ブレニー (潜水艦)

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艦歴
発注
起工 1943年7月8日
進水 1944年4月9日
就役 1944年7月27日
退役 1969年11月7日
その後 1989年6月7日に海没処分
除籍 1973年8月15日
性能諸元
排水量 1,526トン(水上)
2,424トン(水中)
全長 311 ft 9 in (95.0 m)
全幅 27 ft 3 in (8.3 m)
吃水 16 ft 10 in (5.1 m)
試験深度 400ft (120m)
機関 ゼネラルモーターズ
Model 16 V16ディーゼルエンジン 4基
ゼネラル・エレクトリック発電機2基
最大速 水上:20.25 ノット (37 km/h)
水中:8.75 ノット (16 km/h)
航続距離 11,000カイリ(10ノット時)
(19 km/h 時に 20,000 km)
乗員 士官6名、兵員60名
兵装 5インチ砲1基、40ミリ機関砲、20ミリ機銃、小口径機銃[1]
21インチ魚雷発射管10門

ブレニー (USS Blenny, SS/AGSS-324) は、アメリカ海軍潜水艦バラオ級潜水艦の一隻。艦名はギンポ亜目に属する魚の総称に因んで命名された。

マーブルド・ブレニー(Marbled blenny
ヤエヤマギンポ(Jewelled blenny

艦歴[編集]

ブレニーは1943年7月8日にコネチカット州グロトンエレクトリック・ボート社で起工した。1944年4月9日にフローレンス・キング(アーネスト・キング提督の娘)によって命名、進水し、1944年7月27日に艦長ウィリアム・H・ハザード少佐(アナポリス1935年組)の指揮下就役する。

哨戒[編集]

11月10日、ブレニーは最初の哨戒で南シナ海に向かった。12月14日朝、ブレニーは木造の海上トラックを砲撃で撃沈した[2]。夜に入り、北緯15度46分 東経119度45分 / 北緯15.767度 東経119.750度 / 15.767; 119.750ルソン島サンタクルーズ沖で第28号海防艦を撃沈。12月23日には、北緯16度50分 東経120度18分 / 北緯16.833度 東経120.300度 / 16.833; 120.300の北サンフェルナンド北方で乾瑞丸(乾汽船、4,156トン)に魚雷4本を命中させて、これを撃沈した。同船はタマ36船団に加わって第10師団その他をルソン島へ向けて輸送していたが、機関故障で船団から脱落し単独で航行していたものであった[3]。1945年1月13日、ブレニーは62日間の行動を終えてフリーマントルに帰投した[4]

2月5日[5]、ブレニーは2回目の哨戒で南シナ海に向かった。2月27日未明、ブレニーは北緯11度56分 東経109度18分 / 北緯11.933度 東経109.300度 / 11.933; 109.300インドシナ半島カムラン湾口付近で、南号作戦参加のヒ96船団を発見。1時35分ごろにタンカーあまと丸(石原汽船、10,238トン)に魚雷を命中させて撃沈した。その後しばらくは敵との接触はなかったが、3月20日夕刻、北緯11度18分 東経108度57分 / 北緯11.300度 東経108.950度 / 11.300; 108.950のインドシナ半島パラダン岬南西7キロ地点で、接岸航行を行っている南号作戦参加のヒ88i 船団を発見。ブレニーは複数回攻撃を仕掛け、山国丸日本海洋漁業、557トン)、宝泉丸(アルコール輸送、1,039トン)、第二十一南進丸(南方油槽船、834トン)の3隻を一気に撃沈した。3月27日、ブレニーは49日間の行動を終えてスービック湾に帰投した[6]

4月16日[7]、ブレニーは3回目の哨戒で南シナ海に向かった。5月15日にはプラタス島の通信施設に対して艦砲射撃を行った[8]。5月25日、ブレニーは南緯06度04分 東経107度27分 / 南緯6.067度 東経107.450度 / -6.067; 107.450の地点で特設駆潜艇海龍丸長崎県、81トン)を撃沈[9]。5月30日には南緯04度09分 東経114度16分 / 南緯4.150度 東経114.267度 / -4.150; 114.267の地点でHokoku Maru(不詳、520トン)[10]を撃沈した。6月9日、ブレニーは55日間の行動を終えてフリーマントルに帰投した[11]

7月5日[12]、ブレニーは4回目の哨戒でジャワ海に向かった。7月16日、ブレニーは南緯05度16分 東経110度17分 / 南緯5.267度 東経110.283度 / -5.267; 110.283の地点で特設砲艦南海拿捕船、元オランダ未成艦船、2,400トン)を撃沈した[13]。また、哨戒の全期間を通じてジャンクサンパンなどを片っ端から破壊し[14]、この哨戒における浮上砲戦の回数は63回を数えた[15]。8月14日、ブレニーは40日間の行動を終えてスービック湾に帰投した。

戦後[編集]

大戦終結後スービック湾を出航、9月5日にサンディエゴに到着したブレニーは、同年の残りを同海域で活動した。1946年から51年にかけてブレニーは、中国巡航(1946年8月 - 11月)、カナダへの士官候補生訓練巡航、アラスカ水域での2度の冬期巡航(1947年 - 48年、48年 - 49年)、ハワイ海域での艦隊演習、サンディエゴ海域での作戦活動を行う。ブレニーは1951年にGUPPY改修が行われ、同年の残りはサンディエゴ海域で活動した。1952年5月から11月まで極東を巡航し、韓国水域での朝鮮戦争の作戦支援のため35日間の哨戒を行った。1953年は西海岸沿いに活動した。1954年5月24日、ブレニーは大西洋艦隊に配属される。コネチカット州ニューロンドンを拠点として作戦活動に従事し、大西洋艦隊と共にNATOの対潜作戦演習に参加した。加えて潜水開発部隊と共に新型機材の実験を実施した。その後、ブレニーは1964年頃に AGSS-324 (実験潜水艦)に艦種変更された。1969年11月7日に退役し、予備役艦隊で保管された後、1973年8月15日に除籍され、艦体は長く保管された後に、1989年6月にメリーランド州オーシャンシティの海岸から約15マイルの海域に人工岩礁として沈められた。

ブレニーは第二次世界大戦の戦功で4個の、朝鮮戦争の戦功で1個の従軍星章を受章した。また、ブレニーは8隻の日本船、合計18,262トンを撃沈した。

脚注[編集]

  1. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.8,32
  2. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.77
  3. ^ 駒宮, 310ページ
  4. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.65
  5. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.124
  6. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.170
  7. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 1」p.234
  8. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 2」p.47
  9. ^ The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II。船舶データは林寛司・戦前船舶研究会「特設艦船原簿」「日本海軍徴用船舶原簿」による
  10. ^ 『日本商船隊戦時遭難史』には記載なし
  11. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 2」p.28
  12. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 2」p.75
  13. ^ The Official Chronology of the U.S. Navy in World War II、林寛司・戦前船舶研究会「特設艦船原簿」「日本海軍徴用船舶原簿」、正岡。Roscoe にはカウントされていない
  14. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 2」p.141,142,143,144,145
  15. ^ 「SS-324, USS BLENNY, Part 2」p.221

参考文献[編集]

  • SS-324, USS BLENNY, Part 1(issuuベータ版)
  • SS-324, USS BLENNY, Part 2(issuuベータ版)
  • Theodore Roscoe "United States Submarine Operetions in World War II" Naval Institute press、ISBN 0-87021-731-3
  • 財団法人海上労働協会編『復刻版 日本商船隊戦時遭難史』財団法人海上労働協会/成山堂書店、1962年/2007年、ISBN 978-4-425-30336-6
  • Clay Blair,Jr. "Silent Victory The U.S.Submarine War Against Japan" Lippincott、1975年、ISBN 0-397-00753-1
  • 海防艦顕彰会『海防艦戦記』海防艦顕彰会/原書房、1982年
  • 駒宮真七郎『戦時輸送船団史』出版協同社、1987年、ISBN 4-87970-047-9
  • 松井邦夫『日本・油槽船列伝』成山堂書店、1995年、ISBN 4-425-31271-6
  • 林寛司・戦前船舶研究会「特設艦船原簿」「日本海軍徴用船舶原簿」『戦前船舶 第104号』戦前船舶研究会、2004年
  • 正岡勝直編「小型艦艇正岡調査ノート5 戦利船舶、拿捕船関係」『戦前船舶資料集 第130号』戦前船舶研究会、2006年