ブラジルのサッカー

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ブラジルのサッカーもしくはフチボウ (Futebol) は、ブラジルサッカー連盟によって統括されており、ブラジルで最も人気の高いスポーツである。男女の別なく盛んに行われている。又フットサルビーチサッカーも盛んである。ナショナルチームはワールドカップで5回優勝し、これは世界で最も多い優勝回数である。ジュール・リメ・トロフィーを唯一永久保持している国である。

歴史[編集]

ブラジルには1870年代から1880年代にかけて、イギリス人によってサッカーが伝えられた。先ずサッカーが伝えられたのはサンパウロリオデジャネイロ市といった交易都市であった。

20世紀になるとブラジル人によるサッカークラブが作られ始めた。

国内大会[編集]

ブラジルの国内大会は、全国リーグ州リーグ(州選手権)・ブラジルカップの3つの大会に大別でき、州リーグとその優勝チームによるブラジルカップはカップ戦(オープンカップ)と位置付けられている。

全国リーグ戦[編集]

リーグ構成、過去の優勝クラブは、カンピオナート・ブラジレイロの項を参照

ブラジルの全国リーグ「カンピオナート・ブラジレイロ」(日本語ではしばしば「ブラジル選手権」、または「ブラジル全国選手権」と言及される)は1971年の発足来、毎年大会の運営方法やチーム数がマイナーチェンジされてきたが一般的には、1次リーグは1回戦総当り、上位クラブによる決勝トーナメントは2回戦(ホーム・アンド・アウェー)方式という特異な方式で行われていた。

ところが2003年のシーズンから他の国と同じように完全ホーム・アンド・アウェー方式が実施されるようになった。2005年シーズンの場合は22クラブの2回総当りで順位を決定し、決勝トーナメントをしないで勝ち点の多いクラブが優勝。下位の2クラブが2部リーグに陥落するという仕組であった。クラブ数は2003年と2004年が24クラブだったが、2005年は22クラブ、2006年から20クラブに縮小した。クラブ数を除いて前年と同じ大会要領で開催されるのは2004年のシーズンが初めてのことだった。現在では上位の4クラブが原則、南米のクラブチャンピオンを決めるリベルタドーレス杯に出場する権利を得、下位の4クラブが2部に降格する仕組み。

1部リーグの拡大傾向[編集]

このカンピオナート・ブラジレイロは1980年代初期の頃、地方のクラブにも積極的に参加してもらうことをブラジルサッカー連盟が提案したため、実に80を超えるクラブが1部リーグに参加する拡大路線を進めた(この影響で1972年-1979年は2部リーグが休止された)。しかし、これにフラメンゴサンパウロFCをはじめとする多くの主力クラブが猛反発し、1979年のリーグ戦では一部のクラブが出場辞退、1987年には主力クラブ主催による16クラブのコッパ・ウニオン大会とそれ以外の地方クラブを中心としたブラジルサッカー連盟主催の16チームによる2つの1部リーグが乱立するという事態が起きてしまった。

その後両者が歩み寄りを進めて1988年度以後はクラブ数を減らして20クラブ前後による1リーグ制で開催するようになっていった。

現在の全国リーグ構成チーム数[編集]

州リーグ(州選手権)[編集]

州リーグ(州選手権, ポルトガル語: Campeonatos Estaduais)はブラジルで古くから行われている伝統ある大会で、特に強豪ひしめくサンパウロ州リオデジャネイロ州の州リーグ戦に人気が集まっている。中でもリオ州のフラメンゴフルミネンセ、サンパウロ州のサンパウロFCコリンチャンスの対戦は全国リーグも含めて「ナショナルダービー」と称される人気カードである。ブラジルには各27州全てに州リーグがあり、この点もブラジルが王国と言われるゆえんである。

日本の雑誌などでは州リーグと全国リーグ(ブラジル選手権)が直結しているように表現されることがあるが、全く別の大会であり、それぞれが別個対等の価値を持っている。

各州リーグ(各州選手権)の名称[編集]

上記の大会(ブラジルカップ予選を兼ねる)とは別に、周辺の州などをまたぐ地域カップ戦も存在する。こちらは現在は全国カップ戦への出場資格は付与されていないが、2000年-2002年にはこの地域カップ戦上位入賞チームによってもう一つの全国カップ戦である「コパ・ドス・カンピオンイス」という大会があり、上位入賞すればコパ・リベルタドーレスの出場権が与えられていた。

ブラジルカップ[編集]

州リーグの予選リーグ終了後「コッパ・ド・ブラジル」(日本ではしばしば「ブラジル杯」と言及される)という大会が行われている。これは州リーグ戦の前年度の上位クラブの32クラブがホーム・アンド・アウェートーナメント(2試合のスコアを基にして勝敗を決する)で優勝を争うが、強豪チームが南米クラブ選手権に出場し、本戦に出場しないためにリーグ戦ほど盛り上がらないのが現状のようだ。

このコッパ・ド・ブラジルは、1959年-1968年にもこれと同じように州リーグの優勝クラブが集結したタッサ・ブラジルと題されたトーナメントを行って優勝を決めていたが、当時は全国リーグ戦の組織がなかったため実質的にはこの大会で優勝したチームがブラジルナンバーワンクラブの称号を得ていた。その後全国リーグの発足で一旦消滅したが1989年から再開されている。

ナショナルチーム[編集]

ブラジルのナショナルチームは世界サッカーをリードする名門国で、FIFAワールドカップ1930年の第1回・サッカーのウルグアイ大会から2014年のブラジル大会まで全大会に出場し、5回の世界チャンピオンに君臨している。

オリンピックについては、プロ選手の出場が長らく禁止されていたため良い成績を上げておらず、プロ選手の出場が解禁された1984年のロサンゼルス五輪以降も金メダルには届いていなかった。南米の出場枠が2と、南米地域の実力に比して少ないこともあり、1992年のバルセロナ大会に次いで2004年アテネ大会も出場を逃している。また1996年のアトランタ大会では日本代表に伊東輝悦清水エスパルス)のゴールに拠る大金星を献上してしまった(マイアミの奇跡)。しかし、2016年のリオ大会でついに初の金メダルを獲得した。

女子代表も世界上位の実力を持っており、2017年現在FIFA女子ワールドカップで1回(2007年)、オリンピックで2回(2004年2008年)準優勝の座を得ている。ただしいずれも優勝は経験していない。FIFA女子ランキングは2008年9月に3位に上昇し、その後2位にもなっている(2009年3月・6月)。2017年11月現在は3位。

観客[編集]

国民的スポーツであるがゆえに、サッカーの試合では、熱狂的な観客が多く集まる。そのため、トラブルも多い。大きなサッカーの試合では、観客がを隠し持っていないかどうかの手荷物検査がある[1]。国際的な大会がブラジル国内で開かれる時は、特に問題となり、国際サッカー連盟も不安視することがある[2]。騒動が殺人に発展することもあり、2013年7月には、選手から抗議を受けた審判が、その選手を持っていたナイフで刺し殺し、それに怒ったサポーターが審判を縛り上げて殺害するという事件が発生している[3]

脚注[編集]

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関連項目[編集]