ブライアン・ゴードン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブライアン・ゴードン
Brian Gordon
フリーエージェント(FA)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ウェストポイント
生年月日 (1978-08-16) 1978年8月16日(41歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 1997年 ドラフト7巡目(全体233位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから指名
初出場 2008年9月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライアン・アーネスト・ゴードンBrian Ernest Gordon, 1978年8月16日 - )は、ニューヨーク州ウェストポイント出身のプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

ダイヤモンドバックス傘下時代[編集]

1997年、MLBドラフト7巡目(全体233位)でアリゾナ・ダイヤモンドバックスから外野手として指名され、6月10日に契約。ルーキー級アリゾナリーグ・ダイヤモンドバックスで54試合に出場し、4本塁打46打点8盗塁、打率.247だった。

1998年はA級サウスベンド・シルバーホークスで126試合に出場し、8本塁打61打点6盗塁、打率.280だった。

1999年はA級サウスベンドで48試合に出場し、17打点8盗塁、打率.212だった。

2000年はA+級ハイデザート・マーベリックスで127試合に出場し、12本塁打66打点19盗塁、打率.311だった。

2001年はA+級ランカスター・ジェットホークスで103試合に出場し、16本塁打70打点13盗塁、打率.304だった。

2002年はAA級エルパソ・ディアブロスで130試合に出場し、10本塁打67打点2盗塁、打率.287だった。

2003年はAAA級ツーソン・サイドウィンダーズで124試合に出場し、13本塁打70打点1盗塁、打率.265だった。オフの10月15日にFAとなった。

エンゼルス傘下時代[編集]

2003年11月5日にアナハイム・エンゼルスとマイナー契約を結んだ。

2004年はAAA級ソルトレイク・スティンガーズで127試合に出場し、22本塁打70打点6盗塁、打率.259だった。10月15日にFAとなったが、12月14日にエンゼルスと再契約した。

2005年はAAA級ソルトレイクで100試合に出場し、17本塁打55打点7盗塁、打率.276だった。10月15日にFAとなった。

アストロズ傘下時代[編集]

2005年12月2日にヒューストン・アストロズとマイナー契約を結んだ。

2006年はAAA級ラウンドロック・エクスプレスで102試合に出場し、16本塁打59打点1盗塁、打率.241だった。10月15日にFAとなった。

2007年1月31日にアストロズと再契約した。アストロズでスペシャルアシスタントを務めていたノーラン・ライアンからの助言もあり[1]、この年から投手へ転向した。AA級コーパスクリスティ・フックスで30試合に登板し、5勝1敗1セーブ、防御率2.88だった。8月にAAA級ラウンドロックへ昇格。9試合に登板し1勝1敗、防御率4.91だった。10月29日にFAとなったが、12月3日にアストロズと再契約した。

2008年はAA級コーパスクリスティで1試合に登板後、4月11日に放出された。

レンジャーズ時代[編集]

2008年4月25日にテキサス・レンジャーズとマイナー契約を結んだ。AA級フリスコ・ラフライダーズで15試合に登板し、2勝0敗2セーブ、防御率0.00の好成績で6月にAAA級オクラホマ・レッドホークスへ昇格。18試合に登板し4勝5敗、防御率4.56だった。9月15日にメジャー初昇格を果たし、9月17日のデトロイト・タイガース戦でメジャーデビュー。14点ビハインドの8回表から登板し、1回を投げ1安打無失点1奪三振に抑えた。この年は3試合に登板した。11月3日にFAとなったが、12月3日にレンジャーズとマイナー契約で再契約した。

2009年はAAA級オクラホマシティで43試合に登板し、7勝3敗2セーブ、防御率3.49だった。11月9日にFAとなった。

フィリーズ傘下時代[編集]

2010年1月29日にフィラデルフィア・フィリーズとマイナー契約を結んだ。AAA級リーハイバレー・アイアンピッグスで40試合に登板し、1勝3敗、防御率3.46だった。11月6日にFAとなったが、12月17日にフィリーズと再契約した。

2011年はAAA級リーハイバレーで12試合に登板し、5勝0敗、防御率1.14だったが、6月14日に放出された。

ヤンキース時代[編集]

2011年6月14日にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。6月16日にメジャー昇格し、同日のテキサス・レンジャーズ戦でメジャー初先発。MLB史上初めて合成材料で製造したグラブを使用し[2]、5.1回を投げ7安打2失点3四球3奪三振で勝ち負けはつかなかった。2度目の先発となった6月22日のシンシナティ・レッズ戦では、5.0回を投げ4失点し、初黒星を喫した。7月2日にAAA級スクラントン・ウィルクスバリ・ヤンキースへ降格。AAA級では1試合に登板した。メジャーでは2試合に登板し0勝1敗、防御率5.23だった。7月8日に放出された。

韓国球界時代[編集]

2011年7月8日に、退団したジム・マグレーンの代役としてSKワイバーンズと契約[3]。14試合に登板し6勝4敗、防御率3.81だった。オフに、米球界復帰を希望したこともあり退団。

しかし米球界復帰は叶わず、2012年1月13日に三星ライオンズと契約した[4]。25試合に登板し11勝3敗、防御率3.94だった。

アスレチックス傘下時代[編集]

2012年12月22日にオークランド・アスレチックスとマイナー契約を結んだ。

2013年はAAA級サクラメント・リバーキャッツで51試合に登板し、4勝0敗23セーブ、防御率3.57だった。11月5日にFAとなった。

ヤンキース復帰[編集]

2013年12月4日に古巣・ヤンキースとマイナー契約を結んだ[5]。6月15日に、解雇された。

脚注[編集]

  1. ^ Sean Brennan (2011年6月17日). “New York Yankees give career minor-leaguer Brian Gordon a thrill with start against Texas Rangers”. NY Daily News. 2014年2月15日閲覧。
  2. ^ Matt Fortuna (2011年6月21日). “Gordon used first non-leather glove in MLB”. MLB.com. 2014年2月15日閲覧。
  3. ^ Andrew Marchand (2011年7月8日). “Gordon gone to Korea”. ESPN New York. 2014年2月15日閲覧。
  4. ^ Zach Links (2012年1月12日). “Quick Hits: Jurrjens, Ankiel, Mets, Darvish, Yankees”. MLB Trade Rumors. 2014年2月15日閲覧。
  5. ^ Lou DiPietro (2013年12月3日). “Yanks ink RHP Brian Gordon to Minor League deal”. YES NETWORK. 2014年2月15日閲覧。