ブッシュ (DD-529)

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USS Bush (DD-529) off the Mare Island Naval Shipyard, California (USA), on 11 June 1944 (NH 98928).jpg
艦歴
発注
起工 1942年2月12日
進水 1942年10月27日
就役 1943年5月10日
退役
その後 1945年4月6日に戦没
除籍
性能諸元
排水量 2,050トン
全長 376 ft 5 in (114.7 m)
全幅 39 ft 7 in (12.1 m)
吃水 17 ft 9 in (5.4 m)
機関 2軸推進、60,000 shp (45 MW)
最大速 35ノット (65 km/h)
航続距離 6,500海里 (12,000 km)
15ノット(28km/h)時
乗員 329名
兵装 38口径5インチ砲5門
40mm対空砲10門
20mm対空砲7門
21インチ魚雷発射管10門
爆雷軌条2軌、爆雷投射機6器

ブッシュ (USS Bush, DD-529) は、アメリカ海軍駆逐艦フレッチャー級駆逐艦の一隻。艦名は米英戦争で戦死したウィリアム・シャープ・ブッシュ中尉(1786年 - 1812年8月19日)に因む。

艦歴[編集]

ブッシュは1942年2月12日にカリフォルニア州サンフランシスコベスレヘム・スチール社で起工した。1942年10月27日にマリオン・ジャクソン(ブッシュ中尉の曾曾孫姪)によって命名、進水し、1943年5月10日に艦長W・F・ピーターソン中佐の指揮下就役した。

1943年7月29日から11月27日までブッシュはアラスカ海域で偵察および護衛任務に従事する。1943年12月4日に真珠湾に到着し、エリス諸島ニューギニアフィリピン沖縄など太平洋の至る所で偵察、護衛および火力支援任務に当たった。ビスマルク諸島ではグロスター岬の戦いニューブリテン島上陸、1943年12月26日から1944年3月31日までのアドミラルティ諸島侵攻、1月18日から21日までのニューギニアのセイダー攻撃、9月15日のモロタイ島上陸、10月20日から24日のレイテ島上陸、ルソン島では1944年12月12日から18日のミンドロ島上陸、1945年1月4日から18日のリンガエン湾上陸、2月19日から3月9日の硫黄島の戦い、4月1日から6日の沖縄戦など様々な戦闘に参加している。

1944年11月1日、レイテ湾での作戦活動中ブッシュは10機の日本軍機のうち2機を撃墜した。ブッシュは多数の破片を浴び、乗組員2名が負傷した。

1945年4月の沖縄戦ではレーダーピケット任務に当たり、6日には特攻機3機の攻撃を受けたものの、少なくとも1機を撃墜した。15:15に最初の敵機が1番煙突と2番煙突の間の右舷上甲板に突入し、機関室前方で搭載爆弾および魚雷が爆発した。ブッシュは大きく損傷したが、危険な状態にあるとは見なされず、牽引の要請が行われた。その後も特攻機の攻撃は続き、ブッシュの損傷が拡大したため自沈処理を行わなければならなくなり、コルホーン (USS Colhoun, DD-801) が支援のために接近した。

17:25、別の特攻機がブッシュの左舷上甲板、煙突の間に突入し、船体を切断するほどの爆発が生じた。17:45、3機目が左舷上甲板に突入する。艦の弾薬のうちいくらかが誘爆し、中央部が破壊されたが、艦の前後部分で救助が行われた。激しいうねりが艦を振動させ、ブッシュは中央部から沈没し始めた。うねりは続き、艦の放棄が命じられた。沈没までに227名が救助され、87名は艦と共に失われた。

ブッシュは第二次世界大戦の戦功で7個の従軍星章を受章した。

関連項目[編集]