ホセ・レイエス

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ホセ・レイエス
Jose Reyes
José Reyes before 2016 NL Wild Card Game.jpg
メッツ時代(2016年10月)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国[1]
二重国籍
出身地 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
サンティアゴ州ビラ・ゴンザレス英語版
生年月日 (1983-06-11) 1983年6月11日(37歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手三塁手
プロ入り 1999年 アマチュアFA
初出場 2003年6月10日
最終出場 2018年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
WBC 2006年2009年2013年2017年
獲得メダル
男子 野球
ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
ワールド・ベースボール・クラシック
2013 野球

ホセ・ベルナベ・レイエスJosé Bernabé Reyes, 1983年6月11日 - )は、ドミニカ共和国サンティアゴ州ビラ・ゴンザレス英語版出身の元プロ野球選手内野手)。右投両打。愛称はラ・メラーサLa Melaza[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

レイエスは1983年6月11日、ドミニカ共和国のサンティアゴ州ビラ・ゴンザレスで生まれた。10歳のころ野球を始めたが、家が貧しかったためグラブには牛乳パックボールには柑橘類を使っていた[3]。このときからポジションは遊撃手だった。

ロベルト・アロマーに憧れ野球に打ち込んでいた[3]レイエスだったが、進学したリセオイ・デリア・レイエス高等学校には野球部がなかったため別のチームでプレイしていた[4]

メッツ時代[編集]

1999年8月16日にニューヨーク・メッツと契約してプロ入り。

2000年は傘下のアパラチアンリーグのルーキー級キングスポート・メッツ英語版でプロデビュー。直後に右打者から両打ち(スイッチヒッター)へ転向した。この年は49試合に出場して打率.250、8打点、10盗塁を記録した。

2001年はA級キャピタルシティ・ボンバーズでプレーし、108試合に出場して打率.307、5本塁打、48打点、30盗塁を記録した。

2002年はA+級セントルーシー・メッツとAA級ビンガムトン・メッツでプレー。オールスター・フューチャーズゲームに選出され、MVPを獲得した。AA級ビンガムトンでは65試合に出場して打率.287、2本塁打、24打点、17盗塁を記録した。オフにUSAトゥデイUSAトゥデイ・マイナーリーグ年間最優秀選手賞に選出されている。

2003年はAAA級ノーフォーク・タイズで開幕を迎えた。AAA級ノーフォークでは盗塁数1位を記録し、6月10日にメッツとメジャー契約を結んだ[5]。同日のテキサス・レンジャーズ戦でメジャーデビュー。この日は20歳の誕生日の前日だったため、メッツでは1984年ドワイト・グッデン以来19年ぶり9人目の「10代でメジャーデビュー」となった。8月31日に左足首を捻挫し、9月5日に15日間の故障者リスト入りした。9月12日に60日間の故障者リストへ異動し[6]、そのままシーズンを終えた。この年は69試合に出場して打率.307、5本塁打、32打点、13盗塁を記録した。

2004年は前年オフに西武ライオンズから松井稼頭央が加入したため、レイエスは二塁手へ転向。地元ニューヨークではレイエスの二塁コンバートに反対する声が根強かった[7]。それでもレイエス本人は「チームはメジャー最高の二遊間を作ろうとしている。僕にはそれがよく分かったんだ」といい、日本でのプレー経験があるホセ・パーラから「リトル・マツイは素晴らしい選手だよ」と聞いたこともあって、二塁への転向を二つ返事で承諾した[7]。3月4日にメッツと1年契約に合意。開幕直前の4月3日にハムストリングの故障で15日間の故障者リスト入りし、6月9日に60日間の故障者リストへ異動の後、19日に復帰した。復帰後は44試合に出場していたが、8月13日に左腓骨の疲労骨折で15日間の故障者リスト入りした。9月24日に復帰。この年は53試合の出場にとどまり、2本塁打14打点19盗塁、打率.255だった。同年は二塁手として43試合に出場した他、遊撃手としても10試合に出場したが、守備率.957とリーグ平均の.973を下回った[8]。翌年以降は遊撃手に復帰した。2014年終了時点で遊撃以外のポジションを守ったのはこの年のみである[8]

2005年3月2日にメッツと1年契約に合意[9]。同年は遊撃手、代打として161試合に出場し[10]、打率.273ながらいずれもリーグ最多となる60盗塁・17三塁打を記録。

2006年は開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ドミニカ共和国代表に選出された[11]。3月2日にメッツと1年契約に合意[12]

シーズンではスプリングトレーニングではリッキー・ヘンダーソンから指導を受けた。これまではボール球でも構わず振り、自分の好きなタイミングで盗塁のスタートを切っていたレイエスに対し、ヘンダーソンは「2ストライク後の投球へのアプローチへの仕方」と「投手の癖を見抜いてスタートを切ること」をアドバイスした[13]。前半戦86試合で8本塁打41打点39盗塁、打率.300と成績を残し、オールスターにも初選出されたが、7月7日のフロリダ・マーリンズ戦で左手小指を7針縫う怪我をしたため辞退[14]。7月18日に復帰した。8月3日にメッツと総額2325万ドルの4年契約[15](2011年・1100万ドルの球団オプション付き[16])を結んだ[17][18]。この年は153試合に出場し、打率.300・19本塁打・81打点と打撃3部門全てにおいて自己最高を記録。四球53と前年より倍近く増やし、課題だった出塁率も.354と向上した。さらに2年連続で60盗塁を超え(64盗塁)盗塁王を獲得、三塁打も2年連続17本でリーグ1位となった。

2007年はシーズン前にMVP候補に挙げられた[19]。高い期待に応えるように、レイエスはオールスターまでに46盗塁・出塁率.387を記録していた。しかし後半戦に入ると成績は急降下。チームも地区2位のフィラデルフィア・フィリーズに残り17試合で7ゲーム差をつけて首位にいたのに、最終戦で順位を逆転されてポストシーズン進出を逃した。シーズン78盗塁で3年連続の盗塁王を獲得したにもかかわらず、メッツ転落の「最大の戦犯」として名前が挙げられた[20]。レイエスが後半戦に不振に陥った理由として、2006年春にはレイエスを成長させたヘンダーソンの存在が指摘されている。オールスター後にメッツのコーチに就任したヘンダーソンだが、試合前にトランプをする姿が若いレイエスに悪影響を与えたとみられ、実際にヘンダーソンがコーチ就任して以降のレイエスの打率は.247と低迷している[20]。そのほか、シーズンを通して多く盗塁したことで9月に疲労が押し寄せたことが不振につながった、という指摘もある[21]

2008年は4年連続での盗塁王を逃したが、シーズントータルで56盗塁を記録し、9月10日にはムーキー・ウィルソンの通算盗塁球団記録281を更新[22]。19三塁打と自己最高の数字を記録。前年より打率・出塁率が上昇し、リーグ最多の204安打を記録。しかし、9月の月間打率.243・出塁率.314は「レイエスの出塁が鍵」と言われるチームにとっては十分な成績とは言えず、2年連続で惨敗の戦犯の一人となった[23]

2009年は開幕前の3月に開催された第2回WBCドミニカ共和国代表に選出され[24]、2大会連続2度目の選出を果たした。シーズンでは、故障の影響で、5年ぶりに出場試合数が150を下回った。また、出場試合数が減少した影響で、打数・得点・安打・二塁打・三塁打・本塁打・盗塁などの各部門で自己最小の数字に終わった。それでも、盗塁数は11盗塁であり、メジャーデビュー以来7年連続で二桁盗塁を記録した。

2010年5月25日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でジェイミー・モイヤーからメジャー通算1000本安打を達成。オールスターに選出されたが故障のため辞退した。オフの11月3日にメッツが1100万ドルの球団オプションを行使した[25]

2011年6月28日にメジャー通算1000試合出場を達成。この試合で通算360個目の盗塁を記録したが、これはこの時点でメジャー歴代100位に入った盗塁であった。この年もオールスターにファン投票で選出されたが、再び故障のため出場できなかった。このシーズン、打率.337を記録し、ミルウォーキー・ブルワーズライアン・ブラウンを抑えてナ・リーグ首位打者となった。これはメッツ創設以来50シーズン目にして球団史上初の首位打者であった。また、このシーズンにおいてレイエスは126試合にしか出場しておらず、2002年のマニー・ラミレス(当時ボストン・レッドソックス)が120試合出場で首位打者となって以後、最少出場試合数の首位打者であった。オフの10月30日にFAとなった。

マーリンズ時代[編集]

2011年12月5日にマイアミ・マーリンズと総額1億600万ドルの6年契約[26](2018年・2200万ドルの球団オプション付き[27])を結んだ[28][29]

2012年は160試合に出場して打率.287、11本塁打、57打点、40盗塁を記録した。

ブルージェイズ時代[編集]

2012年11月19日にユネル・エスコバーアデイニー・エチェバリアヘンダーソン・アルバレスジェフ・マシスジャスティン・ニコリーノアンソニー・デスクラファニージェイク・マリスニックとのトレードで、ジョシュ・ジョンソンマーク・バーリージョン・バックエミリオ・ボニファシオと共にトロント・ブルージェイズへ移籍した[30]

2013年は開幕前の3月に開催された第3回WBCドミニカ共和国代表に選出され[31]、3大会連続3度目の選出を果たした。同大会では、チームの初優勝に貢献。自身も遊撃手部門でベストナインを獲得した[32]。シーズン序盤の4月12日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦で二を試みスライディングをした際に左足首を負傷、故障者リスト入りとなった[33](4月23日には40人枠からも外された)。これに伴い、レイエスの代役として川﨑宗則がメジャーに昇格した。その後リハビリを経て6月23日に故障者リストから外れた[34]。この年は故障の影響もあって93試合の出場にとどまり、打率.296、10本塁打、37打点、15盗塁だった。

2014年は遊撃手のレギュラーとして143試合に出場。いずれも2年ぶりとなる140試合以上の出場と規定打席到達、50打点以上、30盗塁以上を記録した。盗塁成功率93.8%は30盗塁以上を記録した選手の中では両リーグで1位だった。

ロッキーズ時代[編集]

2015年7月28日にトロイ・トゥロウィツキーラトロイ・ホーキンスとのトレードで、ミゲル・カストロジェフ・ホフマンヘスス・ティノコ英語版と共にコロラド・ロッキーズへ移籍した[35]

2016年2月23日にMLBはレイエスに対して、2015年10月にハワイでドメスティックバイオレンスの容疑で拘束・起訴された件について、その裁判が終結するまでの間野球活動を停止するように命じた[36]。6月15日にDFAとなり[37]、10日以内の措置として23日に自由契約となった。

メッツ復帰[編集]

2016年6月25日に古巣のメッツとマイナー契約を結んだ[38]。A-級ブルックリン・サイクロンズとAA級ビンガムトンでの調整を経て、7月5日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[39]。復帰後は主に三塁手のレギュラーで起用され、60試合に出場して打率.267、8本塁打、24打点、9盗塁を記録した。

2017年は開幕前の2月8日に第4回WBCドミニカ共和国代表に選出され、4大会連続4度目の選出を果たした[40]。シーズンでは5月21日のロサンゼルス・エンゼルス戦でアレックス・メイヤーから通算2000本安打を記録した[41]。7月24日のパドレス戦で史上39人目の通算500盗塁を達成した[42]。オフの11月2日にFAとなった[43]が、2018年1月26日に1年200万ドルでメッツと再契約した[44]

2018年4月4日に妻とアメリカ合衆国に帰化している[1]。シーズンでは110試合に出場して打率.189、4本塁打、16打点、5盗塁を記録した。オフの10月29日にFAとなった[45]

メッツ退団後[編集]

現役時代から細々とデンボー歌手として活動し、レコード会社も持っていた。 FAになって以降、歌手として本格的に活動しており、2018年11月12日に『Vivimo Caro』をリリース。レイエスを崇拝するニューヨーク・メッツアーメッド・ロザリオや親交のあるニューヨーク・ヤンキースエドウィン・エンカーナシオンが翌年自身の登場曲として使用した。 2019年3月22日にLirico En La Casa とともに『5 Mujeres』をリリース。ロナルド・アクーニャ・ジュニアが自身の登場曲として使用した。

2020年7月29日に現役引退を表明した[46]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2003 NYM 69 292 274 47 84 12 4 5 119 32 13 3 2 3 13 0 0 36 1 .307 .334 .434 .768
2004 53 229 220 33 56 16 2 2 82 14 19 2 4 0 5 0 0 31 1 .255 .271 .373 .644
2005 161 733 696 99 190 24 17 7 269 58 60 15 4 4 27 0 2 78 7 .273 .300 .386 .686
2006 153 703 647 122 194 30 17 19 315 81 64 17 2 0 53 6 1 81 6 .300 .354 .487 .841
2007 160 765 681 119 191 36 12 12 287 57 78 21 5 1 77 13 1 78 6 .280 .354 .421 .775
2008 159 763 688 113 204 37 19 16 327 68 56 15 5 3 66 8 1 82 9 .297 .358 .475 .833
2009 36 166 147 18 41 7 2 2 58 15 11 2 0 1 18 1 0 19 2 .279 .355 .395 .750
2010 133 603 563 83 159 29 10 11 241 54 30 10 4 3 31 4 2 63 8 .282 .321 .428 .749
2011 126 586 537 101 181 31 16 7 265 44 39 7 2 4 43 9 0 41 5 .337 .384 .493 .877
2012 MIA 160 716 642 86 184 37 12 11 278 57 40 11 5 6 63 9 0 56 10 .287 .347 .433 .780
2013 TOR 93 419 382 58 113 20 0 10 163 37 15 6 0 2 34 2 1 47 6 .296 .353 .427 .780
2014 143 655 610 94 175 33 4 9 243 51 30 2 2 4 38 1 1 73 4 .287 .328 .398 .726
2015 69 311 288 36 82 17 0 4 111 34 16 2 4 2 17 0 0 38 3 .285 .322 .385 .708
COL 47 208 193 21 50 8 2 3 71 19 8 4 5 1 9 0 0 24 3 .259 .291 .368 .659
'15計 116 559 481 57 132 33 4 9 182 53 24 6 9 3 26 0 0 62 6 .274 .310 .385 .688
2016 NYM 60 279 255 45 68 13 4 8 113 24 9 2 0 1 23 1 0 49 3 .267 .326 .443 .769
2017 145 561 501 75 123 25 7 15 207 58 24 6 5 3 50 1 2 79 3 .246 .315 .413 .728
2018 110 251 228 30 43 12 3 4 73 16 5 2 1 0 22 1 0 39 5 .189 .260 .320 .580
MLB:16年 1877 8240 7552 1180 2138 387 131 145 3222 719 517 127 50 38 589 56 11 914 82 .283 .334 .427 .761
  • 各年度の太字はリーグ最高

獲得タイトル[編集]

MLB

表彰[編集]

MiLB
MLB
ドミニカ共和国代表

記録[編集]

MiLB
MLB

背番号[編集]

  • 7(2003年 - 2018年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b Kernan, Kevin (2018年4月4日). “Jose Reyes and his wife thrilled to now be US citizens”. New York Post. https://nypost.com/2018/04/04/jose-reyes-and-his-wife-thrilled-to-now-be-us-citizens/ 2018年9月30日閲覧。 
  2. ^ Explaining Mets Players Weekend nicknames MLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年9月28日閲覧
  3. ^ a b 福島良一 「FACE IN THE CROWD」『週刊ベースボール』2003年12月29日号、ベースボール・マガジン社、2003年、雑誌20445-12/29、85頁。
  4. ^ "Biography and Career Highlights," The Official Site of The New York Mets. 2007年7月28日閲覧。
  5. ^ Mets disable Sanchez/purchase Reyes' contract”. MLB.com Mets Press Release (2003年6月10日). 2014年12月21日閲覧。
  6. ^ Mets purchase contracts of Matt Watson, Mike Glavine”. MLB.com Mets Press Release (2003年9月12日). 2014年12月21日閲覧。
  7. ^ a b 水次祥子 「ホゼ・レイエス[メッツ・二塁手]KAZとの2年目の再出発。」『月刊メジャー・リーグ』2004年6月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-6、14-15 頁。
  8. ^ a b Jose Reyes Statistics and History”. Baseball-Reference.com. 2015年3月1日閲覧。
  9. ^ Mets agree to terms with 21 players”. MLB.com Mets Press Release (2005年3月2日). 2014年12月21日閲覧。
  10. ^ Jose Reyes 2005 Batting Gamelogs”. Baseball-Reference.com. 2015年3月1日閲覧。
  11. ^ 2006 Tournament Roster Archived 2015年2月19日, at Archive.is The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  12. ^ Marty Noble (2006年3月2日). “Notes: Wright, Mets agree to disagree”. MLB.com. 2014年12月21日閲覧。
  13. ^ 澤田敏典 「MLB30チーム最新レポート&全選手個人成績 ニューヨーク・メッツ/NYM 世界の盗塁王リッキーの教え」 『月刊スラッガー』2006年7月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-7、80頁。
  14. ^ 友成那智、村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』廣済堂出版、2007年、251頁。ISBN 978-4-331-51213-5。
  15. ^ 2007年は250万ドル、2008年は400万ドル、2009年は575万ドル、2010年は900万ドルで、契約金は150万ドル。
  16. ^ 違約金は50万ドル。
  17. ^ Mets sign infielder Jose Reyes to a four-year contract with a club option for 2011”. MLB.com Mets Press Release (2006年8月3日). 2014年12月21日閲覧。
  18. ^ Mets lock up Reyes with four-year, $23.25 million deal”. ESPN MLB (2006年8月3日). 2014年12月21日閲覧。
  19. ^ 杉浦大介 「MLB30球団最新レポート&全選手個人成績 ニューヨーク・メッツ/NYM リッキーの後継者はレイエスで決まり」『月刊スラッガー』2007年7月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-7、82頁。
  20. ^ a b 杉浦大介 「ニューヨーク・メッツ 失われた10月」 『月刊スラッガー』2008年1月号、日本スポーツ企画出版社、2007年、雑誌15509-1、49-51頁。
  21. ^ 岡田弘太郎 「メッツ、歴史的敗退の危機(2/2)失速の原因はブルペンとリードオフマンの不振」『スポーツナビ』、2007年9月27日。2008年1月17日閲覧。
  22. ^ Noble, Marty (2008年9月10日). “Reyes runs past Mookie on club list Shortstop's stolen base in third gives him Mets' all-time record” (英語). MLB.com. 2008年12月12日閲覧。
  23. ^ 杉浦大介 「MLB30球団最新レポート&全選手シーズン最終成績 ニューヨーク・メッツ/NYM 色褪せてしまった初のシーズン200安打」 木村愛訳、『スラッガー』2008年12月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌 15509-12、67頁
  24. ^ 2009 Tournament Roster Archived 2015年2月19日, at Archive.is The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  25. ^ Mets exercise Jose Reyes' contract for 2011”. MLB.com Mets Press Release (2010年11月3日). 2014年12月21日閲覧。
  26. ^ 2012年と2013年はそれぞれ1000万ドル、2014年は1600万ドル、2015年から2017年まではそれぞれ2200万ドル。
  27. ^ 違約金は400万ドル。
  28. ^ Marlins Sign Free-Agent Shortstop Jose Reyes”. MLB.com Marlins Press Release (2011年12月7日). 2014年12月21日閲覧。
  29. ^ Marlins introduce Jose Reyes”. ESPN MLB (2011年12月8日). 2014年12月21日閲覧。
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  31. ^ 2013 Tournament Roster Archived 2015年2月19日, at Archive.is The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  32. ^ 井端、マエケンがWBC優秀選手選出 ドミニカ共和国から最多5人”. スポニチアネックス (2013年3月21日). 2013年3月21日閲覧。
  33. ^ Blue Jays: Jose Reyes won’t need surgery on sprained left ankle” (英語). thestar.com (2013年4月16日). 2013年4月18日閲覧。
  34. ^ Gregor Chisholm (2013年6月26日). “Reyes activated, excited to be back with Blue Jays/ Reyes activated, excited to be back with Blue Jays”. MLB.com. 2014年10月22日閲覧。
  35. ^ Chris Towers (2015年7月28日). “Fantasy analysis: Breaking down the Troy Tulowitzki, Jose Reyes trade” (英語). CBSSports.com. http://www.cbssports.com/mlb/fantasy-baseball-today/25252130/all-star-shortstops-find-new-homes-in-trade 2015年7月29日閲覧。 
  36. ^ “大リーグ機構、DV容疑のレイエスに活動停止命令 法的問題解決まで”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年2月24日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/02/24/kiji/K20160224012098100.html 
  37. ^ “Colorado Rockies designate Jose Reyes for assignment”. ESPN.com. (2016年6月15日). http://espn.go.com/mlb/story/_/id/16229497/colorado-rockies-designate-jose-reyes-assignment 2016年7月6日閲覧。 
  38. ^ Jose Reyes returns to Mets, signs minor league contract”. ESPN.com (2016年6月25日). 2016年7月6日閲覧。
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  44. ^ Anthony DiComo (2018年1月26日). “Reyes, Mets agree on one-year deal” (英語). MLB.com. 2018年1月27日閲覧。
  45. ^ MLB公式プロフィール参照。2019年3月15日閲覧。
  46. ^ 球宴4回のレイエスが引退表明、通算517盗塁”. 日刊スポーツ (2020年7月30日). 2020年7月30日閲覧。

関連項目[編集]