のため自粛していたため、全豪オープン以外では早期敗退が目立ち、最終年間ランキングは17位となった。

2021年 ATPカップ準優勝[編集]

2021年2月初頭に開催されたATPカップにおいてフォニーニが属するイタリア代表はグループステージでオーストリアとフランスと対戦することとなった。フォニーニは今大会にシングルス戦として適用され、オーストリア戦ではデニス・ノバック を6-3,6-2、フランス戦ではブノワ・ペールを 6-1 7-6(2)で破り、準決勝までイタリア代表は進出した。準決勝ではスペインと対決し、パブロ・カレーニョ・ブスタに6-2,1-6,6-4で勝利してイタリアはATPカップ初の決勝に進出した。決勝戦はロシア代表でアンドレイ・ルブレフに1-6,2-6で敗れた。

ATPカップ直後の全豪オープンでは1回戦でピエール=ユーグ・エルベールと対決し、6-4,6-2,6-3のストレートで勝利した。2回戦では同胞のサルバトーレ・カルーソと対決し、4-6,6-2,2-6,6-3,7-6(12)のフルセットの末に勝利を手にした。3回戦ではアレックス・デミノーに6-4,6-3,6-4のストレートで勝利し、4回戦まで進出。4回戦では第2シードのラファエル・ナダルと対戦し、3-6,4-6,2-6のストレートで敗れ、大会初のベスト8入りを果たせなかった。

プレースタイル[編集]

特にクレーコートを得意としており、コートに突き刺さるようなクリーンなグラウンドストロークを武器にするカウンターパンチャータイプの選手であり、タイトルのほとんどをクレーコートで手にしているので、生粋のクレーターと呼べる。またラケットタッチの巧みさにも定評があり、これを生かしたボレーやドロップショットのレベルも非常に高い。足もツアー内でとても速い方であり、多少の打球も拾うことができる。サーブは身長が178cmとあまり高くないが、ややクイック気味に打つ。リズムに乗ると、フォアもバックもフラットでオープンコートに打ち込み、2015年の全米オープンの試合のようにナダルなどの強敵も圧倒するほどである。[71]

一方、2008年1月の時点で当時のコーチオスカー・セラーノは、「試合中に突然集中力が途切れることが頻繁にあり、それによりサービスショットの精度が安定しなくなるという欠点を持つ他、試合中に自制心を失い自己中心的なプレーに走った事による自滅も多い」とフォニーニを分析しており、これらの欠点を克服することが更なるレベル向上の鍵となっている[23]。試合中の暴言など非紳士的言動も多く、2017年の全米オープンで受けた処分により、キャリアで支払った罰金の合計額が25万ドルを突破した[72]

私生活[編集]

2014年からイタリア人の元女子プロテニス選手で、2015年全米オープン女子シングルス覇者のフラビア・ペンネッタと交際を始めた。2015年に婚約し、2016年6月16日に結婚した。2017年には第一子が誕生した[73]

スポンサー・使用ツール[編集]

ラケット[編集]

ラケットはバボラ製品をずっお使用しており、ピュアドライブ使用である。ストリングはバボラPRMブラスト130。テンションは定かではないが縦60ibs、横55ibsである。振動止めとグリップテープもラケット同様バボラのものである。フォニーニはグリップバンドをバボラのシルバーシールが見えるように、シールの真上に独特に装着しているのが特徴である。

シューズ[編集]

シューズについてはプロ転向前後はウェアと同じFILAのシューズを着用していた。2015年からはウェアとシューズがアディダスのものを使用していた。2016年からハイドロゲンにウェアが変わったため、それに合わせてシューズもアシックスNIKEなど自分に合ったものを試していた。実際に2016年辺りから試合を見るとシューズのメーカーがそうであった。それからラケットがバボラだったので、2018年の5月ぐらいからシューズはバボラジェットシリーズを使っており、2018年は基本的にシューズはバボラだった。2019年からは度々アシックスやナイキのものを使用しており、独自に共同開発したエンポリオ・アルマーニのシューズでテニスをしていたという話もある。2021年にフォニーニがInstagramでK・SWISSのテニスシューズを使用している投稿とK・SWISSのシューズと契約を結んだことを発信しており、現在ではK・SWISSのテニスシューズを使用している。

ウェア[編集]

ウェアはプロになる前からFILAを着用しており、プロ転向後も数年はFILAのウェアを着用していた。その後はアディダスと契約を結び、アディダスのウェアを着用。2017年からイタリアの高級スポーツブランドのハイドロゲンのウェアを着用し、2019年からは高級ファッションブランドであるアルマーニの兄弟ブランドであるエンポリオ・アルマーニと契約を結んだ[74]

主要大会決勝[編集]

マスターズ1000決勝[編集]

シングルス:1 (タイトル1回)[編集]

結果 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 2019年 モナコの旗 モンテカルロ クレー セルビアの旗 ドゥシャン・ラヨビッチ 6–3, 6–4

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 19回 (9勝10敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0–0)
ATPファイナルズ (0–0)
ATPツアー・マスターズ1000 (1–0)
ATPツアー・500シリーズ (1–2)
ATPツアー・250シリーズ (7–8)
サーフェス別タイトル
ハード (1–4)
クレー (8–6)
芝 (0–0)
カーペット (0–0)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2012年4月29日 ルーマニアの旗 ブカレスト クレー フランスの旗 ジル・シモン 4–6, 3–6
準優勝 2. 2012年9月23日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) スロバキアの旗 マルティン・クリザン 2–6, 3–6
優勝 1. 2013年7月14日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ドイツの旗 フィリップ・コールシュライバー 5–7, 6–4, 6–4
優勝 2. 2013年7月21日 ドイツの旗 ハンブルク クレー アルゼンチンの旗 フェデリコ・デルボニス 4–6, 7–6(10–8), 6–2
準優勝 3. 2013年7月28日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スペインの旗 トミー・ロブレド 0–6, 3–6
優勝 3. 2014年2月9日 チリの旗 ビニャ・デル・マール クレー アルゼンチンの旗 レオナルド・マイエル 6–4, 6–2
準優勝 4. 2014年2月23日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 4–6, 3–6
準優勝 5. 2014年5月4日 ドイツの旗 ミュンヘン クレー スロバキアの旗 マルティン・クリザン 6–2, 1–6, 2–6
準優勝 6. 2015年2月16日 ブラジルの旗 リオデジャネイロ クレー スペインの旗 ダビド・フェレール 2–6, 3–6
準優勝 7. 2015年8月2日 ドイツの旗 ハンブルク クレー スペインの旗 ラファエル・ナダル 5–7, 5–7
優勝 4. 2016年7月24日 クロアチアの旗 ウマグ クレー スロバキアの旗 アンドレイ・マルティン 6–4, 6–1
準優勝 8. 2016年10月23日 ロシアの旗 モスクワ ハード (室内) スペインの旗 パブロ・カレーニョ・ブスタ 6–4, 3–6, 2–6
優勝 5. 2017年7月30日 スイスの旗 グシュタード クレー ドイツの旗 ヤニック・ハンフマン 6–4, 7–5
準優勝 9. 2017年9月24日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ダミル・ジュムール 6–3, 4–6, 2–6
優勝 6. 2018年3月4日 ブラジルの旗 サンパウロ クレー チリの旗 ニコラス・ジェリー 1–6, 6–1, 6–4
優勝 7. 2018年7月22日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー フランスの旗 リシャール・ガスケ 6–3, 3–6, 6–1
優勝 8. 2018年8月4日 メキシコの旗 ロス・カボス ハード アルゼンチンの旗 フアン・マルティン・デル・ポトロ 6–4, 6–2
準優勝 10. 2018年9月30日 中華人民共和国の旗 成都 ハード オーストラリアの旗 バーナード・トミック 1–6, 6–3, 6–7(7–9)
優勝 9. 2019年4月21日 モナコの旗 モンテカルロ クレー セルビアの旗 ドゥシャン・ラヨビッチ 6–3, 6–4

ダブルス: 14回 (5勝9敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 2008年7月14日 クロアチアの旗 ウマグ クレー アルゼンチンの旗 カルロス・ベルロク スロバキアの旗 ミハル・メルティナク

チェコの旗 ペトル・パラ

6–2, 3–6, [5–10]
準優勝 2. 2010年2月27日 メキシコの旗 アカプルコ クレー イタリアの旗 ポティート・スタラーチェ ポーランドの旗 ルカシュ・クボット
オーストリアの旗 オリバー・マラチ
0–6, 0–6
優勝 1. 2011年7月30日 クロアチアの旗 ウマグ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ クロアチアの旗 マリン・チリッチ
クロアチアの旗 ロブロ・ゾブコ
6–3, 5–7, [10–7]
準優勝 3. 2012年4月14日 モロッコの旗 カサブランカ クレー イタリアの旗 ダニエレ・ブラッチャーリ ドイツの旗 ダスティン・ブラウン
オーストラリアの旗 ポール・ハンリー
5–7, 3–6
優勝 2. 2013年2月24日 アルゼンチンの旗 ブエノスアイレス クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ニコラス・モンロー
ドイツの旗 シモン・スタドラー
6–3, 6–2
準優勝 4. 2013年3月2日 メキシコの旗 アカプルコ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ ポーランドの旗 ルカシュ・クボット
スペインの旗 ダビド・マレーロ
5–7, 2–6
準優勝 5. 2013年10月6日 中華人民共和国の旗 北京 ハード イタリアの旗 アンドレアス・セッピ ベラルーシの旗 マックス・ミルヌイ
ルーマニアの旗 ホリア・テカウ
4-6, 2-6
優勝 3. 2015年1月31日 オーストラリアの旗 全豪オープン ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ フランスの旗 ピエール=ユーグ・エルベール
フランスの旗 ニコラ・マユ
6–4, 6–4
準優勝 6. 2015年3月22日 アメリカ合衆国の旗 インディアンウェルズ ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ジャック・ソック
カナダの旗 バセク・ポスピシル
4–6, 7–6(7–3), [7–10]
準優勝 7. 2015年4月19日 モナコの旗 モンテカルロ クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ アメリカ合衆国の旗 ボブ・ブライアン
アメリカ合衆国の旗 マイク・ブライアン
6–7(3–7), 1–6
準優勝 8. 2015年10月18日 中華人民共和国の旗 上海 ハード イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ ブラジルの旗 マルセロ・メロ
南アフリカ共和国の旗 レイベン・クラーセン
3–6, 3–6
優勝 4. 2016年10月2日 中華人民共和国の旗 深圳 ハード スウェーデンの旗 ロベルト・リンドステット オーストラリアの旗 オリバー・マラチ
フランスの旗 ファブリス・マルタン
7–6(7–4), 6–3
準優勝 9. 2018年7月22日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー イタリアの旗 シモーネ・ボレッリ チリの旗 フリオ・ペラルタ
アルゼンチンの旗 オラシオ・セバジョス
3–6, 4–6
優勝 5. 2018年9月23日 ロシアの旗 サンクトペテルブルク ハード (室内) イタリアの旗 マッテオ・ベレッティーニ チェコの旗 ロマン・イェバヴィ
オランダの旗マトヴェ・ミデルクープ
7–6(7–6), 7–6(7–4)

シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A P WG Z# PO G S SF-B NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加, P=開催延期
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, G=オリンピック金メダル, S=オリンピック銀メダル, SF-B=オリンピック銅メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

4大大会[編集]

大会 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 通算成績
全豪オープン A Q1 1R 2R 1R 1R 1R 1R 4R 1R 1R 2R 4R 3R 4R 13–13
全仏オープン A 1R A 1R 3R QF 3R 3R 3R 2R 1R 3R 4R 4R 21–11
ウィンブルドン A A 1R 2R 3R A 2R 1R 3R 2R 2R 3R 3R 3R 14–11
全米オープン A Q3 1R 1R 1R 2R 3R 1R 2R 4R 2R 1R 2R 1R 9–12

: 2011年全仏準々決勝の不戦敗は通算成績に含まない

大会最高成績[編集]

大会 成績
ツアーファイナルズ A 出場なし
インディアンウェルズ 4R 2014
マイアミ SF 2017
モンテカルロ W 2019
マドリード 3R 2019
ローマ QF 2018
カナダ QF 2019
シンシナティ QF 2014
上海 QF 2019
パリ QF 2018
オリンピック 3R 2016
デビスカップ SF 2014
ATPカップ F 2021

ダブルス成績[編集]

4大大会ダブルス[編集]

大会 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 W–L
全豪オープン 2R 2R 2R 1R 2R SF 2R W 2R 1R 2R A 17–10
全仏オープン A 2R 1R 2R 1R 1R 2R SF 1R 1R 1R A 7–10
ウィンブルドン A 1R 1R A 1R 1R 2R 1R 1R 1R A A 1–8
全米オープン 1R 1R A SF 1R 2R 1R 1R 2R 3R 2R A 9–9

大会最高成績[編集]

大会 成績
ツアーファイナルズ RR 2015
インディアンウェルズ F 2015
マイアミ 2R 2015
モンテカルロ F 2015
マドリード 2R 2017,2018
ローマ SF 2011
カナダ 2R 2012,2014,2015
シンシナティ 2R 2015,2017
上海 F 2015
パリ 2R 2013

脚注[編集]

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  5. ^ ITF Tennis - Juniors - Player Biography”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  6. ^ French Open 2007”. ITF. 2011年6月6日閲覧。
  7. ^ Austrian Open”. ATP. 2011年6月6日閲覧。
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  59. ^ Mario Viggiani (2011年5月30日). “Roland Garros, l'Italia da record Schiavone e Fognini nei quarti (Clerici, Azzolini, Viggiani, Semeraro, De Martino, Giorni), Fabio finalmente è maturo. Vince le partite possibili (Tommasi)”. UBITENNIS. 2011年6月6日閲覧。
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  61. ^ 準決勝ではフェデラーワウリンカ率いるスイスに敗れた。
  62. ^ ボレッリ/フォニーニ組が男子ダブルス優勝、全豪オープン”. www.afpbb.com. 2019年2月19日閲覧。
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  64. ^ 暴言で全米追放のフォニーニ、全豪で出場禁止の可能性も AFP(2017年9月7日)2017年10月22日閲覧
  65. ^ フォニーニがナダル撃破、モンテカルロで初のマスターズ決勝進出”. www.afpbb.com. 2019年4月21日閲覧。
  66. ^ フォニーニがマスターズ初V、イタリア勢が51年ぶりモンテカルロ制覇”. www.afpbb.com. 2019年4月22日閲覧。
  67. ^ 「全てが備わった」フォニーニ、悪童から家族思いの父に成長”. www.afpbb.com. 2019年4月22日閲覧。
  68. ^ フォニーニ「夢が叶ったようなものだよ」。32歳での初のトップ10入りは実質最高齢での記録に”. www.thetennisdaily.jp. 2019年7月16日閲覧。
  69. ^ 「爆発しろ」発言のフォニーニに罰金か、ウィンブルドン主催者が明かす”. www.afpbb.com. 2019年7月16日閲覧。
  70. ^ フォニーニが両足首を手術。遅咲きで最高の結果を残した選手が更なる高みを目指す”. テニスデイリー. 2020年6月2日閲覧。
  71. ^ Tom Perrotta (2011年5月29日). “Beware the Wounded Tennis Player”. ウォールストリート・ジャーナル. 2011年6月6日閲覧。
  72. ^ “悪童の暴言がテニス界に貢献?”. THE ANSWER. (2017年9月6日). https://the-ans.jp/news/9323/ 2018年1月21日閲覧。 
  73. ^ Tennis, è nato Federico Fognini: da Flavia e Fabio omaggio a Luzzi”. La Gazzetta dello Sport - Tutto il rosa della vita. 2019年4月22日閲覧。
  74. ^ 世界13位フォニーニ、アルマーニ下着のアンバサダーに就任”. www.thetennisdaily.jp. 2019年6月2日閲覧。