プレシャスカフェ

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プレシャスカフェ
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1999年3月29日
死没 (存命)
抹消日 2007年1月12日
ハートレイク
エアインセンス
母の父 サンデーサイレンス
生国 日本の旗 日本北海道千歳市
生産 社台ファーム
馬主 西川清西川光一
調教師 小島太美浦北
競走成績
生涯成績 24戦8勝
獲得賞金 2億1214万7000円
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プレシャスカフェ日本競走馬種牡馬。競走馬時代のおもな勝ち鞍はCBC賞シルクロードステークス。早世した種牡馬ハートレイク唯一の重賞優勝産駒である。

経歴[編集]

2002年2月に3歳でデビューを迎え、初戦で初勝利。続く条件戦を2着としたが、その後右前脚を骨折して長期休養を余儀なくされた。秋に復帰すると緒戦を勝利し2勝目を挙げる。しかし年明け初戦で3勝目を挙げた後に脚部不安を生じ、再び休養生活に入る。約1年後に復帰しすぐに復帰勝利を挙げると、1戦を挿んで春に出走した条件戦で5勝目を挙げ、そこから格上挑戦で出走したオープン戦を優勝しオープンクラスに定着。年末のCBC賞でメイショウボーラーアドマイヤマックスといった強豪を破り重賞を初制覇すると、年をまたいでのシルクロードステークスも1番人気に応えて連勝し、重賞2連勝を含む4連勝でGI・高松宮記念に向かった。

当日は単勝1.9倍の圧倒的1番人気に推されたが、スタートで出遅れ、勝ったアドマイヤマックスから約2馬身半離れた3着に敗れた。挽回を期した次走は14着と大敗し、以後は燃え尽きたような凡走を続け11戦して入着(5着以内)なしという成績のまま、8歳初戦に出走したガーネットステークス15着を最後に競走馬を引退した。その後は種牡馬となり、初年度に16頭の種付けを行ったが、産駒誕生前に種牡馬登録を抹消され乗馬に転用されている。

主な産駒[編集]

血統表[編集]

プレシャスカフェ血統ヌレイエフ系 / Northern Dancer3×5=15.63%、Almahmoud5×5=6.25%、Princequillo5×5=6.25%) (血統表の出典)

*ハートレイク
Heart Lake 1991
栗毛 イギリス
Nureyev 1977
鹿毛 アメリカ
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Special Forli
Thong
My Darling One 1981
栗毛 アメリカ
Exclusive Native Raise a Native
Exclusive
Princess Marshua Prince John
Marshua

エアインセンス 1995
黒鹿毛 日本
*サンデーサイレンス
Sunday Silence 1986
青鹿毛 アメリカ
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
ブラウンアイボリー 1985
黒鹿毛 日本
*ターゴワイス
Targowice
Round Table
Matriarch
シャダイアイバー *ノーザンテースト
*サワーオレンジ F-No.8-g
父系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

父ハートレイクはUAE調教馬ながら1995年の安田記念を武豊騎乗で優勝し、日本の競馬ファンにも馴染みが深い。曾祖母シャダイアイバーは1982年の優駿牝馬(オークス)優勝馬。同馬から伸びた牝系出身馬にマイルGIを2勝したエアジハード青葉賞ステイヤーズステークスを勝ったペインテドブラックがいる。