フィル・ガーナー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フィル・ガーナー
Phil Garner
Garner Argues the Balk.jpg
ヒューストン・アストロズでの監督時代
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テネシー州ジェファーソン郡ジェファーソンシティ英語版
生年月日 (1949-04-30) 1949年4月30日(70歳)
身長
体重
5' 10" =約177.8 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手三塁手
プロ入り 1971年 1月MLB二次ドラフト1巡目
初出場 1973年9月10日
最終出場 1988年10月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

フィリップ・メイソン・ガーナーPhilip Mason Garner, 1949年4月30日 - )は、アメリカ合衆国テネシー州ジェファーソン郡ジェファーソンシティ英語版出身の元プロ野球選手内野手)、監督。右投右打。

現役時代は計5球団でプレーし、30盗塁以上3度の俊足内野手として鳴らした。泥臭いプレースタイルからスクラップ・アイロンScrap-Iron - 「鉄くず」の意)」の愛称で親しまれた。

経歴[編集]

1970年6月のMLBドラフト8巡目(全体176位)でモントリオール・エクスポズから指名を受けるも、入団せず。7ヶ月後の二次ドラフト1巡目(全体2位)でオークランド・アスレチックスから指名され、プロ入り。1973年にメジャーデビューを果たし、ピッツバーグ・パイレーツ在籍時の1979年にはワールドシリーズ制覇を経験した。オールスターにも3度選出されている。1988年に引退。

引退後はヒューストン・アストロズでコーチ、ミルウォーキー・ブルワーズデトロイト・タイガース、アストロズの監督を歴任。監督初年度1992年には、いきなり92勝を挙げ、地区2位に躍り出る。アストロズ監督時の2004年には、途中就任でチームをポストシーズンに導き、翌2005年には球団史上初のワールドシリーズ進出を果たすなどの功績を残している。その一方で、監督時代は3球団ともすべてシーズン途中に解任されている。

ブルワーズ、タイガース監督時代、自身の下でプレーしていた野茂英雄を高く評価していることでも知られる。

2012年には、アスレチックスで球団特別顧問を務め、日本開幕戦の際にも来日している[1]

詳細情報[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 3(1973年、1976年途中 - 同年終了、1977年途中 - 1987年途中、1989年 - 1999年、2004年 - 2007年)
  • 29(1974年 - 1975年途中)
  • 2(1976年 - 同年途中)
  • 17(1977年 - 同年途中)
  • 20(1987年途中 - 1988年)
  • 33(2000年 - 2002年)

脚注[編集]

関連項目[編集]