フランク・ロボス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロボス第二姓(母方の)はアクーニャです。
フランク・ロボス Football pictogram.svg
名前
本名 フランク・ロナルド・ロボス・アクーニャ
カタカナ フランク・ロボス
ラテン文字 Frank Ronald Lobos Acuña
基本情報
国籍  チリ
生年月日 (1976-09-25) 1976年9月25日(41歳)
出身地 サンティアゴ
選手情報
在籍チーム 引退
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1994-1998
1999
2000
2001
2001-2002
2003
2005
2006
2006
2006
チリの旗 コロコロ
チリの旗 ラ・セレナ
チリの旗 エベルトン
チリの旗 コンセプシオン
スペインの旗 ラシン・フェロル
日本の旗 水戸ホーリーホック
チリの旗 プエルトモント
チリの旗 コンセプシオン
チリの旗 コロコロ
ブラジルの旗 ヴァスコ





16 (1)

0 (0)

0 (0)
代表歴
1993
1995
チリの旗 チリ U-17
チリの旗 チリ U-20
6 (0)
3 (1)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

フランク・ロナルド・ロボス・アクーニャFrank Ronald Lobos Acuña, 1968年9月24日-)は、チリサンティアゴ出身の元サッカー選手水戸ホーリーホック在籍時の登録名はフランク

経歴[編集]

1993 FIFA U-17世界選手権で中心選手として[1]3位入賞へ貢献したことから、チリ国内で一躍人気者になったフランクは、翌1994年にビニャ・デル・マール音楽祭で審査員を務めたり、テレビドラマに本人役で特別出演した。

CSDコロコロでは、クラブは1996, 1997後期, 1998と次々タイトルを獲得するもレギュラーになることは出来なかった。

2003年4月から8月まで、同胞のパンチョと共に水戸ホーリーホックに在籍した。2006年にデポルテス・コンセプシオン英語版へ復帰するもクラブは財政的な理由からトップリーグ参加出来ず、1月に古巣のCSDコロコロに復帰[2]。2月にはブラジルの名門CRヴァスコ・ダ・ガマへ同胞のクラウディオ・サリナスと移籍する[3]も、出場しないまま3月に2人そろって解雇され[4]、フランクの方は引退した。

2006年10月20日、収賄事件に関わったとして、監督を始めエージェントなどプロサッカーに関する全ての活動を10年間禁止になった[5]。その後、国家憲兵のサッカースクールで指導している[6][7]。また、2011年・2012年とリアリティ番組に出演している。

代表歴[編集]

U-17代表として1993 FIFA U-17世界選手権3位入賞, U-20代表で1995 FIFAワールドユース選手権にも出場、共に10番を背負い全試合出場した。また、U-20W杯では水戸で同僚となるパンチョも出場していた。

プライベート[編集]

3児の父親。14歳になる息子もサッカー選手で、U-14パレスチナ代表でプレーしている[8]

所属クラブ[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ ¿QUÉ PASÓ CON LOS ÍDOLOS DEL MUNDIAL SUB-17 DE JAPÓN 1993?
  2. ^ Frank Lobos: “Es lamentable lo sucedido con Deportes Concepción”
  3. ^ Frank Lobos y Claudio Salinas jugarán en Vasco da Gama
  4. ^ Antes de debutar, Claudio Salinas y Frank Lobos fueron despedidos de Vasco
  5. ^ Frank Lobos fue inhabilitado por 10 años tras "caso sobornos"
  6. ^ Tiempo agregado - QUE PASA
  7. ^ Frank Lobos: El ex mundialista sub 17 que se reinventó como entrenador en la cárcel
  8. ^ “Mi objetivo es llegar dirigir un club profesional”