ブルーノ・クアドロス

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ブルーノ・クアドロス Football pictogram.svg
名前
本名 ブルーノ・エベルトン・クアドロス
愛称 ブルーノ、青野さん
ラテン文字 BRUNO QUADROS
基本情報
国籍 ブラジルの旗 ブラジル
生年月日 1977年2月3日(33歳)
出身地 リオデジャネイロ
身長 184cm
体重 78kg
血液型 O型
選手情報
在籍チーム アルキ ラルナカFC
ポジション DF
背番号 2
利き足 右足
■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj

ブルーノ・クアドロスBruno Everton Quadros1977年2月3日-)は、ブラジル出身のサッカー選手ポジションディフェンダー(センターバック)。

目次

来歴

2005年セレッソ大阪に加入し、3バックのセンターとして守備陣に欠かせない存在となった。この年のJリーグ優秀選手賞にも選ばれている。 2006年は、9月に試合でオーバーヘッドをした際に骨折し、2ヶ月の間戦線離脱した。リーグ最終戦には出場したが、チームのJ2降格を食い止められなかった。シーズン終了後にセレッソを退団、2007年シーズンよりコンサドーレ札幌に加入した。札幌のJ2優勝・J1昇格に大きく貢献したが、シーズン終了後に資金面の問題と来季は純国産のDF陣でというチームの方針で来季構想外となり退団。2008年はCB陣の層の薄さに課題のあったFC東京からオファーを受け完全移籍した。しかし開幕直前に肩の負傷、シーズン中には足の筋肉系の負傷がたて続き、治りかけては再発を繰り返した。10月初旬には左足底部の筋損傷を完全に治療するためにブラジルに帰国となり、満足とは言えないシーズンとなった。その後は怪我が癒え2009年は不動のレギュラーに定着。ナビスコカップ決勝にも出場し、セレッソでは果たせなかったJ1タイトル獲得に貢献したが、12月2日に同年限りでの退団が発表された。

アラカルト

  • 日本語の習得に熱心に取り組み、日常会話程度なら通訳なしで話せるまでに上達した。
  • 札幌入団時に「42歳まで現役でプレーする」「13年分の荷物を持って札幌に来た」と語った。この発言は、2005年に来日した際の「日本で15年間プレーしたい」という決意によるものである。C大阪で2年を過ごし、残りの13年を札幌で過ごせば、そのとき彼は42歳になっているはずである。また、札幌に骨を埋める決意からか、移籍後まもなく生まれた子供のことを「道産子」と表現していた。だが結局わずか1年で退団となった。
  • 以前Jリーグでもプレーしたジルマールが代理人を務めている。
  • 父親がCFZジーコがブラジルで創立したプロクラブ)で広報をしていた。40歳を過ぎても現役を続けたジーコを尊敬している。
  • 自身の公式ホームページのトップに、新約聖書の一説を引用するほどの敬虔なキリスト教信者である。

所属クラブ

個人成績

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
1997 フラメンゴ 20 1
1998 フラメンゴ 12 1
ボタフォゴ 12 1
1999 フラメンゴ
トルコ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
1999-00 ガラタサライ シュペルリガ 9 0
ブラジル リーグ戦 ブラジル杯 オープン杯 期間通算
2000 フラメンゴ 1 0
2001 フラメンゴ
スポルチ 3 0
2002 サンカエターノ
グアラニ 18 1
2003 グアラニ 41 1
2004 クルゼイロ 14 0
日本 リーグ戦 ナビスコ杯 天皇杯 期間通算
2005 C大阪 2 J1 33 0 8 1 4 1 45 2
2006 C大阪 2 J1 23 0 7 0 1 0 31 0
2007 札幌 15 J2 43 1 - 0 0 43 1
2008 FC東京 4 J1 2 0 4 2 0 0 6 2
2009 FC東京 4 J1 23 0 8 0 3 1 34 1
キプロス リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
2010 アルキ ラルナカ 2 1st
通算 ブラジル
トルコ シュペルリガ 9 0
日本 J1 81 0 27 3 8 2 116 5
日本 J2 43 1 - 0 0 43 1
キプロス
総通算

代表歴

  • U-20 ブラジル代表
  • U-21 ブラジル代表

関連項目


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