フアン・フェルナンデス (宣教師)

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フアン・フェルナンデススペイン語: Juan Fernández1526年? - 1567年6月26日)は、フランシスコ・ザビエルとともに戦国時代の日本を訪れたイエズス会宣教師スペインコルドバ出身。

人名[編集]

本項目名はスペイン語の人名表記に従って「フアン・フェルナンデス」としたが、当時の日本布教を伝えるポルトガル語文書では、同語の対応する姓名João Fernandesと書かれるのが通例であった。キリシタン史、日欧交渉史関連の日本語文献でもこれに従い、ジョアン・フェルナンデスと表記される場合が多い。

生涯[編集]

東洋布教を志してリスボンを出港し、1548年インドに到着[1]。1549年にザビエル、コスメ・デ・トーレス、日本人ヤジロウらとともに日本の鹿児島に上陸、日本におけるキリスト教宣教の第一歩を記す人物の一人となる。

ザビエル離日後も、日本布教長トーレスを助けて山口豊後、西九州での布教に従事した。1567年、布教活動中の平戸で病死。

ヤジロウを通じて早くから日本語を修得し、ザビエル、トーレスらの通訳を務めるほか、来日宣教師の日本語教育にも尽力した。こうして彼の薫陶を受けたイエズス会士には、のちに『日本史』を執筆したルイス・フロイスらがいた。

参考文献[編集]

  • ルイス・フロイス、松田毅一川崎桃太訳『日本史』全12巻、中央公論社、1977-80年。
  • 岸野久「ザビエルの通訳アンジローとフェルナンデスの働き―インドでのエンリケ・エンリケスとの比較において」『ザビエルと日本―キリシタン開教期の研究』吉川弘文館、1998年所収。

演じた人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ それ以前の彼の動向については不詳であるが、フロイスによれば、富裕な商人でリスボンに居を構える兄がいたという。フロイス『日本史』第9巻(西九州編Ⅰ)、295頁。

関連項目[編集]