マキ・F101

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マキ・F101
マキ・F101(2014年グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード)
カテゴリー F1
コンストラクター マキ
デザイナー 三村建治
小野昌朗
主要諸元
エンジン フォード・コスワースDFV
主要成績
チーム マキエンジニアリング
ドライバー ハウデン・ガンレイ
鮒子田寛
トニー・トリマー
出走時期 1974年 - 1975年
通算獲得ポイント 0
初戦 1974年イギリスGP
最終戦 1975年イタリアGP
出走
回数
優勝
回数
ポール
ポジション
ファステスト
ラップ
7(決勝出走なし)
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マキ・F101 (Maki F101) は、日本のコンストラクター、マキが開発した純国産フォーミュラ1カー1974年1975年に使用された。デザインはチーム代表の三村建治シャーシ設計は小野昌朗がおこなった。

概要[編集]

1974年初頭のF1参戦発表時は、大型のスポーツカーノーズと大型のサイドポンツーンを備えていた[1]。このタイプの通称はF101A。小野昌朗は「F101の設計の際、ティレルデレック・ガードナーにコンセプトの相談をした。スポーツカーノーズでフロントタイヤをカバーし、カウル全体で気流を整えるコンセプトに関し、F101とティレル・P34はよく似ている。もしかしたらガードナーはマキに影響されたのかも知れない」と述べている[2]

1974年途中から実戦投入された。それにあたって大幅に改良が加えられ、ウイングノーズのオーソドックスなボディ形状に改められた(通称はF101B)。初年度の1974年のボディカラーは純白で、コクピットカウルやインダクションポッドに大きな赤い丸(日の丸)が入っていた(F1における日本のナショナルカラー)。

翌1975年はシチズン時計のスポンサードを受け、ボディ色はシチズンのイメージカラーだった青になった(通称はF101C)。小野昌朗は「F101Cと呼ばれているが、中味はF101Bのまんま」と述べている[3]

タイヤは1974年はファイアストンを、1975年はグッドイヤーを用いた。

記録[編集]

1974年[編集]

マシン タイヤ No. ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15
1974 F101B F アルゼンチンの旗 ブラジルの旗 南アフリカの旗 スペインの旗 ベルギーの旗 モナコの旗 スウェーデンの旗 オランダの旗 フランスの旗 イギリスの旗 ドイツの旗 オーストリアの旗 イタリアの旗 カナダの旗 アメリカ合衆国の旗
25 ニュージーランドの旗 ハウデン・ガンレイ DNQ DNQ

1975年[編集]

マシン タイヤ No. ドライバー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14
1975 F101C G アルゼンチンの旗 ブラジルの旗 南アフリカの旗 スペインの旗 モナコの旗 ベルギーの旗 スウェーデンの旗 オランダの旗 フランスの旗 イギリスの旗 ドイツの旗 オーストリアの旗 イタリアの旗 アメリカ合衆国の旗
35 日本の旗 鮒子田寛 DNS DNQ
35 イギリスの旗 トニー・トリマー DNQ DNQ DNQ
  • DNSは決勝不出走、DNQは予選不通過。

備考[編集]

1975年のスイスGP(ノンタイトルレース)で、F101Cがトリマーのドライブにより13位完走を果たしている。

脚注[編集]

  1. ^ 「オールドタイマー」2017年2月号
  2. ^ 「オールドタイマー」2017年2月号
  3. ^ 「オールドタイマー」2017年2月号

関連項目[編集]