マエルス・ロドリゲス

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はロドリゲス第二姓(母方の)はコラレスです。
マエルス・ロドリゲス
Maels Rodríguez
基本情報
国籍エルサルバドルの旗 エルサルバドルに亡命)
出身地  キューバ ビーリャ・クララ州プラセタス
生年月日 (1979-10-15) 1979年10月15日(39歳)
身長
体重
6' 0" =約182.9 cm
215 lb =約97.5 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 ドラフト22巡目
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
  • サンクティ・スピリトゥス
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
五輪 2000年
オリンピック
男子 野球
2000 野球

マエルス・ロドリゲス・コラレス(Maels Rodríguez Corrales , 1979年10月15日 - )はキューバ出身の元野球選手投手、右投げ右打ち。

来歴・人物[編集]

1997-1998シーズンから国内リーグ"セリエ・ナシオナル・デ・ベイスボル"のサンクティ・スピリトゥスに所属。1999年12月8日に国内リーグ史上初の球速100マイルを記録、その丁度2週間後にリーグ史上初の完全試合も達成した。速球スライダーを軸にした投球で1999-2000シーズンは177奪三振を記録、チームメートのヨバニ・アラゴンと共に最多奪三振投手になる。

2000年のシドニーオリンピックでは予選ラウンドの日本戦で抑え投手として登板、日本代表クリーンナップトリオ、3番田口壮・4番中村紀洋・5番松中信彦を三者連続三振に斬って取る等、2イニングを完璧に抑える。決勝戦でもアメリカ代表相手に4.2イニングで7奪三振・無失点の好投をするが、キューバ代表チームはベン・シーツ完封されて敗北して銀メダルに終わる。しかし大会を通して12.1イニングで4与四球・22奪三振・1自責点の好成績だった。

2000-2001シーズンは32年前にサンティアゴ・メデレオスが樹立した208奪三振の国内リーグ記録を大きく更新する263奪三振を記録した他、防御率1.77・15勝6敗で最多奪三振、最優秀防御率最多勝の投手三冠を独占。2001-2002シーズンは防御率2.13・14勝3敗・219奪三振で3年連続最多奪三振投手になる。2002年のインターコンチネンタルカップでは決勝戦で韓国代表チーム相手にリリーフ投手として無失点の投球、勝利投手になる。

2002-2003シーズンは突如終盤に調子を落とし、最終的には防御率3.19・8勝3敗・117奪三振で、与四球は3年連続リーグ最多となる87を記録。2003年10月のワールドカップの選考で代表チームから外された。右肩の故障の為に球速が90マイル未満にまで下がっていた。同年10月にヨバル・ドゥエニャスと共にエルサルバドル亡命。その後にメジャーリーグ各球団のトライアウトを受けるが、獲得球団は無かった。2005年6月のドラフト会議アリゾナ・ダイヤモンドバックスから22巡目指名を受け、契約したもののマイナーリーグではプレーしていない。

年度別投手成績 (2000-01年以降)[編集]





















































W
H
I
P
2000-2001 SSP 24 23 10 15 6 0 -- .714 717 178.1 115 3 76 3 10 263 10 0 43 35 1.77 1.07
2001-2002 24 20 5 14 3 1 -- .824 655 165.0 89 10 85 2 9 219 24 0 44 39 2.13 1.05
2002-2003 19 16 6 8 3 2 -- .727 494 113.0 74 8 87 2 4 117 14 1 44 39 3.11 1.42
CNS:3年 67 59 21 37 12 3 0 .755 1866 456.1 278 21 248 7 23 599 48 1 131 113 2.23 1.15
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はキューバ国内リーグにおける歴代最高。
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない