フェルマーの最終定理

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フェルマーの解説、特に「フェルマーの最後の定理」(Observatio Domini Petri de Fermat) を含む1670年版ディオファントスの『算術』。

フェルマーの最終定理(フェルマーのさいしゅうていり、Fermat's Last Theorem)とは、3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる自然数の組 (x, y, z) は存在しない、という定理のことである[注釈 1]フェルマーの大定理とも呼ばれる。フェルマーが驚くべき証明を得たと書き残したと伝えられ、長らく証明も反証もなされなかったことからフェルマー予想とも称されたが、360年後にアンドリュー・ワイルズによって完全に証明され、ワイルズの定理あるいはフェルマー・ワイルズの定理とも呼ばれるようになった。

概略[編集]

17世紀フランス数学者ピエール・ド・フェルマー1601年 - 1665年)は、古代ギリシアの数学者ディオファントスの著作『算術』を読み、本文中の記述に関連した着想を得ると、それを余白に書き残しておくという習慣を持っていた。それらは数学的な定理あるいは予想であったが、限られた余白への書き込みであるため、また充分な余白がある場合にも、フェルマーはその証明をしばしば省略した(たとえばフェルマーの小定理として知られる書き込みを実際に証明したのはライプニッツである)。

48か所に及ぶこれらの書き込みが知られるようになったのは、フェルマーの没後、彼の息子サミュエルによって、フェルマーの書き込み入りの『算術』が刊行されてからである[注釈 2]

第2巻第8問「平方数を2つの平方数の和に表せ[注釈 3]」の欄外余白に、フェルマーは

Cubum autem in duos cubos, aut quadratoquadratum in duos quadratoquadratos, et generaliter nullam in infinitum ultra quadratum potestatem in duos eiusdem nominis fas est dividere cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.[1] 立方数を2つの立方数の和に分けることはできない。4乗数を2つの4乗数の和に分けることはできない。一般に、(べき)が2より大きいとき、その冪乗数を2つの冪乗数の和に分けることはできない。この定理に関して、私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる。

と書き残した。彼の残した他の書き込みは、全て真か偽かの決着がつけられたが、最後まで残ったこの予想だけは、誰も証明することも反例を挙げることもできなかった。そのため「フェルマーの最終定理」と呼ばれるようになり、プロ・アマチュアを問わず、無数の数学者がその証明に挑んだ。見事に証明した者には、賞金を与えるという話も出てきて、フェルマーの最終定理の存在が、一般にも徐々に知られるようになっていった。

個別研究の時代[編集]

n が具体的な値を取るいくつかの場合についてはさまざまな証明が与えられた。

n = 4:フェルマー[編集]

1670年に発行されたディオファントスの『算術』(338–339頁)には、フェルマー自身が記した n=4 の場合の無限降下法を用いた最終定理の証明が収録されている。

フェルマー自身の証明は、ディオファントスの『算術』に記された45番目の書き込みに含まれている[2]。フェルマーは以下の手法、法則、定理を使い証明した[3]

  • 指数の公式に従って x4 + y4 = z4(x2)2 + (y2)2 = (z2)2 に変換し、ピタゴラス数の性質を利用する。
  • x, y, z互いに素であるとする。
  • 定理「互いに素である2つの数の積が平方数であるならば、2つの数もそれぞれ平方数である。」
  • x を偶数、z, y を奇数とする。
  • 偶数奇数の性質
  • 無限降下法

フェルマーによる証明は後にオイラーによって簡潔な形で直される[4]

n = 4 の場合がフェルマーによって証明された後は、残りの証明は n奇素数の場合のみを考えればよいことになる[5]。なぜなら、n が奇数の場合は、n = pq…r のように奇素数の積で表すことができて、奇素数 p のときに成り立てば、(xq…r)p + (yq…r)p = (zq…r)p より n = pq…r のときも成り立つことが示される。さらに、n が偶数の場合は、4で割った余りが0または2となるので、余りが0すなわち n = 4m の場合は (xm)4 + (ym)4 = (zm)4 より成り立ち、余りが2すなわち n = 4m+2 の場合は n = 2(2m+1) より n が奇数の因数 2m+1 を持つことになり 2m+1 を素因数分解したときの奇素数について成り立つからである。

n = 3:オイラー[編集]

オイラーは1753年ゴールドバッハへ宛てた書簡の中で n = 3 の場合の証明法について言及し[6]1760年に純初等的で完全な証明を得た[7]。さらに、1770年に刊行した著書『代数学』(Vollständige Anleitung zur Algebra)ではその証明とは異なり(複素数を用いる)エレガントながら不完全な証明を公開した。ただし、この2番目の証明は虚数のレベル、具体的には a+b−3 の形の数まで因数分解を行ったもので、現代の言葉で言えば、整数環 で因数分解を行うものであったが、この整数環では素因数分解の一意性が成立しない(一意分解環ではない)という不備があった[8]ので、のちに −3 の代わりに 1の原始3乗根 を付加した整数環 (これは円分体 の整数環でもあり、素因数分解の一意性が成り立つ)を使うことで修正された。

n = 5:ソフィ・ジェルマン、ディリクレ、ルジャンドル[編集]

1823年ソフィ・ジェルマンは、フェルマー予想を奇素数 p に対して、 xp+yp=zp において、

第一の場合
x, y, z のいずれも p で割り切れない
第二の場合
x, y, z のいずれかが p で割り切れる

という2つのケースに分類し、p2p+1 が共に素数の場合について、「第一の場合」に関してはフェルマー予想が正しいことを証明した[9]

ソフィ・ジェルマンの定理 ― p2p+1 も素数であるような奇素数とする.このときフェルマーの大定理の第一の場合は指数 p に対して正しい.

例えば、p = 5 のとき、2p+1 = 11 は素数なので、ソフィ・ジェルマンの定理よりフェルマー予想の「第一の場合」は指数 n = 5 に対して正しい。

1825年に「第二の場合」も含めて n = 5 の場合を完全に証明したのはディリクレルジャンドルである[10]

ジェルマンまでは(そしてジェルマン以降も当面は)「n = 3 のとき」あるいは「n = 4 のとき」といった個別研究の域を出なかったこの問題に対し、解の条件が「第一の場合」に限られているとはいえ包括的な証明を与えようとした点において、ジェルマンの研究成果の意義はきわめて大きい。

n = 14 :ディリクレおよび 7 :ラメ、ルベーグ[編集]

1832年ディリクレn = 14 の場合を証明した[11]が、上述の通り n が素数である場合の方が肝要なので、これは n = 7 の場合を証明するための途中経過であった。しかし実際に n = 7 の場合を証明したのはラメ1839年)と、ラメの証明に含まれていた誤りを訂正したヴィクトル・ルベーグ(1840年)であった[10]

1847年、ラメは「フェルマー予想の一般的解法を発見した」と発表し、同じ解法を自分の方が先に発見していたと主張するコーシーとの間で論争にまでなった。しかしこの解法とは xn + yn = zn の左辺を複素数で素因子分解するというものであり、この分解は一意的なものでないためこの問題に関する解法たりえていないことが指摘される[12]

また、n = 7 の場合についてのラメの証明があまりにも複雑なものだったため、同様の手法で n = 1113 の場合について研究してみようと思う者はいなくなり、個別研究の時代は終わる[10]

クンマーの理想数[編集]

コーシーとラメが争っていたのと同じ頃、エルンスト・クンマーが自ら打ち立てた理想数の理論(後にデデキントイデアルの理論として発展させる)を導入する[13]。これにより、多くの素数において一意的な因数分解が可能となり、n正則素数である(もしくは正則素数で割り切れる)全ての場合については証明がなされた[14]。虚数レベルでの一意的な因数分解が不可能な非正則素数も無限に存在する[注釈 4]が、クンマーは 100 以下の非正則素数(37, 59, 67 の 3 個しかない)についてはそれぞれ個別に研究して解決した[16]。その結果、100 までの全ての奇素数 n について(当然 100 以下の奇素数を約数に持つ全ての n についても)フェルマー予想が成り立つことが証明され、それまでの個別研究からこの問題は大きく飛躍した。

1857年、フランス科学アカデミーは、1816年に設けたまま受賞者の出なかった「フェルマー予想の証明者」のための懸賞金を(最終的解決でないことを承知の上で)クンマーに与えた[17]1874年、クンマーは 101 から 163 までの指数について計算を実行し、新たに 101, 103, 131, 149, 157 の 5 個が非正則素数であることを示した[18]

近代的アプローチへ[編集]

モジュラー形式[編集]

ポアンカレ複素平面上の関数についての研究から、保型形式およびそのアイディアをさらに展開したモジュラー形式を案出する。

モーデル予想[編集]

ファルティングスによるモーデル予想の解決(1983年)により、フェルマー方程式 xn + yn = zn が整数解をもつならば(つまりフェルマー予想が誤りならば)その解の個数は本質的に有限個しかないことが証明される。この「有限個」が「実は 0 個」であることが示されればフェルマー予想は証明できたことになるが、この方向からの絞り込みには行き詰まりが指摘されていた。ともあれ、この時点でフェルマー予想が「ほとんど全ての場合について正しい」ことが判明したと言うことはできた。

谷山–志村予想[編集]

1955年9月、日光で開催された整数論に関する国際会議で、谷山豊が提出した幾つかの「問題」を原型とする数学の予想が谷山・志村予想である。そこでは楕円曲線とモジュラー形式の間の深い関係が示唆されており、後に志村五郎によって定式化された。「すべての楕円曲線モジュラーである」という、発表当時は注目を引かなかったこの谷山–志村予想(今となっては証明されているが)が、のちにフェルマー予想の証明に大きな役割を果たすこととなる。

実はこの前年の1954年、ある保型形式に関するラマヌジャン予想の一部をアイヒラーが証明していた。そこでは「解析的ゼータ=代数的ゼータ」が示されており、谷山・志村予想の最初の実例と呼べるものだった。

このラマヌジャン予想→谷山–志村予想→ラングランズ予想→超ラングランズ予想という一連の流れ(ゼータの統一)は数論の中心的テーマの一つとなっている。

フライ・セール予想[編集]

1984年にフライはフェルマーの最終定理に対する反例 an + bn = cn からはモジュラーでない楕円曲線(フライ曲線):

y2 = x(xan)(x + bn)

が得られ、これは谷山–志村予想に対する反例を与えることになるというアイディアを提示。セールによって定式化されたこの予想はフライ・セールのイプシロン予想と呼ばれ、1986年にケン・リベットによって証明された。

これらの経過は以下のように整理することができる。

  1. まず、フェルマー予想が偽である(フェルマー方程式が自然数解をもつ)と仮定する。
  2. この自然数解からは、モジュラーでない楕円曲線を作ることができる。
  3. しかし、谷山・志村予想が正しいならば、モジュラーでない楕円曲線は存在しない。
  4. 矛盾が導かれたので、当初の仮定が誤っていることとなる。
  5. したがって、フェルマー予想は真である。(背理法

つまり、谷山・志村予想が証明されたならば、それはフェルマーの最終定理が証明されたことをも意味するのである。

最終的解決[編集]

アンドリュー・ワイルズ

プリンストン大学にいたイギリス生まれの数学者アンドリュー・ワイルズ岩澤主予想 (Iwasawa main conjecture) を解決するなどして、元々数論の研究者として有名な人物であった。彼は10歳当時に触れたフェルマー予想に憧れて数学者となったが、プロとなってからは子供時代の夢は封印し、フェルマー予想のような孤立した骨董品ではなく主流数学の研究に勤しんでいた。ところが1986年、ケン・リベットフライ・セール予想を解決したことにより、フェルマー予想に挑むことは、主流数学の一大予想に挑むことと同義になってしまった。かつての憧れだったものが、今や骨董品どころか解かずには済まされない中心課題の一つになったのである。ワイルズはこのことに強い衝撃を受け発奮、正にフェルマー予想の解決を目的として、他の研究を全て止めて谷山–志村予想に取り組むこととなった。ただしこの際、彼は人々の耳目を集め過ぎることを懸念して、表面的には未発表の研究成果を小出しにすることで偽装し、谷山・志村予想の研究は秘密裏に遂行することとした。

ワイルズは、代数幾何学(特に楕円曲線群スキーム英語版)や数論モジュラー形式ガロア表現ヘッケ環岩澤理論)の高度な道具立てを用いて証明を試みたが、類数公式の導出に当たり岩澤理論を用いる方向では行き詰まってしまった。そこでコリヴァギン=フラッハ法(ヴィクター・コリヴァギンとマティアス・フラッハの方法)に基づくよう方針転換し、最後のレビュー段階でプリンストンの同僚ニック・カッツの助けを得るまで、細部に至るまでの証明を完璧な秘密のうちにほぼすべて独力で成し遂げた(ここまでで7年が経過していた)。彼がケンブリッジ大学1993年の6月21日から23日にかけて3つの講義からなるコースで証明を発表したとき、聴衆は証明に使われた数々の発想と構成に驚愕した。

ただし、その後の査読において、ワイルズの証明には1箇所致命的な誤りがあることが判明した。この修正は難航したが、ワイルズは彼の教え子リチャード・テイラーの助けを借りつつ、約1年後の1994年9月、障害を回避することに成功した。ワイルズ自身、その時の瞬間を「研究を始めて以来、最も大事な一瞬」と語っている。1994年10月に新しい証明を発表。1995年のAnnals of Mathematics誌において出版し、その証明は、1995年2月13日に誤りがないことが確認され[19]、360年に渡る歴史に決着を付けた。

フェルマーの最終定理を証明した論文[編集]

エピソード[編集]

  • 詳細な歴史(st-and.ac.uk)
  • 現在も未解決の問題の大多数は、問題自体が難解な用語を用いなければ表現できないものであるのに対し、本定理の言わんとするところは中学生程度の知識さえあれば理解できるため、数多くのアマチュア数学ファンがこれを解決しようと熱中し、数学を志す者も輩出された。最終的に解決に導いたワイルズ自身もそうした者の一人であった。
  • フェルマーはこの定理の証明に関して「真に驚くべき証明を見つけた」と記述を残している。しかし、現在知られている証明は、分野ごとの壁が厚くなったことで、半ば独自に進化と発展を遂げた各数学分野の最新理論を巧妙に組み合わせ、駆使することで構成されている。いかに「数論の父」と呼ばれるフェルマーであっても、400年前に独自にこの証明を成し遂げたとは考え難いため、フェルマーが n = 4 の場合に用いた無限降下法による証明が全ての自然数に対して適用可能であるとの勘違いによるものとも考えられる。
  • 最終的証明はスキームなどの現代的な代数幾何の構成を用いている。これはノイマン・ベルナイス・ゲーデル流の集合論(NBG集合論)という、通常の集合に加えて (class) を考え、ただし集合に対する言明の真偽(証明可能性)は ZFC集合論と同じになる(ZFC の保存的拡大という)ようにした枠組みで定義される。NBG集合論は本質的には ZFC集合論と同じもので、ZFC集合論に到達不能基数の存在公理を付け加えてグロタンディーク宇宙の構成を可能にしたもので置き換えられると考えられている。このことから最終定理の証明のために本当はどれだけの公理が必要なのかについては疑問が呈されてもいて、ZFC よりは弱い体系でも十分なのではないかと言われている。
  • 最終的な証明で重要な役割を果たした谷山・志村予想に関して、ワイルズとテイラーが証明したのは「半安定」と呼ばれる特殊な場合であり、一般的な場合に関しては証明を与えることはできなかったが、フェルマーの最終定理(の反例)からくるであろう反例の可能性を排除するにはこれで十分だった。ちなみに、後に谷山・志村予想に完全な証明を与えたのはワイルズの弟子であるブライアン・コンラッド英語版フレッド・ダイアモンド英語版であり、今では数論の1つの到達点とされて「モジュラー性定理」とよばれることもある。
  • 1988年に当時西ドイツマックス・プランク数学研究所にいた、宮岡洋一が証明できそうだというニュースが報道された。ただし実際には不備があり、完全な証明には至らなかった。
  • 1908年、ドイツの富豪ヴォルフスケールは2007年9月13日までの期限付きでフェルマー予想の証明者に対して10万マルクの懸賞金を設けた (Wolfskehl Prize)。当然のことながらワイルズが受賞し、その賞金は約500万円程度であるが、第一次大戦後のハイパーインフレがなければ十数億円であったといわれる。授賞式は1997年6月、ゲッティンゲン大学の大ホールにて、500人の数学者が列席する中、執り行われた。
  • 解決以前に書かれたSFなどの文芸作品における「未来」において、未解決の問題として言及されていることがしばしある[20]など、解決以前は「未解決問題」の代表的な存在であった。一方、解決後に刊行された『金色のガッシュ!!』のように、「300年以上もの間解決できずに、近年の天才によりようやく解かれた問題」として紹介されたケースもあり、現代においても「数学界最大の難問」の一つとして取り扱われることもある。
  • 解決以前において、サイコップのメンバーだったカール・セーガンは、「人類より高度な文明を持つ知的生命体と意思のみで交信できる」というチャネラーに対し、その知的生命体への質問として「フェルマーの最終定理」の解法を聞いてみるが、ことごとく無視された[注釈 5]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ これに対して n = 2 のとき、x2 + y2 = z2 を満たす自然数の組 (x, y, z) は無数に存在し、ピタゴラス数と呼ばれる。
  2. ^ フェルマーの書き込み入りの『算術』原本は、今日では失われている。フェルマーが当時読んでいた『算術』は、1621年にギリシア語からラテン語に翻訳された版である
  3. ^ ここで、平方数とは有理数の平方を意味する。他の冪も同様。よって、『算術』の元の問題を現代風に表現すれば、有理数 a に対し、x2 + y2 = a2 の正の有理数解を(1つ)求めよ、ということである。
  4. ^ 非正則素数が無限に存在することは1915年にイェンセンによって証明された[15]
  5. ^ カール・セーガンは以下のように述べている。
     私はときどき、宇宙人と「コンタクト」しているという人から手紙をもらうことがある。「宇宙人に何でも質問してください」と言われるので、ここ数年はあらかじめ短い質問リストを用意している。聞くところによると、宇宙人はとても進歩しているそうだ。そこでこんな質問をしてみる――「フェルマーの最終定理を簡単に証明してください」。あるいは、ゴルトバッハの予想でもいい。もちろん宇宙人は、「フェルマーの最終定理」という呼び方はしないだろうから、その内容を説明しなくてはならない。そこで例の、べき 指数つきのごく簡単な式を書いておくのだが、返事をもらったことはただの一度もない。 — カール・セーガン、『カール・セーガン 科学と悪霊を語る青木薫訳、新潮社1997年9月20日。ISBN 4-10-519203-5。pp. 108ff

出典[編集]

  1. ^ Panchishkin & Manin 2007, p. 341
  2. ^ 足立 2006, pp. 93-95
  3. ^ 足立 2006, pp. 99-101
  4. ^ 足立 2006, pp. 137-139
  5. ^ 足立 2006, pp. 139-140
  6. ^ 足立 2006, p. 140
  7. ^ 足立 2006, p. 148
  8. ^ 足立 2006, pp. 140-148
  9. ^ 足立 2006, pp. 150-156
  10. ^ a b c 足立 2006, p. 150
  11. ^ 足立 2006, p. 231
  12. ^ 足立 2006, pp. 156-165
  13. ^ 足立 2006, pp. 166-218
  14. ^ 足立 2006, p. 215
  15. ^ 足立 2006, pp. 217, 227
  16. ^ 足立 2006, pp. 223-224
  17. ^ 足立 2006, p. 220
  18. ^ 足立 2006, pp. 215, 226
  19. ^ 1995年2月の毎日新聞縮小版より
  20. ^ 新スタートレック』38話「ホテル・ロイヤルの謎」など

参考文献[編集]

  • 足立恒雄 『フェルマーの大定理 整数論の源流』 日本評論社〈数セミ・ブックス12〉、1984年8月。
    • 足立恒雄 『フェルマーの大定理 整数論の源流』 日本評論社、1994年6月、第2版。ISBN 4-535-78207-5。
    • 足立恒雄 『フェルマーの大定理 整数論の源流』 日本評論社、1996年5月、第3版。ISBN 4-535-78231-8。
    • 足立恒雄 『フェルマーの大定理 整数論の源流』 筑摩書房〈ちくま学芸文庫 ア24‐1 Math & Science〉、2006年9月。ISBN 4-480-09012-6。
  • 足立恒雄 『フェルマーを読む』 日本評論社、1986年6月。ISBN 4-535-78153-2。
  • 足立恒雄 『フェルマーの大定理が解けた! オイラーからワイルズの証明まで』 講談社〈ブルーバックスB-1074〉、1995年6月。ISBN 4-06-257074-2。
  • アミール・D・アクゼル 『天才数学者たちが挑んだ最大の難問 フェルマーの最終定理が解けるまで』 吉永良正 訳、早川書房、1999年5月。ISBN 4-15-208224-0。
    • アミール・D・アクゼル 『天才数学者たちが挑んだ最大の難問 フェルマーの最終定理が解けるまで』 吉永良正 訳、早川書房〈ハヤカワ文庫 NF <数理を愉しむ>シリーズ〉、2003年9月。ISBN 4-15-050282-X。
  • アルフ・ファン・デル・プールテン 『フェルマーの最終定理についてのノート その注釈と随想』 山口周 訳、森北出版、2000年2月。ISBN 4-627-06101-3。
  • 加藤和也 『解決!フェルマーの最終定理 現代数論の軌跡』 日本評論社、1995年10月。ISBN 4-535-78223-7。
  • 久我勝利 『図解雑学 数論とフェルマーの最終定理』 關口力・百瀬文之 監修、ナツメ社、2005年9月。ISBN 4-8163-3995-7。
  • サイモン・シン 『フェルマーの最終定理 ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで』 青木薫 訳、新潮社、2000年1月。ISBN 4-10-539301-4。
    • サイモン・シン 『フェルマーの最終定理』 青木薫 訳、新潮社〈新潮文庫〉、2006年6月。ISBN 4-10-215971-1。
  • 富永裕久 『フェルマーの最終定理に挑戦 天才ガウスも断念』 ナツメ社、1996年2月。ISBN 4-8163-1933-6。
  • 富永裕久 『図解雑学 フェルマーの最終定理』 ナツメ社、1999年10月。ISBN 4-8163-2697-9。
  • Paulo Ribenboim 『フェルマーの最終定理13講』 吾郷博顕 訳、共立出版、1983年7月。ISBN 4-320-01087-6。
    • Paulo Ribenboim 『フェルマーの最終定理13講』 吾郷博顕 訳、共立出版、1989年2月、第2版。ISBN 4-320-01415-4。
  • 山口周 『フェルマーの最終定理 証明への道具立てと発見的推理』 東宛社、1997年4月。ISBN 4-924694-32-0。

小説[編集]

  • アーサー・C・クラークフレデリック・ポール 共著 『最終定理』 小野田和子訳、早川書房〈海外SFノヴェルズ〉、2010年1月22日。ISBN 978-4-15-209101-7。 - フェルマーの最終定理の簡潔な証明に挑むスリランカの大学生を主人公にした長編SF小説。クラークの遺作。
  • 日沖桜皮 『[小説]フェルマーの最終定理』 PHP研究所、2010年3月19日。ISBN 978-4-569-77742-9。 - フェルマーの最終定理に関連する数学史を対話形式で紹介した小説。
  • 保阪正康 『ある数学狂の一世紀 まぼろしの定理に憑かれた男』 講談社、1976年ASIN B000J96SEE - フェルマーの最終定理の証明に後半生をかけた茂木学介の伝記。
    • 保阪正康 『数学に魅せられた明治人の生涯』 筑摩書房〈ちくま文庫 ほ16-4〉、2012年2月8日。ISBN 978-4-480-42907-0。 - 保阪 (1976)の文庫版。
  • 結城浩 『数学ガール フェルマーの最終定理』 ソフトバンククリエイティブ、2008年8月。ISBN 978-4-7973-4526-1。 - 3人の高校生と1人の中学生が数学にチャレンジする数学・青春・物語。

まんが版[編集]

  • 中村亨 『フェルマーの最終定理 萌えて愉しむ数学最大の難問』 三嶋くるみ 漫画、木戸実験 シナリオ、PHP研究所、2009年12月。ISBN 978-4-569-77520-3。
  • 結城浩 『数学ガール フェルマーの最終定理』(1)、春日旬 画、メディアファクトリー〈MFコミックス アライブシリーズ〉、2011年4月23日。ISBN 978-4-8401-3793-5。
  • 結城浩 『数学ガール フェルマーの最終定理』(2)、春日旬 画、メディアファクトリー〈MFコミックス フラッパーシリーズ〉、2012年2月23日。ISBN 978-4-8401-4422-3。
  • 結城浩 『数学ガール フェルマーの最終定理』(3)(完)、春日旬 画、メディアファクトリー〈MFコミックス フラッパーシリーズ〉、2013年3月23日。ISBN 978-4-8401-5015-6。

さらに進んだ書物[編集]

  • 加藤和也黒川信重斎藤毅 『数論 1 ―― Fermatの夢 ――』 岩波書店〈現代数学の基礎 1〔18〕〉、1996年10月7日。ISBN 4-00-010631-7。
  • 加藤和也、黒川信重・斎藤毅 『数論 2 ―― 類体論とは ――』 岩波書店〈現代数学の基礎 1〔19〕〉、1998年10月7日。ISBN 4-00-010643-0。
  • 加藤和也 『フェルマーの最終定理・佐藤-テイト予想解決への道』第1巻、岩波書店〈類体論と非可換類体論〉、2009年1月29日。ISBN 978-4-00-006617-4。
  • 斎藤毅 『Fermat予想』第1巻、岩波書店〈現代数学の展開 9〔11〕〉、2000年3月28日。ISBN 4-00-010659-7。
  • 斎藤毅 『Fermat予想』第2巻、岩波書店〈現代数学の展開 12〔12〕〉、2008年2月8日。ISBN 978-4-00-010662-7。
    • 斎藤毅 『フェルマー予想』 岩波書店、2009年2月6日。ISBN 978-4-00-005958-9。 - 斎藤 (2000)斎藤 (2008)の合本。
  • Panchishkin, Alexei A.; Manin (April 2007), Introduction to Modern Number Theory: Fundamental Problems, Ideas and Theories, Springer, ISBN 978-3-540-20364-3, https://books.google.com/books?id=wvK586IxaxwC&pg=PA341 

関連項目[編集]