ブライアン・モラン (野球)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ブライアン・モラン
Brian Moran
マイアミ・マーリンズ #63
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ニューヨーク州ウエストチェスター郡ライ英語版
生年月日 (1988-09-30) 1988年9月30日(30歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 MLBドラフト7巡目
初出場 2019年9月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブライアン・ウィリアム・モランBrian William Moran, 1988年9月30日 - )は、アメリカ合衆国ニューヨーク州ウエストチェスター郡ライ英語版出身のプロ野球選手投手)。左投左打。MLBマイアミ・マーリンズ所属。

実弟は同じくメジャーリーガーのコリン・モラン。元メジャーリーガーのB.J.サーホフリック・サーホフ英語版は叔父にあたる。

経歴[編集]

プロ入りとマリナーズ傘下時代[編集]

2009年MLBドラフト7巡目(全体204位)でシアトル・マリナーズから指名され、プロ入り。契約後、傘下のアパラチアンリーグのルーキー級プラスキ・マリナーズでプロデビュー。6試合に登板して1勝0敗2セーブ、防御率3.72、14奪三振を記録した。7月にA級クリントン・ランバーキングス英語版へ昇格。12試合に登板して0勝3敗、防御率2.89、17奪三振を記録した。

2010年はまずA級クリントンで22試合に登板し、4勝1敗3セーブ、防御率1.34、48奪三振を記録した。7月にA+級ハイデザート・マーベリックスへ昇格。17試合に登板して2勝0敗1セーブ、防御率1.42、29奪三振を記録した。9月にAA級ウエストテン・ダイヤモンドジャックスへ昇格。2試合に登板して防御率13.50だった。

2011年はAA級ジャクソン・ジェネラルズ[1]でプレーし、45試合に登板して5勝3敗、防御率4.60、63奪三振を記録した。

2012年はまずAA級ジャクソンでプレーし、24試合に登板して1勝2敗、防御率1.14、29奪三振を記録した。6月にAAA級タコマ・レイニアーズへ昇格。23試合に登板して3勝3敗2セーブ、防御率3.89、53奪三振を記録した。

2013年はAAA級タコマでプレーし、48試合に登板して2勝5敗4セーブ、防御率3.45、85奪三振を記録した。

2013年12月に行われたルール・ファイブ・ドラフトトロント・ブルージェイズから指名されたが、すぐにロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した[2]

2014年3月29日に左肘の故障で、15日間の故障者リスト入りした[3]。4月8日にトミー・ジョン手術を受けることが発表され[4]、13日に60日間の故障者リストへ異動した[5]。この手術のため、同年は全休した。その後、ルール・ファイブ・ドラフトの規定に基づき、10月30日にマリナーズへ返却された。

2015年12月15日に再びルール・ファイブ・ドラフトで今度はクリーブランド・インディアンスから指名されたが、2016年3月31日に自由契約となった[6]

独立リーグ時代[編集]

2016年4月7日に独立リーグであるアトランティックリーグブリッジポート・ブルーフィッシュと契約した[7][8]

ブレーブス傘下時代[編集]

2016年8月10日、アトランタ・ブレーブスとマイナー契約を結び、傘下のAAA級グウィネット・ブレーブスへ配属された[6]

オリオールズ傘下時代[編集]

2016年12月8日、ウェイバー公示を経て、ボルチモア・オリオールズ傘下のAAA級ノーフォーク・タイズへ移籍した[6]

独立リーグ復帰[編集]

2017年4月11日に再び独立リーグのブリッジポート・ブルーフィッシュと契約した[9][8]

ドジャース傘下時代[編集]

2017年7月14日、ロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結び、翌15日にAA級タルサ・ドリラーズへ配属された。2018年7月14日に自由契約となった[6]

ロッキーズ傘下時代[編集]

2018年7月17日、コロラド・ロッキーズとマイナー契約を結び、翌18日にAA級ハートフォード・ヤードゴーツへ配属された。オフの11月2日にFAとなった[6]

マーリンズ時代[編集]

2018年12月3日にマイアミ・マーリンズとマイナー契約を結び、2019年スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[6]

2019年、開幕から傘下のAAA級ニューオーリンズ・ベビーケークスで43試合に登板して2勝3敗、防御率3.15の好成績を残すと、ロースター枠の広がった9月3日に昇格。5日のピッツバーグ・パイレーツ戦で初登板を迎え、実弟であるコリン・モランを見逃し三振に取るなど1イニングを無失点で切り抜けた。その後チームは逆転したため、メジャー初登板でメジャー初勝利を得た。また兄弟選手が投手対野手かつ、別のチームの選手として対戦したのはメジャー史上初の出来事だった[10]

詳細情報[編集]

背番号[編集]

  • 28(2016年)
  • 63(2019年 - )

脚注[編集]

  1. ^ 2011年より球団名変更
  2. ^ Alden Gonzalez (2013年12月12日). “Angels acquire Rule 5 pick Moran from Jays” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  3. ^ Alden Gonzalez (2014年3月30日). “In a rough cut, Shuck is sent to Minors” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  4. ^ Alden Gonzalez (2014年4月8日). “Moran, Burnett injuries have Halos short on lefties” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  5. ^ Earl Bloom (2014年4月13日). “Alvarez, Herrera added to roster; De La Rosa optioned” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  6. ^ a b c d e f MLB公式プロフィール参照。2019年9月6日閲覧。
  7. ^ Official Site of the Bridgeport Bluefish: News / Bluefish Bolster Pitching Staff” (英語). Bridgeport Bluefish (2016年4月7日). 2017年7月19日閲覧。
  8. ^ a b Baseball-Refernce (minor)参照。2017年7月19日閲覧。
  9. ^ Official Site of the Bridgeport Bluefish: News / Five More Bolster Bluefish Roster” (英語). Bridgeport Bluefish (2017年4月11日). 2017年7月19日閲覧。
  10. ^ Moran brothers face off in historic at-bat” (英語). MLB.com (2019年9月6日). 2019年9月6日閲覧。

関連項目[編集]