プリンセス・ドウ

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プリンセス・ドウ
被害者の生前の想像図
被害者の生前の想像図
場所 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州 ウォーレン郡
ブレアーズタウン
日付 1982年7月15日(死体発見日時)
概要 墓地で身元不明の遺体が発見。未解決事件。
攻撃手段 撲殺
死亡者 1名(身元不明)
犯人 不明
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プリンセス・ドウ(Princess Doe)は、1982年7月、アメリカ合衆国ニュージャージー州ブレアーズタウン(Blairstown)で発見された殺人事件の被害者の通称である。事件の被害者である若い女性は、2017年現在でも身元不明のままであり、被疑者の検挙にも至っていない未解決事件である。

経緯[編集]

1982年7月15日早朝、ブレアーズタウンのシーダーリッジ墓地(Cedar Ridge Cemetery)隅にある小川の堤防で、若い白人女性の遺体が同地の墓掘り人によって発見された。

被害者の推定年齢は14歳から18歳、身長は5フィート2から4インチ(約158-163cm)、体重は100から110ポンド(約45-50kg)、頭髪は茶色で肩までの長さで、顔は判別が難しいほど激しく殴打されており、死後2~3日から1週間と推定された。遺体は赤色半袖のVネックプルオーバー、赤色地に白の水玉模様や孔雀の羽の模様などが入った巻きスカートなどを着用し、頭髪には14金製の十字架がついたチェーンネックレスが絡み付いており、また右手の爪にのみ赤いポリッシュが塗られていた。身体に手術痕やタトゥーなどはなく、下着と靴は身につけていなかったが、性的暴行が行われた形跡はなかった。しかし、被害者の手や腕には防御創と見られる傷痕があり、生前に犯人に対して激しく抵抗した事が推測された。

被害者の身元は捜査によっても判明しなかったため、「プリンセス・ドウ」と仮名で呼ばれるようになった。「ドウ(Doe)」という名前は、英語圏で架空の姓アラン・スミシーと同様)を意味し、身元不明の遺体が見つかった時などによく用いられるものである。

これまで何件かの同齢の白人少女の行方不明事件と照合が行われたものの、35年経過した2017年の時点でも被害者の身元、被疑者共に不明である。ウォーレン郡の検察当局では、本件の捜査を現在でも継続している。遺体は1983年1月に同じシーダーリッジ墓地内の発見現場近くに埋葬されたが、1999年DNA検査の検体を採取するために一度発掘され、その後同じ場所に再度葬られた。

2007年7月15日には、遺体発見から25年が経過したことをきっかけにプリンセス・ドウの追悼式が墓地で執り行われた。100人以上の市民だけでなく、数人の報道関係者もこの式に参加した[1]

プリンセス・ドウについてはHBOが番組内で特集を組み、ニューヨーク・タイムズを含む新聞などの活字媒体でも取り上げている。全米の行方不明者について取り扱うテレビ番組『America's Most Wanted』でも、事件について特集するなど、被害者の身元確認と事件解決に向けての試みが続けられている[2]

この未解決事件は、アメリカ国内における身元不明の犯罪被害者についての記録を国家的なレベルでデータベース化する誘因となった。プリンセス・ドウは、このような事件でFBIが記録した最初の例になった。

脚注[編集]

  1. ^ 25 years after her death, legend of 'Princess Doe' lives on PoconoRecord.com website2010年9月5日閲覧(英語)
  2. ^ America's Most Wanted2010年9月5日閲覧(英語)