ホークスター

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ホークスター
欧字表記 Hawkster
品種 サラブレッド
性別
毛色 鹿毛
生誕 1986年
死没 2003年
シルヴァーホーク
ストレイトレイン
生国 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生産 Robert C. Sims
馬主 J. Shelton Meredith
調教師 Ronald McAnally
競走成績
生涯成績 22戦6勝
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ホークスター (Hawkster) とは、アメリカ合衆国生産の競走馬である。アメリカ、日本種牡馬となった。元・芝12ハロン(約2414メートル)の世界レコードタイム保持者で、タイムは2分22秒8であった。

経歴[編集]

サンデーサイレンスと対決[編集]

2歳時にノーフォークステークスを勝ちG1タイトルを手にする。ハリウッドフューチュリティでは、のちに日本に種牡馬として輸入されるキンググローリアスの3着に敗れる。

3歳時には1989年のアメリカクラシック三冠に挑む。

ケンタッキーダービーの前哨戦サンタアニタダービーでは、後の日本のリーディングサイアーサンデーサイレンスがいた。同馬は前走サンフェリペハンデキャップ重賞に初勝利し、サンタアニタダービーに駒を進めてきた。この時点ではノーフォークステークスを勝ったホークスターの方が格が上だったが、レースでは力の差は歴然で、勝ったサンデーサイレンスに12馬身離された4着と完敗している。

アメリカクラシック三冠競走出走[編集]

第1戦ケンタッキーダービーは最強のライバル達が待ち構えていた。サンタアニタダービーで完敗したサンデーサイレンスと、セクレタリアトの再来と言われたイージーゴアである。ホークスターはスタートすると最後方15番手に付け、最後の直線を強烈な末脚で追い込むも、5着が精一杯であった。勝者は好位に付け馬場の真ん中の抜けてきた、サンデーサイレンスであった。

第2戦プリークネスステークスでも後方につけ、先頭から最大で15馬身ほどの最後方でレースを進めていたホークスターは、最終コーナーで加速すると直線でも一気に加速し、5着に入る。しかし、勝ったサンデーサイレンス達から10馬身以上離されての完敗であった。

クラシック競走最終戦の第3戦ベルモントステークスでは、サンデーサイレンスが三冠馬となるか、ライバル・イージーゴアが一矢を報いるかが話題となっていた。前走、前々走と5着に入ったホークスター陣営も上位を狙っていたが、上位3頭に遥か遅れて5着となる。勝ったイージーゴアからは20馬身以上離されていた。

サンデーサイレンスがケンタッキーダービーとプリークネスステークスの2冠を取り、イージーゴアが一矢を報いベルモントステークスを勝ち最後の1冠をものにした伝説的なクラシックレースにおいて、ホークスターは3競走とも5着と、2頭の前にまったく注目されない存在であった。

世界記録を樹立[編集]

この後セクレタリアトステークスを2番手から抜け出し勝利すると、次の1戦で世界に名を轟かすことになる。オークツリー招待ハンデキャップで、世界レコードタイムを樹立するのである。

ホークスターはこの競走で、当時の芝12ハロンの世界レコード2分22秒8というタイムをたたき出した。レースでは1マイル通過が1分33秒8というハイペースな逃げを打ち、第8回ジャパンカップを勝利したペイザバトラー相手に4馬身差の完勝であった。G1競走3勝目である。

ジャパンカップ出走[編集]

世界レコードホルダーの次走は、第9回ジャパンカップであった。競走前には「ワールドレコードホルダー」「アメリカの超特急」と喧伝され、G1・3勝の世界レコードタイム保持者、芝でのアメリカ最強馬の看板を背負い競走に臨んだ。レースが始まると先頭に立ち逃げようとするが、ホークスターの前に1頭の馬、イブンベイが内から先頭に立っていた。先頭に立てなかったホークスターは2番手を追走し、その後ろ3番手にはニュージーランドの牝馬ホーリックスが付けていた。

レースはハイペースとなり、先頭のイブンベイは途中の1800メートル、および2200メートルの通過地点で当時の日本レコードを上回る走破タイムを記録した。ホークスターはこのまま2番手を追走し、最後の直線に入るとイブンベイと共に力尽きる。

レースは2分22秒2という、当時2400メートルの世界レコードタイムでホーリックスが優勝した。ホークスターは粘って5着となる。

帰国後はダート路線に向かうもサンタアニタハンデキャップで9着、再びに芝路線に戻るも勝利は無かった。

種牡馬成績[編集]

引退後、アメリカで7年間種牡馬生活を送った後、日本へと輸出された。アメリカ・日本のどちらでも活躍する産駒を送り出す事はできず、2003年に亡くなった。ただ、産駒のマギーホークはアメリカクラシック二冠馬アフリートアレックスの母となり、母の父としては影響を残すことができた。

血統[編集]

シルヴァーホークの産駒にグラスワンダーがいる。シルヴァーホークの父ロベルトブライアンズタイムクリスエスリアルシャダイなどの産駒を持ちヘイルトゥリーズンの血統を広めた種牡馬の一頭。甥にブラックホーク(1999年 スプリンターズステークス、2001年 安田記念)、姪にピンクカメオNHKマイルカップ)がいる。

血統表[編集]

ホークスター血統ロベルト系ヘイルトゥリーズン系)/Nearco 4x5=9.38%、 Nasrullah 4x5=9.38%) (血統表の出典)

Silver Hawk
1979 鹿毛 アメリカ
父の父
Roberto
1969 鹿毛 アメリカ
Hail to Reason Turn-to
Nothirdchance
Bramalea Nashua
Rarelea
父の母
Gris Vitesse
1966 芦毛 アメリカ
Amerigo Nearco
Sanlinea
Matchiche Mat de Cocagne
Chimere Fabuleuse

Strait Lane
1974 青鹿毛 アメリカ
Chieftain
1961 青鹿毛 アメリカ
Bold Ruler Nasrullah
Miss Disco
Pocahontas II Roman
How
母の母
Level Sands
1949 黒毛 アメリカ
Mahmoud Blenheim
Mah Mahal
Crawfish Halcyon
Crauneen F-No.5-g