フランスサッカー連盟

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フランスサッカー連盟
Football pictogram.svg
名称
フランス語表記 Fédération française de football
略称 FFF
FIFAコード FRA
歴史
設立 1919年
FIFA加盟 1904年
UEFA加盟 1954年
組織
国または地域 フランスの旗 フランス
本部 パリ
会長 ノエル・ル・グラエ
公式サイト

フランスサッカー連盟:Fédération française de football、略称:FFF、:French Football Federation)はフランスサッカーを統括する団体。本部はパリ。プロリーグリーグ・アン(1部)・リーグ・ドゥ(2部)、フランス全国選手権(3部)、フランスカップなどを主催し、サッカーフランス代表サッカーフランス女子代表を組織している。

設立当初からFIFAUEFAに加盟している。

歴史[編集]

1894年、当時のフランスにおけるアマチュアスポーツ統括団体であったフランススポーツ・アスレティック連盟(Union des Sociétés Françaises de Sports Athlétiques USFSA)は最初のフランス選手権を開催した。選手権は当初はパリとその周辺のクラブのみで、ノックアウト方式で開催されたが、1896年には9チームによるリーグ戦となり、1899年以降には、パリリーグの勝者が他の地域・都市のリーグ勝者と対戦するという形式に拡大して開催されるようになった。

1900年、USFSAが編成したチームがパリオリンピックにフランス代表として出場した。1904年には、最初のフランス代表チームを組織し、ブリュッセルベルギー代表と対戦し3-3と引き分けた。同じ年、USFSAのサッカー部会幹事であったロベール・ゲランは欧州8カ国のサッカー団体代表とともにFIFAを創設し、初代会長に就任した。

しかし、USFSAはフランスサッカーを独占して統括できてはいなかった。USFSAはプロを排除してアマチュアスポーツを統括していたためである。1896年から1907年まで、プロ団体Fédération des Sociétés Athlétiques Professionnelles de France (FSAPF) は、独自にプロの大会を運営していた。1905年には、カトリック教会の支援を受けシャルル・シモンとアンリ・ドロネーが率いるFédération Gymnastique et Sportive des Patronages de France (FGSPF)がまた独自の大会を主催していた。さらに1906年、自転車競技団体Fédération Cycliste et Amateur de France (FCAF)(フランス自転車連盟の前身)もサッカー競技大会に参入してきた。1907年、FGSPFとFCAF、各地域の団体が結集しComité Français Interfédéral (CFI)を結成した。CFIはUSFSAのCoupe Nationalに対抗しTrophée de Franceと銘打った大会を主催した。

1907年、USFSAはFIFAの一国一協会の方針により、FIFAを脱退。FIFAにおけるフランスの代表権、またフランス代表を選抜編成する権利もCFIに移ることになった。1913年、USFSAのサッカー部会はCFIに加入し、CFIがフランスのサッカーを独占して統括する団体となった。

1919年、CFIは改組して現在のフランスサッカー連盟となった。