マグヌス・ノーマン

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マグヌス・ノーマン
Magnus Norman
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Norman M. WM13-003.JPG
マグヌス・ノーマン
基本情報
フルネーム Leif Magnus Norman
国籍  スウェーデン
出身地 同・フィリップスタード
生年月日 (1976-05-30) 1976年5月30日(42歳)
身長 187cm
体重 89kg
利き手
バックハンド 両手打ち
ツアー経歴
デビュー年 1995年
引退年 2005年
ツアー通算 12勝
シングルス 12勝
ダブルス 0勝
生涯通算成績 268勝225敗
シングルス 244勝177敗
ダブルス 24勝48敗
生涯獲得賞金 $4,537,247
4大大会最高成績・シングルス
全豪 ベスト4(2000)
全仏 準優勝(2000)
全英 3回戦(1997・99)
全米 4回戦(1999・2000)
キャリア自己最高ランキング
シングルス 2位(2000年6月12日)
ダブルス 133位(2001年5月7日)
テンプレート  プロジェクト テニス

マグヌス・ノーマンMagnus Norman, 1976年5月30日 - )は、スウェーデンヴェルムランド県フィリップスタードスウェーデン語版出身の元男子プロテニス選手、テニス指導者。ATP自己最高ランキングはシングルス2位、ダブルス133位。ATPツアーでシングルス12勝を挙げた。

2000年全仏オープン男子シングルス準優勝。2000年ローマ・マスターズ優勝。2000年テニス・マスターズ・カップ出場。

現在はスタン・ワウリンカのコーチを務める。

来歴[編集]

マグヌス・ノーマンがテニスを始めたのは、8歳の誕生日に祖母からプレゼントとして贈られたテニスラケットがきっかけだったという。1995年にプロ入りし、1997年にツアー初優勝を果たす。ノーマンは1999年2000年に年間5勝ずつを挙げ、この頃がキャリアの最盛期だった。2000年全仏オープンには第3シードで出場し、決勝までは順調な勝ち上がりだったが、ブラジルグスタボ・クエルテンとの決勝戦では2-6, 3-6, 6-2, 6-7のスコアで敗れて準優勝に終わった。とりわけ第4セットは1時間半以上を要したが、長いタイブレークで粘りきれずに、3年ぶり2度目の優勝を目指したクエルテンに押し切られた。その結果、ノーマンはスウェーデン人選手として1988年マッツ・ビランデル以来12年ぶりの全仏優勝を果たすことはできなかった。

この後、ノーマンのテニス・キャリアはあっけなく萎んでしまい、2001年以後はツアーで優勝できなくなった。2002年ジャパン・オープン・テニス選手権で来日した時も、決勝でデンマークケネス・カールセンに6-7, 3-6で敗れて準優勝に終わり、これがノーマンの現役最後の決勝進出になる。膝などに多くの故障を抱え、2003年9月にキングフィッシャー航空テニス・オープンのトーナメントに出場したのが最後の舞台になった。2004年2005年は全く試合に出場できず、ついに2005年10月28日、故国の首都ストックホルムで現役引退会見を開いた。

引退後はテニスコーチとして活動しており、同郷の後輩選手であるロビン・セーデリングの専属コーチを2010年まで務めた。2013年からはスタン・ワウリンカのコーチを務めている。

ATPツアー決勝進出結果[編集]

シングルス: 18回 (12勝6敗)[編集]

大会グレード
グランドスラム (0-1)
テニス・マスターズ・カップ (0-0)
ATPマスターズシリーズ (1-0)
ATPインターナショナルシリーズ・ゴールド (1-1)
ATPインターナショナルシリーズ (10–4)
サーフェス別タイトル
ハード (5-3)
クレー (7-2)
芝 (0-0)
カーペット (0-1)
結果 No. 決勝日 大会 サーフェス 対戦相手 スコア
優勝 1. 1997年7月13日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー コスタリカの旗 フアン・アントニオ・マリン 7–5, 6–2
準優勝 1. 1997年10月19日 チェコの旗 オストラヴァ カーペット (室内) スロバキアの旗 カロル・クチェラ 2–6, 途中棄権
準優勝 2. 1998年8月2日 クロアチアの旗 ウマグ クレー チェコの旗 ボフダン・ウリラッハ 3–6, 6–7(0)
優勝 2. 1998年8月9日 オランダの旗 アムステルダム クレー オーストラリアの旗 リチャード・フロムバーグ 6–3, 6–3, 2–6, 6–4
優勝 3. 1999年4月25日 アメリカ合衆国の旗 オーランド クレー アルゼンチンの旗 ギリェルモ・カナス 6–0, 6–3
優勝 4. 1999年7月25日 ドイツの旗 シュトゥットガルト クレー ドイツの旗 トミー・ハース 6–7(6), 4–6, 7–6(7), 6–0, 6–3
優勝 5. 1999年8月1日 クロアチアの旗 ウマグ クレー アメリカ合衆国の旗 ジェフ・タランゴ 6–2, 6–4
優勝 6. 1999年8月29日 アメリカ合衆国の旗 ロングアイランド ハード スペインの旗 アレックス・コレチャ 7–6(4), 4–6, 6–3
優勝 7. 1999年10月10日 中華人民共和国の旗 上海 ハード チリの旗 マルセロ・リオス 2–6, 6–3, 7–5
優勝 8. 2000年1月16日 ニュージーランドの旗 オークランド ハード アメリカ合衆国の旗 マイケル・チャン 3–6, 6–3, 7–5
優勝 9. 2000年5月14日 イタリアの旗 ローマ クレー ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン 6–3, 4–6, 6–4, 6–4
準優勝 3. 2000年6月11日 フランスの旗 全仏オープン クレー ブラジルの旗 グスタボ・クエルテン 2–6, 3–6, 6–2, 6–7(6)
優勝 10. 2000年7月16日 スウェーデンの旗 ボースタード クレー スウェーデンの旗 アンドレアス・ビンシゲラ 6–1, 7–6(6)
優勝 11. 2000年8月27日 アメリカ合衆国の旗 ロングアイランド ハード スウェーデンの旗 トーマス・エンクビスト 6–3, 5–7, 7–5
優勝 12. 2000年10月22日 中華人民共和国の旗 上海 ハード オランダの旗 チャン・シャルケン 6–4, 4–6, 6–3
準優勝 4. 2001年1月14日 オーストラリアの旗 シドニー ハード オーストラリアの旗 レイトン・ヒューイット 4–6, 1–6
準優勝 5. 2001年3月11日 アメリカ合衆国の旗 スコッツデール ハード スペインの旗 フランシスコ・クラベット 4–6, 2–6
準優勝 6. 2002年10月6日 日本の旗 東京 ハード デンマークの旗 ケネス・カールセン 6–7(6), 3–6

ダブルス: 1回 (0勝1敗)[編集]

結果 No. 決勝日 大会 サーフェス パートナー 対戦相手 スコア
準優勝 1. 1997年1月5日 カタールの旗 ドーハ ハード スウェーデンの旗 パトリク・フレデリクソン オランダの旗 ヤッコ・エルティン
オランダの旗 ポール・ハーフース
3–6, 2–6

4大大会シングルス成績[編集]

略語の説明
W  F  SF QF #R RR Q# LQ A WG Z# PO SF-B S G NMS NH

W=優勝, F=準優勝, SF=ベスト4, QF=ベスト8, #R=#回戦敗退, RR=ラウンドロビン敗退, Q#=予選#回戦敗退, LQ=予選敗退, A=大会不参加
WG=デビスカップワールドグループ, Z#=デビスカップ地域ゾーン, PO=デビスカッププレーオフ, SF-B=オリンピック銅メダル, S=オリンピック銀メダル, G=オリンピック金メダル, NMS=マスターズシリーズから降格, NH=開催なし.

大会 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 通算成績
全豪オープン LQ LQ A 1R 1R 1R 2R SF 4R A A 9–6
全仏オープン A A A 2R QF 2R 1R F 1R 1R 1R 12–7
ウィンブルドン A A A A 3R 1R 3R 2R A A A 5–4
全米オープン A A A A 2R 2R 4R 4R A 1R 1R 8–6
受賞
先代:
部門なし
ATPコーチ・オブ・ザ・イヤー
2016
次代:
地球の旗