フアン・オルランド・エルナンデス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はエルナンデス第二姓(母方の)はアルバラードです。
フアン・オルランド・エルナンデス
Juan Orlando Hernández
Juan Orlando Hernández, May 2015.jpg

ホンジュラスの旗 ホンジュラス
第191代大統領
任期 2014年1月27日
副大統領 リカルド・アントニオ・アルバレス・アリアス

ホンジュラスの旗 ホンジュラス
国民議会議長
任期 2010年1月25日2013年6月1日
元首 ポルフィリオ・ロボ・ソサ

出生 (1968-10-28) 1968年10月28日(49歳)
ホンジュラスの旗 ホンジュラスレンピラ県グラシアス英語版[1]
政党 国民党スペイン語版
配偶者 アナ・ガルシアスペイン語版

フアン・オルランド・エルナンデス・アルバラードスペイン語: Juan Orlando Hernández Alvarado1968年10月28日 - )は、ホンジュラスの政治家、実業家。2013年の大統領選で当選し、現在同国の大統領を務めている[2]。保守派の国民党に所属し、2010年1月から大統領選の選挙活動に専念するため、議会内の一切の責務を免除された2013年6月まで、国民議会の議長を務めた[3]。略称はJOH

経歴[編集]

ホンジュラス国立自治大学を卒業した弁護士兼公証人[4]。ホンジュラス国立自治大学では法学を学び、1988年から1989年まで学生自治会の会長を務めた。ニューヨーク州立大学社会学・法学部を卒業し、行政学の修士号を取得。出身地のグラシアスにあるコーヒー農園のほか、ラジオ局、テレビ局、さらには複数のホテルを所有する実業家である[1]。自由党のリーダーであるラファエル・ピネーダ・ポンセは、エルナンデスを「甘やかされた子ども」と呼んだ[5]

2001年からレンピラ県選出の国会議員を務めている。2010年1月21日に国民党が安定多数を占める国民議会の議長に選出され、4日後に就任した[6]

2012年、エルナンデスは翌年の大統領選の国民党候補をめぐってリカルド・アルバレスと選挙戦を展開し、2012年11月の内部投票で勝利した[1]

2013年5月の世論調査で、エルナンデスの大統領選における得票率は3位の18%と予測された[7]。2013年7月、彼はインティブカ県ラパスで「エル・プエブロ・プロポーネ」(人民の計画)と題した選挙戦を開始した[8]。街路の治安維持のために従軍した経験のあるエルナンデスは、有力なライバルであるショマラ・カストロが憲兵隊を撤収させようとしていると主張した(ホンジュラスの主要二都市からは既にいなくなっていた)[9]。彼はカストロに25万票の差をつけて当選した[10]

2017年には、続投を表明して大統領選挙に出馬。野党指導者のサルバドル・ナスララと争ったが、同年11月26日の投票後には、ナスララ陣営が不正を訴えて暴力を伴うデモが全土に波及した。12月1日、ホンジュラス政府は非常事態宣言を行ったうえで10日間の夜間外出禁止令を出した[11]が、アメリカがエルナンデス陣営の勝利を認めると、ナスララ側も敗北宣言を行い混乱は終息に向かった[12]

脚注[編集]

公職
先代:
ホセ・アルフレード・サアベドラ
代行
国民議会議長
2010年 – 2013年
次代:
マウリシオ・オリバ
先代:
ポルフィリオ・ロボ・ソサ
ホンジュラスの大統領
2014年 -
現職