ブラチスラヴァ中央駅

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座標: 北緯48度09分30秒 東経17度06分25秒 / 北緯48.15833度 東経17.10694度 / 48.15833; 17.10694

ブラチスラヴァ中央駅
1988年増築の3代目駅舎
1988年増築の3代目駅舎
Bratislava hlavná stanica
所在地 スロバキアの旗 スロバキア ブラチスラヴァ
管理者 スロバキア国鉄
所属路線 ブラチスラヴァ - ブルジェツラフ線
ブラチスラヴァ - ジリナ線
ブラチスラヴァ - シトゥーロヴォ線
ブラチスラヴァ - コマールノ線
駅構造 地上駅
ホーム 5面9線
開業年月日 1848年
備考 Pressburger Hauptbahnhof (ドイツ語), Pozsony főpályaudvar (ハンガリー語) ※いずれもオーストリア=ハンガリー帝国時代の旧称
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ブラチスラヴァ中央駅スロバキア語: Bratislava hlavná stanica)はスロバキア首都ブラチスラヴァにある主要鉄道駅。国内列車のほか、ドイツチェコポーランドハンガリーオーストリアの周辺各国を結ぶ国際列車の発着駅である。

概要[編集]

駅構内。駅舎の線路側は1871年建設の2代目駅舎(2012年)
ブラチスラヴァ中央駅の位置
駅舎内部(2013年)。コンコースの壁画はフランチシェク・ガイドシュが1964年に描いたフレスコ画「社会主義叙事詩」
1848年に完成した初代駅舎(現・鉄道警察総局庁舎)

ブラチスラヴァ市旧市街区北辺の新市街区との境に位置し、シャンツォヴァー通りから北に延びる駅前広場(Predstaničné námestie)の突き当たりにある。現駅舎はブラチスラヴァ-ヘジェシャロム鉄道線乗り入れ開始後の1988年、2代目駅舎の正面にコンコースなどを増築したもので、「スクレニーク」(Skleník、温室)と呼ばれている。

ハンガリー中央鉄道(ハンガリー語:MKpV, Magyar Középponti Vaspálya Társaság)のウィーン-ブダペスト間路線の一部として1848年に開通したウィーン-ブラチスラヴァ間(のちマルヘック東部鉄道、現・ブラチスラヴァ-マルヘック鉄道線)の頭端式ターミナル駅として、シャンツォヴァー通りに開業した。

1850年にハンガリー中央鉄道が南東国有鉄道(ドイツ語:SöStB, k.k. Südöstliche Staatsbahn)として国有化されたあと、南東鉄道ヴァーツ-ブラチスラヴァ間(現・ブラチスラヴァ-ブダペスト鉄道線)が開通した1871年に、構内配線が通過式に変更されて北側の現在位置に2代目の駅舎が建設された。1883年にはヴァーグヴェルジ鉄道(ハンガリー語:VVV, Vágvölgyi vasút、旧ブラチスラヴァ-セレジュ市街間馬車鉄道、現・ブラチスラヴァ-ジリナ鉄道線)のブラチスラヴァ=ラチャ鉄道駅とブラチスラヴァ中央駅を結ぶ短絡線が開通し、3路線のターミナル駅となった。

当時のブラチスラヴァ中央駅の貨物ホームには、ワイン積み卸し施設「ヴィーノヴォド」(Vínovod)と、弾薬積み卸し施設「パトローンキ」(Patrónky)が設けられていた。「ワイン水道」を意味するヴィーノヴォドは、ブラチスラヴァ中央駅からワインセラーに敷設されたワイン用輸送管で、列車からワインを輸送管に流し込んで直接ワインセラーの樽にワインを注入することができた。パトローンキは当時ブラチスラヴァ市新市街区にあったノーベル社ダイナマイト工場で製造していた弾薬のカートリッジ(patróny)にちなんで名付けられた貨物用索道で、砲弾類をホームに直接運び込むことができた。のち旅客の増加によって貨物施設は郊外に移転し、旅客駅化した。

第二次世界大戦後のブラチスラヴァ市街地の発展に伴い、中心部に近い旧ブラチスラヴァ=ノヴェー・メスト鉄道駅1962年、ブラチスラヴァ=ニヴィ鉄道駅に改称。1985年廃止)をターミナル駅としていたブラチスラヴァ-コマールノ鉄道線とブラチスラヴァ-ヘジェシャロム鉄道線について、市街地を迂回するルートが計画された。1954年にブラチスラヴァ-コマールノ鉄道線ブラチスラヴァ墓地鉄道停留場(廃止)からブラチスラヴァ中央駅を結ぶ短絡線が開通。1985年にはドナウ川を渡るドゥクラ英雄橋(現・港橋、Prístavný most)の完成でブラチスラヴァ-ヘジェシャロム鉄道線の乗り入れも始まり、5路線のターミナル駅となった。

現状と今後[編集]

1848年開業時の初代駅舎は現在、内務省鉄道警察総局(Generálne riaditeľstvo Železničnej polície)庁舎に使用され、隣接する当時の駅構内は、機関区およびスロバキア国鉄が運営するブラチスラヴァ交通博物館(Múzeum dopravy Bratislava)に転用されている。

首都の玄関駅としては小規模で、民主化以降、オーストリア国境で遮断されていたパルンドルフ-ブラチスラヴァ支線キッツエー-ブラチスラヴァ=ペトルジャルカ間の復活(1998年)などで通過する貨物列車本数が急増し限界に達しているため、ブラチスラヴァ中央駅北方の丘陵地帯をトンネルで抜ける貨物列車用の迂回ルートが検討されている。

2012年5月から2013年6月にかけて、1967年に架設された構内架線吊下設備の全面的な更新工事が段階的に実施され、この間、中央駅発着列車の大規模な運行ダイヤ変更が行われた。さらに民間資本を導入して、現在の駅前広場通りにショッピングセンター、オフィスビル、ホテルを建設し、駅舎を19世紀当時の姿に復元する駅前広場再開発が計画されているが、欧州の景気後退の影響で着工時期は延期されており、2013年現在も具体化に至っていない。

2014年12月にはホームレスだった7人を制服着用のポーターとして駅が雇用し、利用客の手荷物を無料で運ぶサービスを開始した。

関連項目[編集]

脚注[編集]