フェリーなみじ

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フェリーなみじ
基本情報
船種 フェリー
船籍 日本の旗 日本
所有者 九州商船
運用者 九州商船
建造所 神田造船所川尻工場(第311番船)[1]
航行区域 沿海[1]
船級 JG(第二種船)[1]
信号符字 JM5701
IMO番号 8713988
MMSI番号 431601676
経歴
起工 1987年7月27日[1]
進水 1987年9月26日[1]
竣工 1987年11月30日[1]
就航 1987年12月7日
現況 就航中
要目
総トン数 1,150 トン[1]
載貨重量 597.41 トン[1]
全長 75.10 m[1]
垂線間長 68.00 m[1]
型幅 13.80 m[1]
型深さ 4.80 m[1]
満載喫水 3.70 m[1]
機関方式 ディーゼル
主機関 ダイハツ 8DLM-32(L) 2基[1]
推進器 5翼2軸[1]
最大出力 5,600 PS(連続)[1]
定格出力 4,760 PS(常用)[1]
最大速力 17.864 ノット[1]
航海速力 16.2ノット[1]
航続距離 1,300海里[1]
旅客定員 432名[1]
乗組員 26名[1]
車両搭載数 8トントラック6台、乗用車30台
または8トントラック17台[1]
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フェリーなみじは、九州商船が運航しているフェリー

概要[編集]

神田造船所川尻工場で建造され、1987年12月7日に航路に就航した。

佐世保 - 上五島航路は美咲海送の参入による営業収益の減少および航路補助金の一部不交付により航路改善が遅れており、本船は就航から約30年が経過している。老朽化により運航経費が増大していること、船内がバリアフリー構造でないことから、早急な代替船建造が必要とされており、本船およびフェリーなるしおは、長崎 - 五島航路に投入された万葉椿と同様に国庫補助制度を活用した自社建造方式で段階的に代替することが計画されている[2]

就航航路[編集]

佐世保港を起点に1日2往復を運航する。
同じく上五島航路に就航しているフェリーなるしおのドック期間中は、小値賀島、宇久島へ延長運航され、1日1往復となる。

設計[編集]

全通船楼甲板型の自動車渡船兼旅客船である。減揺装置としてフェンスタビライザー、アンチローリングタンクを装備する。船内電源は、ダイハツ製原動機(360PS)を動力とする大洋電機製発電機(300kVA)を3セット搭載している[1]

船内[編集]

船室[編集]

  • 1等室
  • 2等指定室
  • 2等室

設備[編集]

  • 売店 - 現在は営業を行っていない。
  • 自動販売機

事故・インシデント[編集]

漁船との衝突[編集]

1989年7月17日、15時4分、定刻から約1時間30分遅れで宇久島の平港から佐世保港に向かっていた本船は、平港南防波堤灯台の南南東1,700mの地点で、青方港へ向かっていた漁船第八十八新東丸と衝突した。ほぼ停止した本船の左舷船首部に新東丸の右舷船首部が後方から約45度の角度で衝突、本船は左舷船首部の外板に長さ約3m、幅約40cmの凹損を生じ、新東丸は右舷側船首部のブルワークに長さ約6mにわたって曲損を生じた。当時、天候は霧で風がほとんどなく、視程は約200mと悪化していた。事故原因は新東丸が、霧中信号を吹鳴せず、航海灯を点灯しないまま過大な速力で航行し、レーダー監視が不十分であったことで発生したが、本船がレーダーで探知した新東丸と著しく接近することが避けられない状況となったとき、必要に応じて停止する措置が遅れたことも一因とされた[3]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 船の科学(1988年5月号,p9)
  2. ^ 地域公共交通調査等事業 (PDF)”. 九州運輸局. 国土交通省 (2015年2月27日). 2016年9月19日閲覧。
  3. ^ 長崎地方海難審判庁 (1990-09-26) (PDF). 平成元年長審第85号 旅客船フェリーなみじ漁船第八十八新東丸衝突事件 (Report). 海難審判・船舶事故調査協会. http://www.maia.or.jp/pdf/01ns085.pdf 2016年9月19日閲覧。. 

参考文献[編集]

  • 「新造船写真集(No.475)」、『船の科学』第41巻第5号、船舶技術協会、1988年5月10日、 9頁、 ISSN 0387-0863NDLJP:32319112016年12月15日閲覧。