フランキー堺とシティ・スリッカーズ

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フランキー堺とシティ・スリッカーズ(フランキーさかいとシティ・スリッカーズ)は、フランキー堺1953年に結成し[1]1959年ごろ[1]に解散したジャズバンド/コミックバンド。冗談音楽の王様と呼ばれたスパイク・ジョーンズ&ザ・シティ・スリッカーズのコピーバンドとして始まり、その音楽性はハナ肇とクレイジーキャッツに引き継がれた。メンバーの岩井直溥は「要するにシティ・スリッカーズは、のちの「ハナ肇とクレージー・キャッツ」の原型のようなものだったんです」と述べている[1]

のちフランキー堺が日活の専属となって俳優に転じ、バンドを脱退[2]。その後も3年ほどフランキー堺不在のまま演奏活動を続けた[1]ハナ肇は「フランキー(堺)は日活に行って映画をやるようになったらバンドのことなんか放ったらかして自分のことばかり考えるようになった」[3]と批判的に語っている。

メンバー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e 岩井直溥自伝 吹奏楽ポップスの父、昭和大爆走!
  2. ^ 山下勝利『ハナ肇とクレージーキャッツ物語』p.55
  3. ^ 戸井十月『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』p.118
  4. ^ ACS Records
  5. ^ 国宝級のミュージシャンズ・ミュージシャン 鈴木康允
  6. ^ 向井爽也『喜劇が好きなあなたへ』p.188。
  7. ^ 戸井十月『植木等伝「わかっちゃいるけど、やめられない!」』p.198