ポール・ミニャール

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ポール・ミニャール

ポール・ミニャール(Paul Mignard、1639年12月27日 - 1691年10月15日)はフランスの画家、版画家である[1]。主に肖像画家として知られる[2]

略歴[編集]

アヴィニョンで生まれた。父親は画家のニコラ・ミニャールで叔父の、ピエール・ミニャールも有名な画家である。弟のピエール(Pierre II Mignard:1640-1725)も建築家、画家となった[1]

叔父のピエール・ミニャールから学んだとされる。[2]1672年に父親の肖像画を、王立絵画彫刻アカデミーに提出して、アカデミーの会員に選ばれた[3]

1670年代に父親や叔父と同じように、イタリアに留学したが、その滞在については詳細は知られていない[4] 。イギリスでも肖像画を描いた。バイエルンで宮廷画家として働き、バイエルン選帝侯、フェルディナント・マリアやその王妃など王族の肖像画が残されている。1690年にリヨン市の画家に任命され、市の役人の肖像画を描いた。リヨンで没した。

作品はリヨン美術館などに収蔵されている[5]

作品[編集]

参考文献[編集]

  1. ^ a b Adrien Marcel, 'Nicolas Mignard, Mémoires de l'Académie de Vaucluse', 1931, p.16 (French)
  2. ^ a b Natalis Rondot, 'Les peintres de Lyon du quatorzième au dix-huitième siècle', 1888, p. 161-162 (French)
  3. ^ Hannah Williams, 'Académie Royale: A History in Portraits', Ashgate Publishing Ltd., 2015, p. 27
  4. ^ J. Claye, Gazette des beaux-arts, 1966, p. 22-24
  5. ^ Adrien Marcel, Nicolas Mignard, Mémoires de l'Académie de Vaucluse, 1931, p. 84.