フラッシャー石橋

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フラッシャー石橋(フラッシャー いしばし、1949年5月25日 - )は、アメリカ合衆国出身の元プロボクサー。本名はスチーブン・スミスペンシルベニア州フィラデルフィア生まれ。主に日本のリングで活躍。元日本ミドル級チャンピオン。黒人ならではのバネと強打で、日本王座を2度獲得。石橋ジム所属。

来歴[編集]

横田基地所属の米軍兵士。1971年デビュー。強打でKOを量産したが、打たれ脆さも併せ持ち、藤一柳済斗にはKO負けを喫している。トレーニングで課題だったスタミナ不足を克服、1973年2月26日カシアス内藤を破って日本ミドル級王座を獲得した。

その3か月後の5月21日、ステップ・アップを目論み、世界ランカービル・ダグラスと対戦するが、3回KO負け。

しかし、日本王者としては東洋ジュニアミドル級王者金沢英雄の挑戦を退け初防衛に成功、その実力を見せつけた。

同年10月2日、日本のエース、東洋ウェルター級王者龍反町とノンタイトルで対戦。体格差に物を言わせ6回まで一方的に反町を追い込んだが、一瞬の隙を突いた反町の右の一撃に沈み、そのままテンカウントを聞いた。この試合がミドル級リミット内で行われたため、規定により石橋はタイトルを剥奪されてしまう。

その1か月後、堀畑道弘を決定戦で3回KOに破り王座に返り咲いたが、防衛戦は行わず、ノンタイトル3戦をこなした後祖国アメリカへ帰国。

母国でもリングに上がったが、戦績は4勝5敗と揮わなかった。因みに、この5敗の中には後の世界王者エディ・グレゴリー、マイク・ロスマンにKO負けした試合が含まれる。

通算戦績[編集]

27戦18勝(14KO)9敗

関連項目[編集]