ブライアン・ウォーレン

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ブライアン・ウォーレン
Brian Warren
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 マサチューセッツ州プリマス郡
生年月日 (1967-04-26) 1967年4月26日(50歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
180 lb =約81.6 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1990年 MLBドラフト43巡目
初出場 NPB / 1998年7月10日
CPBL / 1998年2月25日
KBO / 2001年
最終出場 NPB / 2000年10月2日
CPBL / 2004年9月2日
KBO / 2001年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • ブリッジポート・ブルーフィッシュ (2006 - 2008)

ブライアン・リチャード・ウォーレンBrian Richard Warren, 1967年4月26日 - )は、アメリカ合衆国マサチューセッツ州プリマス郡出身の元プロ野球選手投手)。

台湾球界での登録名は、中信では畢来力、興農では勇豐年。韓国球界での登録名は、워렌

経歴[編集]

1990年のMLBドラフト43巡目でデトロイト・タイガースに指名されて契約。以後、1994年シンシナティ・レッズ1997年テキサス・レンジャーズと渡り歩くがメジャー昇格することはなく、1998年中華職業棒球聯盟(CPBL)の和信ホエールズに入団。

和信では23試合47投球回を投げ、4勝1敗2セーブ、防御率2.49という好成績を残す。そのことが評価され、同年6月に千葉ロッテマリーンズに入団。河本育之の故障のため、抑え投手として活躍し、1999年には最優秀救援投手に輝く。

不正投球疑惑[1][2]、他球団への挑発、高額年俸要求など、素行が問題視されたものの、動く速球と抜群の制球力で活躍をした。2000年にロッテを退団。

2001年は、メジャーリーグ入りを目指してスプリングトレーニングに参加したが昇格はならず。韓国プロ野球(KBO)のハンファ・イーグルスに入団したが、不振でシーズン途中で退団し、メキシカンリーグでプレーした。

2002年2003年はどこのチームにも所属せず、2004年はアメリカ独立リーグブリッジポート・ブルーフィッシュとCPBLの興農ブルズ2005年は再びブリッジポートでプレーし、同年限りで現役引退。2006年から2008年まで同チームの投手コーチを務めた。

2009年ボルチモア・オリオールズの国際スカウトに就任した[3]

人物[編集]

ボールに傷をつけていると不正投球の疑惑を受けた翌日(2000年6月29日)、試合前の練習でグラブにハサミカッターやすりなどぶらさげて、皮肉もこめて抗議した。同日の対西武戦(千葉マリンスタジアム)では試合終了直後に西武ベンチに向かって中指を突き立てるポーズを行い[4]、後日、パシフィック・リーグから「今度同じ行為をしたら追放処分もあり得る」と厳重注意処分を受けている(この日は疑惑の影響で審判がボール交換チェックを4度にわたって行っており、苛立った末の行為だった)。なおこのシーンは同年の珍プレー番組にも多く取り上げられたが、メディアによって取り上げられ方に温度差があり、代表的なものとして、フジテレビプロ野球珍プレー好プレー大賞では指の部分にモザイクが掛けられる処理が施されていたが、日本テレビ勇者のスタジアム・プロ野球好珍プレーではモザイクなどの処理は施されておらず、逆に「ファックサイン」のテロップが出されるなど行為が強調されていた。

試合終了後に興奮して、捕手やチームメイトや監督と激しくハイタッチし、アニマル・レスリーの再来とも言われた。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1998 和信 23 0 0 0 0 4 1 2 0 .800 207 47.0 43 1 14 1 3 44 3 0 20 13 2.49 1.21
1998 ロッテ 24 0 0 0 0 2 1 3 -- .667 109 29.0 18 0 8 0 2 9 2 0 3 3 0.93 0.90
1999 49 0 0 0 0 1 2 30 -- .333 206 54.1 38 1 7 2 3 25 1 0 14 11 1.82 0.83
2000 36 0 0 0 0 3 2 16 -- .600 177 41.1 45 4 12 1 2 24 3 0 22 20 4.35 1.38
2001 ハンファ 11 0 0 0 -- 2 1 3 -- .667 67 14.2 17 0 9 2 1 6 9 7 4.30 1.77
2004 興農 9 0 0 0 0 0 1 5 0 .000 54 12.0 15 3 5 0 1 4 3 0 8 7 5.25 1.67
NPB:3年 109 0 0 0 0 6 5 49 -- .545 492 124.2 101 5 27 3 7 58 6 0 39 34 2.45 1.03
CPBL:2年 32 32 0 0 0 4 2 7 0 .667 261 59.0 58 4 19 1 4 48 6 0 28 20 3.05 1.30
KBO:1年 11 0 0 0 -- 2 1 3 -- .667 67 14.2 17 0 9 2 1 6 9 7 4.30 1.77
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

NPB

表彰[編集]

NPB

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 43 (1998年途中 - 2000年)

脚注[編集]

  1. ^ 【7月14日】2000年(平12) 追放なんて怖くない!?侮辱ポーズ謝罪もいつもより燃えた
  2. ^ 上述の西武の他、1999年には近鉄から「紙やすりでボールに傷をつけている」との告発を受け、さらにダイエーからも「必要以上にロジンバッグの粉を付けている」という抗議を受けていた。
  3. ^ あの“中指立て男”がスカウトに!! 日本FA市場
  4. ^ [1]

関連項目[編集]