マイン=シュペッサルト線

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マイン=シュペッサルト線
Main-Spessart-Bahn.png
基本情報
ドイツの旗 ドイツ
起点 ヴュルツブルク中央駅
終点 ハーナウ中央駅
駅数 24駅
路線記号 5200、3660
路線番号 640、800
開業 1854年
所有者 ドイツ鉄道
運営者 ドイツ鉄道
路線諸元
路線距離 112.5 km
軌間 1,435 mm (標準軌)
線路数 複線
電化方式 15,000 V/16.7 Hz (交流)
架空電車線方式
保安装置 点形列車制御装置、ZUB262
最高速度 160 km/h
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マイン=シュペッサルト線 (ドイツ語; Main-Spessart-Bahn) はバイエルン州ウンターフランケン行政管区のヴュルツブルク中央駅ヘッセン州ライン=マイン地方ハーナウ中央駅を結ぶ鉄道路線である。本線はライン=マインの大都市圏とウンターフランケン中心都市のヴュルツブルクを結び、ニュルンベルクやミュンヘンまでの鉄道路線と連結されるため、遠距離交通と貨物輸送の部分に重要な意味を持つ。名前はマイン川とシュペッサルトの森から由来する。

沿線概況[編集]

列車はヴュルツブルク中央駅を出発して、2004年レイルリオン (Railion、現在DB Cargo) によって廃止された操車場を通過する。ファイツホェヒハイム駅の直前でハノーファー-ヴュルツブルク高速線が高架橋で交差する。本線はマイン川に沿って続き、右側には国道27号 (Budesstraße 27) が部分的に緊密に並行している。ヴェルン谷線はヴェルンフェルトで本線と合流するが、ゲーミュンデン駅まで接続しない。

マイン川はゲーミュンデンでは180度近くの曲線で流れる。本線も同じくマイン川と並んで曲がり、もう一度高速線と交差する。ゲーミュンデン駅ではゲーミュンデン-エベンハウゼン線とフリーデン-ゲーミュンデン線が分岐する。

ローア駅の東側にあるナンテンバッハ分岐点にはナンテンバッハ連結線 (Nantenbacher Kurve) が接続し、ヴュルツブルク-ハノヴァー高速線とローアハイム信号場で合流する。この連結線を通じてIC、ICE列車はヴュルツブルク方向に走り、運行時間を短縮するのが可能である。列車がローア駅到着の前にシュペッサルトの森に入る。

ローア駅からハイゲンブリュケン駅までは上り坂が20 km続いている。2017年6月まで列車は長さ926 mのシュヴァルツコプフ・トンネルと平均傾斜率19 ‰のシュペッサルト上り坂 (Spessartrampe) を通過した。ホェスバッハ駅の直前にアウトバーン3号線が本線と立体交差する。アシャフェンブルク中央駅にはkm表示が変わる。それはアシャフェンブルク以北の区間がバイエルンに属しない鉄道会社に管理された時代の遺産である。

歴史[編集]

バイエルン王立鉄道区間[編集]

1846年5月23日バイエルン議会は王立バイエルン鉄道の幹線路線としてルートヴィヒ西線 (Ludwigs-Westbahn) の建設の法律案を議決した。西部鉄道はその法令によって[1]、コンセッション方式で建設された。1854年10月1日バンベルクからヴュルツブルク経由でヘッセン国境まで至る鉄道線が開通した。

ヘッセン選帝侯国区間[編集]

ハーナウ - 国境線区間はヘッセン選帝侯国 (Kurfürstentum Hessen、一名Kurhessen) のコンセッションと1850年6月7日に締結されたヘッセン選帝侯国とバイエルン王国の条約[2]の根拠で建設された。1852年にフリードリヒ・ヴィルヘルム1世はベルヌス・ドュ・フェー (Bernus du Fay) 銀行へ約10万ターラーの賄賂を要求して、建設許可の前に鉄道敷設は危機に落ちた。当時の総理大臣 (leitender Minister) のルートヴィヒ=ハッセンプフルク (Ludwig Hassenpflug、1794〜1862) は賄賂の撤回を要求したが、選帝侯はがれの要求を断った[3]。1854年7月22日フランクフルト - ハーナウ鉄道線はバイエルン国境線まで8.9 kmずつ延伸された。

ハーナウ - アシャッフェンブルク区間は最初はフランクフルト=ハーナウ鉄道会社 (Frankfurt-Hanauer Eisenbahn-Gesellschaft) によって運営されて、バイエルンの区間はその会社に貸与された。1863年ヘッセン=ルートヴィヒ鉄道 (Hessische Ludwigsbahn) はフランクフルト=ハーナウ鉄道会社を引き受けた。普墺戦争の結果、ヘッセン選帝侯国がプロイセン王国に統合された後で、1872年フランクフルト=ハーナウ鉄道会社はヘッセン=ルートヴィヒ鉄道に合併された。

ドイツ国営鉄道時代[編集]

第二次世界大戦の期間にはマイン=シュペッサルト線は重要な輸送経路だけではなく、聯合軍空中爆撃の標的であった。1942年4月2日この路線の受けた空襲はその一例である。

ドイツ連邦鉄道時代[編集]

1954年10月10日からヴュルツブルク - ファイツホェヒハイム区間の電化が始まって、1957年9月26日全区間の電化は完了した。その時から補助機関車が必要な場合は減少した。1970年夏の通行量は一日当たり365列車編ですごく緊迫した。

ハノーヴァー - ヴュルツブルク高速線の計画と関連して、連邦鉄道は「鉄道網改修プログラム1970」で「アシャフェンブルク - ヴュルツブルク補助線」という新線建設案を出した。新線はゲミュンデン - ヴュルツブルク区間の過度な通行量を分散するべしだった。ドイツ連邦交通計画1973の内容ではヴュルツブルク - アシャッフェンブルク高速線が含まれた[4]。しかし、その計画はシュペッサルト森の毀損を怖れた自然保護団体の反対にぶつかって、連邦鉄道は計画を断念した[5]

ドイツ連邦交通計画1980では高速線新設の代わりにアシャッフェンブルク - ゲミュンデン区間の改修工事が企画されていた。1980年2月25日ハノーヴァー - ヴュルツブルク高速線プロジェクトグループはシャッフェンブルク - ゲミュンデン区間の改良工事を促進するオーダーを受けた。その課業の内容はシュペッサルト上り坂の領域にトンネルを新設する以外にナンテンバッハ連結線を建設することであった。1982年の計画案はアシャッフェンブルク - ゲーミュンデン区間中約37.6km区間を連続列車制御装置で、最高200 km/hで走行できるよう、改良することであった[6]。他の文献によれば、ナンテンバッハ連結線とシュヴァルツコプフトンネル西側の迂回経路建設は改修プロジェクトとして計画された。新線はホェスバッハの南側を経てヴィースタールで既存線路と合流することになった。工事区間は総28 km、200 km/hで走行可能で、七つのトンネルが建設されることになった。1983年春にラウフアッハ谷の活動家団体が結成され、新線建設に反対する運動を起こした[7]。ドイツ連邦交通計画1985ではゲーミュンデン - アシャッフェンブルク区間の改修はまだ計画中の状態であった[8]

ドイツ鉄道時代[編集]

2002年ハーナウ - ヴュルツブルク新線建設および改修プロジェクトに関する地域社会影響評価 (Raumempfindlichkeitsprüfung) の結果、ハイゲンブリュッケン東側の直線化は森の地帯に非常に高い影響を与えるため排除された。葛藤の少ない解決策を見つけるのはまだで不可能であった[9]

2006年8月28日連邦交通・建設・都市開発省は少ない建設費用と最高速度の向上の目的でラウフアッハ - ハイゲンブリュッケン区間の移設を決定した[10]。建設会社のコンソーシアムへオーダーが与えられた後、2013年夏に土木工事が始まった。2017年6月19日ラウフアッハ - ハイゲンブリュッケン区間が移設されて、マイン=シュペッサルト線の路線距離は約500 mずつ短縮された。

年表[編集]

  • 1846年3月23日; バイエルン議会はルートヴィヒ西部線建設を議決する。
  • 1850年6月7日; ヘッセン選帝侯国とバイエルン王国は既存のフランクフルト - ハーナウ線を連結するための条約を締結する。
  • 1854年7月22日; 私設鉄道のフランクフルト=ハーナウ鉄道がハーナウ駅(現在のハーナウ西駅)から国境線まで延伸される。
  • 1854年10月1日; ルドヴィック西部線のヴュルツブルク - バイエルン国境線間開通。
  • 1863年1月1日; ヘッセン=ルドヴィヒ鉄道がフランクフルト=ハーナウ鉄道の運営権を引き受ける。有効期限は1872年12月31日までであった。
  • 1954年10月10日; ヴュルツブルク - ファイツホェヒハイム間が電化される。
  • 1957年9月26日; 全区間電化。
  • 2017年6月19日; ハイゲンブリュケン - ラウファッハ間の新線が開通して、同時にハイゲンブリュケン駅は移転される。

ナンテンバッハ連結線[編集]

ショェンライントンネルの北側入口
ロールバッハ信号場の高速用分岐器

ナンテンバッハ連結線はマイン=シュペッサルト線とハノーヴァー - ヴュルツブルク高速線を結ぶ高速列車用連結線である。連結線はマイン=シュペッサルト郡ノイエンドルフ町で分岐しロールバッハ信号場で高速線に合流する。路線距離は11.3 kmで[11]、全区間複線で電車線と連続列車制御装置が設備されている。連結線は多い人工構造構造物の印象を与えて、マイン谷の鉄道橋、高速線のミュールベルクトンネルと交差するショェンライントンネル、残りの三つのトンネルと構成されている。連結線はシュペッサルト自然公園の中にある[12]

最大傾斜率は12.5 ‰、最小曲率半径は2650 m、レールの間隔は4.70 mである[13]。許容速度は200 km/hで、列車は分岐器によって在来線へ最大150 km/hで進入できる[13]。ハノーヴァーからの高速線と合流地点では200 km/hの可能な分岐器が特徴である。

ハノーファー - ヴュルツブルク高速線と連結するナンテンバッハ連結線の建設計画は1975年9月導入された。建設許可は1978年6月連邦交通省によって鉄道法14条3項の根拠で与えられた[14]。1988年夏フルダー - ヴュルツブルク区間が開業されたとき、連結線用の分岐線路と信号機が準備されていた。

ナンテンバッハ連結線の建設は1990年3月[15] (他の文献では1991年5月[12]) に始まった。トンネルの施工では新オーストリアトンネル工法が応用されて、トンネルの長い排水路は必要なかった。連結線建設と同時に国道26号の経路変更が計画され、その道路は移設された[12]。建設費は1991年約3億3000万マルクと算定された[16]。1994年6月連結線は開通して[17]、過去のハーナウ - ロールバッハ区間の改修プロジェクトは一旦完成された。

運行形態[編集]

遠距離輸送[編集]

ナンテンバッハ連結線上のICE列車

ナンテンバッハ分岐点とハーナウ中央駅の間にICE列車だけではなく、快速列車や普通列車も運行されている。2014年12月までは高速線を経由する代わりにゲミュンデン駅に停車するIC列車も存在した。ミュンヘン - ルール地方間を往復するICE列車は最初は2時間間隔で運行されたが、2006年12月以来本列車が一時間に一本通行する。その上、パッサウから本線を経由してドルトムントにど着する優等列車も二時間間隔で運行されたことがある。2007年12月ウィーン - フランクフルト間のICE路線がオーストリア連邦鉄道の協力で実現された。高速線を利用することができない場合、高速列車が本線を通じてゲーミュンデン駅を経由するのも可能である。

  • ICE 41; (ドルトムント -) エッセン - ケルン・メッセ=ドイツ - フランクフルト(マイン)- アシャフェンブルク - ヴュルツブルク - ニュルンベルク - ミュンヘン。60分間隔。
  • ICE 91; (ハンブルク - ブレーメン - オスナーブリュク - ニュンスター - ドルトムント - ハーゲン - ヴッパータール - ゾリンゲン - ケルン - ボン - コブレンツ - マインツ - フランクフルト国際空港 -) フランクフルト(マイン)- ハナウ - ヴュルツブルク - ニュルンベルク - レーゲンスブルク - パッサウ - リンツ - 聖ポェルテン - ウィーン。120分間隔。

地域輸送[編集]

ローア駅を通過する貨物列車

地域部門にはフランクフルト - ヴュルツブルク間快速列車が一時間に一本通行する。2006年12月からこの路線はヴュルツブルク - ニュルンベルク間の快速列車路線と分離されている。ヴュルツブルク - ヴィースタル間はマイン=フランケン運輸連合(Vehrkehrsverbund Main-franken, VVM)の区域に属し[18]、ハイゲンブリュケン - カル・アム・マイン間は運送会社バイエルン・ウンターマイン(Vehrkehrsgemeinschaft am Bayerischen Untermain, VAB)の管轄下にある。グロースクロツェンブルク以後はライン=マイン運輸連合(Rhein-Main Vehrkehrsverbund, RMV)の料金システムが適用される[19]。VABの区域はほとんどRMVの遷移区域(Übergangsgebiet)で[20]、RMV遷移区域とVAB区域の間に一つの切符で列車を利用するのが可能である。

  • 快速(RE 54); フランクフルト(マイン) - フランクフルト南駅 – マインタール – ハナウ – カール(マイン) – アシャフェンブルク – ゲーミュンデン(マイン) – ヴュルツブルク (– シュヴァインフルト - バンベルク)。120分間隔[21]。使用車両はDB111形またはDB146形の電気機関車と制御装置付き二階建て客車(Wendezug aus Doppelstockwagen)。過去にはモードゥス客車が使われた。
  • 快速(RE 55); フランクフルト(マイン) - フランクフルト南駅 – オフェンバッハ – ハナウ – カール(マイン) – アシャフェンブルク – ゲーミュンデン(マイン) – ヴュルツブルク (– シュヴァインフルト - バンベルク)。120分間隔。使用車両はRE54と同じ。
  • 普通(RB 56); ハーナウ - カール(マイン)- アルツェナウ(ウンターフランケン)- モェンブリス・シュトロェツバッハ - シォェルクリッペン。60分間隔。使用車両はDB642形気動車
  • 普通(RB); (バンベルク - ハースフルト -) シュヴァインフルト - ヴュルツブルク - カールシュタット(マイン) - ゲーミュンデン(マイン) - ヨッサ (-シュリヒテルン)。60分間隔。使用車両はDB440形電車
  • 普通(RB); (カールシュタット(マイン) -) ヴュルツブルク - オクセンフルト - シュタイナウ(ローテンブルク・オプ・デア・タウバー近郊)- アンスバッハ - グンツェンハウゼン - トロイヒトリンゲン。通勤時間運行。使用車両はほとんどDB440形電車。
  • 普通(RB 58): フランクフルト南 - マインタール - ハーナウ - カール(マイン) - クラインオーストハイム - アシャフェンブルク - ラウフアッハ。60分間隔。ヘッセン地方鉄道所属。使用車両はコラディア・コンチネンタル
  • 普通(RB): アシャフェンブルク - ハイゲンブリュケン - ゲーミュンデン(マイン)。通勤時間運行。使用車両はDB425形電車

参考文献[編集]

  • H.-W. Dumjahn (Hrsg.): Handbuch der deutschen Eisenbahnstrecken, Eröffnungsdaten 1835–1935. Streckenlängen, Konzessionen, Eigentumsverhältnisse. Horst-Werner Dumjahn Verlag, Mainz 1984. (ドイツ語)
  • Deutsche Reichbahn: Die deutschen Eisenbahn in ihrer Entwicklung 1835-1935. Berlin 1935. (ドイツ語)
  • Wolfgang Klee, Ludwig von Welser: Bayern-Report. Bände 1-5, Fürstenfeldbruck, 1993-1995. (ドイツ語)
  • Bernhard Ücker: 150 Jahre Eisenbahn in Bayern. Fürstenfeldbruck 1985. (ドイツ語)
  • Paul Werner: Ausbau und Ergänzung des Streckennetzes der Deutschen Bundesbahn. In: Eisenbahntechnische Rundschau, Heft 1/1971, Januar/Februar 1971, S. 16–20. (ドイツ語)

脚注[編集]

  1. ^ Bayerisches Gesetzblatt 1846, Nr. 1, S. 5.
  2. ^ H.-W. Dumjahn (Hrsg.): Handbuch der deutschen Eisenbahnstrecken, Eröffnungsdaten 1835–1935. Streckenlängen, Konzessionen, Eigentumsverhältnisse. Vollständiger, unveränderter Nachdruck 1984 der von der Deutschen Reichsbahn herausgegebenen Druckschrift. Mit einer illustrierten Einleitung von Horst-Werner Dumjahn (= Dokumente zur Eisenbahngeschichte. Band 29). Horst-Werner Dumjahn Verlag, Mainz 1984, ISBN 3-921426-29-4, S. 435 f.
  3. ^ Rüdiger Ham: Bundesintervention und Verfassungsrevision. Der Deutsche Bund und die kurhessische Verfassungsfrage 1850/52. Darmstadt und Marburg: Selbstverlag der Hessischen Historischen Kommission Darmstadt und der Historischen Kommission für Hessen, 2004 (= Quellen und Forschungen zur hessischen Geschichte 138). ISBN 3-88443-092-0,
  4. ^ Rüdiger Block: Auf neuen Wegen. Die Neubaustrecken der Deutschen Bundesbahn. In: Eisenbahn-Kurier Special: Hochgeschwindigkeitsverkehr. Nr. 21, 1991, ohne ISSN, S. 30–35.
  5. ^ Verfahrensruhe bei fortschreitenden DB-Planungen. In: Bayerische Staatszeitung, 18. April 1980, S. 4.
  6. ^ Wolfgang Ernst: Signaltechnische Rahmenplanung für die Neu- und Ausbaustrecken. In: Signal + Draht. Bd./Jg. 74 (1982), Nr. 4, ISSN 0037-4997, S. 70–76.
  7. ^ Aktionsgemeinschaft geht zu den Bürgern. In: Aschaffenburger Volksblatt, 5. März 1983.
  8. ^ Rüdiger Block: ICE-Rennbahn: Die Neubaustrecken. In: Eisenbahn-Kurier Special: Hochgeschwindigkeitsverkehr. Nr. 21, 1991, ohne ISSN, S. 36–45.
  9. ^ Ingmar Gorissen: Raumempfindlichkeitsprüfung im Gleisdreieck Hanau/Fulda/Würzburg. In: Der Eisenbahningenieur. Band 53, Nr. 4, April 2002, ISSN 0013-2810, S. 34–36.
  10. ^ Bundesverkehrsministerium für Verkehr, Bau und Stadtentwicklung (Hrsg.): Grünes Licht für Neubau des Schwarzkopftunnels. Pressemitteilung vom 28. August 2006.
  11. ^ Trassenpreis-Software 2011 (Stand: Oktober 2010) (Memento des Originals vom 13. Mai 2012 im Internet Archive) Info: Der Archivlink wurde automatisch eingesetzt und noch nicht geprüft. Bitte prüfe Original- und Archivlink gemäß Anleitung und entferne dann diesen Hinweis. der DB Netz AG: Trassenlänge von Nantenbach nach Rohrbach von 11,331 km
  12. ^ a b c Deutsche Bundesbahn (Hrsg.), Hauptabteilung Fahrwegprojekte der Bundesbahndirektion Nürnberg: Über den Fluß und durch die Berge: Die Verbindungskurve Nantenbach. Broschüre (16 A4-Seiten), Nürnberg, 1993, S. 2, 4, 6, 10, 12, 14.
  13. ^ a b Die Nantenbacher Kurve vor der Inbetriebnahme. In: Eisenbahn Journal special. 10/1993, ISBN 3-922404-54-5, S. 34 f.
  14. ^ Deutsche Bundesbahn, Bundesbahndirektion Nürnberg, Projektgruppe H/W Süd der Bahnbauzentrale (Hrsg.): Neubaustrecke Hannover–Würzburg. Der Landrückentunnel. Vortrieb, Ausbau, Ausstattung und Kosten. Nürnberg, Dezember 1984, S. 32.
  15. ^ Jürgen Hörstel, Marcus Niedt: ICE – Neue Züge für neue Strecken. Orell-Füssli-Verlag, Zürich/ Wiesbaden 1991, ISBN 3-280-01994-X, S. 14–19.
  16. ^ Josef Theiner: Der Schönraintunnel. In: Beton. 8/1991, S. 378–380.
  17. ^ Wolfgang Henn, Eberhard Jänsch: Hochgeschwindigkeitsverkehr in Deutschland − eine Zwischenbilanz. In: Wolfram O. Martinsen, Theo Rahn (Hrsg.): ICE – Zug der Zukunft. Hestra-Verlag, Darmstadt 1997, S. 90–99.
  18. ^ VVMの鉄道及びバス路線 VVBの資料
  19. ^ RMVの鉄道路線 RMVの資料
  20. ^ VABとRMV間の遷移区域情報 VABの資料
  21. ^ アシャフェンブルク-ヴュルツブルク間普通、快速列車時刻表 ドイツ鉄道の資料

関連項目[編集]