ポール・ド・マン

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ポール・ド・マンPaul de Man1919年12月6日 - 1983年12月21日)は、ベルギーアントウェルペン出身のアメリカ合衆国文学理論家文学者哲学者

学術的業績[編集]

ブリュッセルエコール・ポリテクニーク工学を学び、ブリュッセル自由大学化学哲学を学ぶ。1946年、アメリカに移住。

1960年ハーバード大学Ph.D.取得。コーネル大学ジョンズ・ホプキンス大学を経て、イェール大学で教授を務めた。

デリダの影響を受け、脱構築批評を確立したイェール学派の代表的存在となり、アメリカ合衆国及び英語圏での文学研究にドイツ及びフランスの哲学的(大陸哲学的)方法を輸入した著名な学者の一人として有名。

誤読、精神分析、脱構築、修辞学を中心に文学作品を独自の手法で読み解いた。

死後、ナチス・ドイツ統治期の反ユダヤ的文章が見つかり批判された。

親族[編集]

政治家・元フランクフルト大学教授でナチス・ドイツ統治下の対独協力者の一人であるアンリ・ド・マン(ヘンドリック・ド・マン)は叔父。

影響[編集]

弟子に、ポストコロニアル批評家ガヤトリ・C・スピヴァク、作家水村美苗がいる。

戦時中のジャーナリスト活動と反ユダヤ的著作[編集]

第二次世界大戦中の1941年3月4日、ポール・ド・マンは親ナチス新聞 Le Soirに「Les Juifs dans la littérature actuelle(現代文学におけるユダヤ人)」を発表し「ヨーロッパ人の生活のあらゆる局面にユダヤ的な干渉があったにもかかわらず、われわれの文明はその完全な独自性と特質を維持することで、その根本性質が健全なものであることを立証した」「ヨーロッパから隔離された地にユダヤ人居留地を設営するというユダヤ人問題への解決策は、西洋の文学生活には少しも嘆かわしい結果をもたらさない」と論じ、この他にもジャーナリストとして数編の記事を書いた[1][2][3]

1988年、オルトウィン・ド・グラーフが戦時中にポール・ド・マンが親ナチス雑誌 Le Soirに掲載していた記事を発見した[1]。その後、ヴェルナー・ハーマッハー、ニール・ハーツ、トマス・キーナンが編集した「Wartime Journalism 1939–1943 by Paul de Man」(University of Nebraska Press, 1988)が刊行され、ポール・ド・マンの反ユダヤ主義的発言をめぐって論争となった[1]

ジェフリー・ゴルト・ハーパムは、ポール・ド・マンの「非道徳性やホロコーストへの加担、場当たり的行動」が議論されるようになってしまったと述べている[4][1]

ポール・ド・マン研究者の土田知則はこうしたポール・ド・マンへの批判は「妄想であり、反感感情に煽られたアナクロニズム」で「常軌を逸しており、論理を、そして倫理を欠いた暴力である」とし、ポール・ド・マンの断罪者は「ホロコーストに加担した反ユダヤ的ファシストというレッテルを貼ること」に拘泥しているにすぎないと批判している[1]

また、ポール・ド・マンの「現代文学におけるユダヤ人」における「ヨーロッパから隔離された地にユダヤ人居留地を設営するというユダヤ人問題への解決策」とはマダガスカル計画のことであり、マダガスカル計画はアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルト主導で考案されたユダヤ難民救済政策であり、その後、ヒトラーとビウス2世教皇や、フランス、イギリス政府でも話題にされたとマーティン・マックィランは述べている[5][1]

著作[編集]

  • Blindness & Insight: Essays in the Rhetoric of Contemporary Criticism, (Oxford University Press, 1971).
宮﨑裕助・木内久美子訳『盲目と洞察――現代批評の修辞学における試論』(月曜社, 2012年)
  • Allegories of Reading: Figural Language in Rousseau, Nietzsche, Rilke, and Proust, (Yale University Press, 1979).
土田知則訳『読むことのアレゴリー――ルソー、ニーチェ、リルケ、プルーストにおける比喩的言語』(岩波書店, 2012年)
  • The Rhetoric of Romanticism, (Columbia University Press, 1984).
山形和美・岩坪友子訳『ロマン主義のレトリック』(法政大学出版局, 1998年)
  • The Resistance to Theory, (Manchester University Press, 1986).
大河内昌・冨山太佳夫訳『理論への抵抗』(国文社, 1992年)
  • Wartime Journalism, 1939-1943, ed., by Werner Hamacher, Neil Hertz, and Thomas Keenan, (University of Nebraska Press, 1988).
  • Critical Writings, 1953-1978, ed., by Lindsay Waters, (University of Minnesota Press, 1989).
  • Romanticism and Contemporary Criticism: the Gauss Seminar and Other Papers, ed., E. S. Burt, Kevin Newmark and Andrzej Warm, (Johns Hopkins University Press, 1993).
  • Aesthetic Ideology, ed., by Andrzej Warminski, (University of Minnesota Press, 1996).
上野成利訳『美学イデオロギー』(平凡社, 2005年)

ジャーナリズム:

  • Wartime Journalism 1939–1943 by Paul de Man」University of Nebraska Press, 1988,ヴェルナー・ハーマッハー、ニール・ハーツ、トマス・キーナン編
  • 土田知則訳、ポール・ド・マン「ドイツ占領下時代の新聞記事5篇」『思想』1059号、2012年7月号、岩波書店

参考文献[編集]

  • Martin McQuillan,Paul de Man, Routledge, 2001(マーティン・マックィラン「ポール・ド・マンの思想」土田知則訳、新曜社、2002年
  • 土田知則(2006)「卑属なという危うげな一語に託して ポール・ド・マンの選択」『思想』992号、2006年12月号、岩波書店
  • 土田知則(2008)「ポール・ド・マンと二人のコラボトゥール」岩野卓司・若森栄樹編『語りのポリティクス 言語/越境/同一性をめぐる8つの試論 』彩流社
  • 土田知則 (2012)『ポール・ド・マン』岩波書店、 2012年
  • フランク・レントリッキア、 トマス マクラフリン 編『続:現代批評理論―+6の基本概念』平凡社 (2001)、大橋洋一、正岡和恵、篠崎実、利根川真紀、細谷等訳

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 土田知則「ポール・ド・マン」岩波書店、p170-9.
  2. ^ および、土田知則(2006)(2008)
  3. ^ Wartime Journalism 1939–1943 by Paul de Man」University of Nebraska Press, 1988.
  4. ^ フランク・レントリッキア、 トマス マクラフリン 編『続:現代批評理論―+6の基本概念』平凡社 (2001)、, 大橋洋一、正岡和恵、篠崎実、利根川真紀、細谷等訳、p146-7.
  5. ^ Martin McQuillan,Paul de Man, Routledge, 2001、マーティン・マックィラン「ポール・ド・マンの思想」土田知則訳、新曜社、2002年、p240-241

関連項目[編集]