ホセ・ルイス・メンディリバル

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はメンディリバル第二姓(母方の)はエチェバリアです。
ホセ・ルイス・メンディリバル Football pictogram.svg
Jose Luis Mendilibar.jpg
名前
本名 ホセ・ルイス・メンディリバル・エチェベリア
José Luis Mendilibar Etxebarria
ラテン文字 José Luis Mendilibar
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1961-03-14) 1961年3月14日(57歳)
出身地 サルディバル
身長 172cm
選手情報
ポジション MF
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1979-1982 スペインの旗 ビルバオ・アスレティック 105 (19)
1982-1985 スペインの旗 ログロニェス
1985-1993 スペインの旗 セスタオ 275 (34)
1993-1994 スペインの旗 レモーナ 28 (4)
監督歴
1994-1996 スペインの旗 アラーティア
1996-1997 スペインの旗 アスレティック・ビルバオ (ユース)
1997-1999 スペインの旗 バスコニア
1999-2000 スペインの旗 ビルバオ・アスレティック
2000-2001 スペインの旗 バスコニア
2001-2002 スペインの旗 アウレーラ
2002-2004 スペインの旗 ランサローテ
2004-2005 スペインの旗 エイバル
2005 スペインの旗 アスレティック・ビルバオ
2006-2010 スペインの旗 バジャドリード
2011-2013 スペインの旗 オサスナ
2014 スペインの旗 レバンテ
2015- スペインの旗 エイバル
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ホセ・ルイス・メンディリバルJosé Luis Mendilibar Etxebarria, 1961年3月14日 - )は、スペインビスカヤ県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。リーガ・エスパニョーラSDエイバル監督。

経歴[編集]

サッカー選手としての実績は平凡で、プリメーラ・ディビシオンの試合への出場経験はない。1994年に現役引退すると、1996年にはアスレティック・ビルバオのユースチームの監督に就任した。その後はUDランサローテやSDエイバルのトップチームの監督を歴任した。SDエイバルでは、クラブ史上最高位となるセグンダ・ディビシオン4位に導いた。2005年にはアスレティック・ビルバオの監督に就任した[1]が、クラブ史上最悪ともいえる成績不振により、第10節終了後に解任された。2006年レアル・バリャドリードの監督に就任。2006-07シーズンのセグンダ・ディビシオンで優勝し、4シーズンぶりのプリメーラ・ディビシオン昇格を果たした。2007-08シーズンは15位だったが、徹底したサイド攻撃を基調とした攻撃的サッカーで強い印象を残した。しかし2009-10シーズンは開幕から20試合を指揮して18位と低迷し、2010年2月1日に解任された[2]。結局、チームは19位で降格した。

2011年2月14日ホセ・アントニオ・カマーチョの後任としてCAオサスナの監督に就任した。就任当初は降格圏内の18位と低迷していたが、着実に白星を重ねて最終節のビジャレアルCF戦に勝って9位に滑り込み、残留を果たした。

エピソード[編集]

  • 集中して練習させるため、シュートをミスした選手に宙返りをさせることで知られる。このことについてウナイ・エスポーシト英語版は「多分、彼のことを知らない人は、最初は変な人だと思うんじゃないかな」と表現した[3]

所属クラブ[編集]

指導者経歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ uefa.com (2005年6月21日). “メンディリバル監督がビルバオへ”. 2009年7月13日閲覧。
  2. ^ Goal.com(2010.2.2)バジャドリーがメンディリバルを解任
  3. ^ livedoorスポーツ (2005年7月27日). “アスレティックの選手たちがメンディリバル監督の秘密を語る”. 2009年7月13日閲覧。