マシュー・リークロイ

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マシュー・リークロイ
Matthew LeCroy
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 サウスカロライナ州ベルトン英語版
生年月日 (1975-12-13) 1975年12月13日(42歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手一塁手
プロ入り 1997年 ドラフト1巡目追補(全体50位)でミネソタ・ツインズから指名
初出場 2000年4月3日
最終出場 2007年9月30日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • ワシントン・ナショナルズ (2014 - 2015)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
五輪 1996年
オリンピック
男子 野球
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オリンピック
1996 野球
パンアメリカン競技大会
1999 野球

マシュー・ハンクス・リークロイMatthew Hanks LeCroy , 1975年12月13日 - )は、アメリカ合衆国サウスカロライナ州ベルトン英語版出身の元プロ野球選手捕手一塁手)。右投右打。

経歴[編集]

現役時代[編集]

クレムゾン大学在学中の1996年アトランタオリンピック野球アメリカ合衆国代表として出場。

1997年MLBドラフト1巡目追補(全体50位)でミネソタ・ツインズに指名され、プロ入り。

1999年7月から8月に開催されたウィニペグパンアメリカン競技大会の野球アメリカ合衆国代表に選出された[1]

2000年4月3日にメジャーデビュー。この年から2002年まではツインズとAAA級を行き来する。正捕手争いの中、一塁手指名打者として出場することもあった。なお、この年以降は一塁手や指名打者の出場がメインとなった[2]2003年には、自己最多の107試合に出場し、打率.287・17本塁打・64打点とキャリアハイの成績を残した。

2005年は101試合に出場し、自己最多タイの17本塁打を記録したが、シーズンオフにはツインズから放出された。 その後、ワシントン・ナショナルズとマイナー契約を結んだ。

2006年5月5日ヒューストン・アストロズ戦では、正捕手ブライアン・シュナイダーと二番手捕手ウィキ・ゴンザレス英語版が故障したため、自身も膝の骨棘に悩まされながらも、試合に出場した。しかし、7回までに6盗塁を許し、2つもエラーを記録したため、ロバート・フィックと交代させられた。6月18日DFAとなった。

2007年はナショナルズ傘下のマイナーチームの監督のオファーを蹴って、古巣・ツインズとマイナー契約を結んだ。 このシーズンはAAA級ロチェスター・レッドウイングスにて指名打者としてプレーしていた[3]。チームの第四捕手のホセ・モラレスが故障したため9月9日にメジャー昇格するが、シーズンオフにFAとなる。

2008年2月15日オークランド・アスレチックスとマイナー契約をするも、3月16日には放出される。 4月からは、アトランティック・リーグランカスター・バーンストーマーズでプレーした[4]。同年シーズン終了後に現役引退。

引退後[編集]

2008年11月にナショナルズ傘下のA級ヘイガーズタウン・サンズ英語版の監督に就任する。

2011年はA+級ポトマック・ナショナルズの監督、2012年はAA級ハリスバーグ・セネターズの監督を務めた。

2013年11月に2014年シーズンからナショナルズのブルペンコーチに就任が発表され[5]2015年まで務めた。

2016年からは再びAA級ハリスバーグの監督を務める[6]

選手としての特徴[編集]

公表されている身長と体重を見ても分かる通り、やや太っており、レスラーのような体格。そのため、足が遅く、2005年シーズンは101試合に出場し、二塁打を5本しか打っていない。

また、敏捷性が欠けており、以前は捕手をやっていたが、後に一塁手へ転向している。

かなりのパワーヒッターで、フルシーズン出場すれば25本前後の本塁打を期待出来る。しかし、右投手を打てない傾向があるため、左投手の時だけスタメンで出場することが多い。また、逆方向へ本塁打を打つのが上手い選手としても知られている。 なお、ツインズの選手としてサヨナラ満塁本塁打を放ったことのある数少ない選手の一人である。

詳細成績[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 MIN 56 190 167 18 29 10 0 5 54 17 0 0 1 3 17 2 2 38 6 .174 .254 .323 .577
2001 15 42 40 6 17 5 0 3 31 12 0 1 0 1 0 0 1 8 0 .425 .429 .775 1.204
2002 63 196 181 19 47 11 1 7 81 27 0 2 0 2 13 1 0 38 5 .260 .306 .448 .754
2003 107 374 345 39 99 19 0 17 169 64 0 1 0 0 25 1 4 82 8 .287 .342 .490 .832
2004 88 287 264 25 71 14 0 9 112 39 0 0 0 2 16 0 5 60 7 .269 .321 .424 .745
2005 101 350 304 33 79 5 0 17 135 50 0 0 0 1 41 2 4 85 7 .260 .354 .444 .798
2006 WAS 39 80 67 5 16 3 0 2 25 9 0 0 0 1 11 0 1 17 2 .239 .350 .373 .723
2007 MIN 7 20 20 1 3 1 0 0 4 0 0 0 0 0 0 0 0 4 1 .150 .150 .200 .350
通算:8年 476 1539 1388 146 361 68 1 60 611 218 0 4 1 10 123 6 17 332 36 .260 .326 .440 .766

背番号[編集]

  • 24 (2000年 - 2005年、2014年 - 2015年)
  • 18 (2006年)
  • 23 (2007年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]