マダムと女房

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マダムと女房
MadamuTonyobo.jpg
監督 五所平之助
脚本 北村小松
製作総指揮 城戸四郎
出演者 渡辺篤
田中絹代
市村美津子
主題歌 『スピード時代』
『スピードホイ』
撮影 水谷至広
星野斉
山田吉男
配給 松竹
公開 日本の旗 1931年8月1日
上映時間 56分[1]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

マダムと女房』(まだむとにょうぼう)は、1931年(昭和6年)公開の日本映画である。五所平之助監督。松竹蒲田撮影所製作。日本初の本格的なトーキー映画でもある。もとの題名は『隣りの雑音』。

概要[編集]

1927年アメリカで長編映画として世界初のトーキーといわれる『ジャズ・シンガー』が公開されると、日本でも各映画会社は研究を開始した。松竹蒲田撮影所長の城戸四郎はトーキーの導入に熱心だった。1931年に土橋武夫・土橋晴夫兄弟が国産の「土橋式」トーキーの開発に成功し、これを受けて城戸は本作を製作。日本初のトーキー映画となった。全編同時録音で撮影され、カットの変わり目で音が途切れぬよう、3台のカメラを同時に回して撮影された。

初のトーキー映画を意識していると見え、全編にわたってラジオの音声やの鳴き声、目覚まし時計の鳴る音など日常生活の音が数多く取り入れられている。

1931年度のキネマ旬報ベストテンで第1位にランクインされた。2013年2月11日NHK BSプレミアム山田洋次監督が選んだ日本の名作100本の1本として放送された。

ストーリー[編集]

劇作家の芝野新作は、脚本を書くために静かな環境を探すうちに画家と言い争いになる。そんな折、道でお風呂から出てきたのお客さんのマダムにぶつかってしまう。そのマダムは、新作と画家の言い争いを仲裁したのだった。後に芝野夫婦は田園調布に転居するが、新作は雑音に妨げられて仕事に集中できない。隣家のジャズの演奏がうるさいと、隣家に怒鳴り込む。しかし、先日言い争いを止めにきたマダムに魅せられてしまい、彼もジャズに入れ込んだ挙句、最後に演奏された曲『ブロードウェイ・メロディ』を口ずさみながら帰って来る始末。帰宅後、女房が怒っているのにも気が付かず脚本を書き始める。女房は新作に隣家のマダムについて質問した。女房はマダムに嫉妬していた。自分の部屋に行ってミシンを弄りながら新作にドレスを買ってもらおうとする。

キャスト[編集]

  • 芝野新作:渡辺篤
    主人公。劇作家。
  • その女房(絹代):田中絹代[2]
    新作の妻。
  • 娘テル子:市村美津子
    新作の娘。
  • 隣のマダム(山川滝子):伊達里子
    新作の隣家のマダムでジャズバンドのシンガー。
  • 画家:横尾泥海男
    冒頭で新作と言い争いをする。
  • 新作の友人:吉谷久雄
  • 同上:月田一郎
    新作の引越しの手伝いをする。
  • 見知らぬ男:日守新一
    新作の家にやって来て、薬の訪問販売をする。
  • 音楽家(マネージャー小林):小林十九二
  • 同上:関時男
    隣家の音楽家。
  • 運転手:坂本武
    画家の絵をトラックで踏みつけそうになる。
  • 隣の少女:井上雪子
  • 帝国ジャズバンド
  • 宮田ハーモニカバンド

スタッフ[編集]

  • 監督:五所平之助
  • 総指揮:城戸四郎
  • 原作・脚色:北村小松
  • ギャグマン:伏見晁
  • 撮影:水谷至広、星野斉、山田吉男
  • 美術:脇田世根一
  • 助監督:富岡敦夫、蛭川伊勢夫
  • 音響記録:土橋武夫、土橋晴夫

主題歌[編集]

  • 『スピード時代』
  • 『スピードホイ』
    • 作詞:サトウハチロー
    • 作曲:島田晴誉

逸話[編集]

  • 防音のためセットでの撮影は全て夜中に行われた。また、天井にズックを張り、床には畳を敷き詰めることで音を防いだ。
  • 豆腐屋の笛の音が撮影の邪魔になるため、音を止めてもらうために豆腐を買わされたという。時には、食べきれず家に持って帰ることもあった。
  • カメラの回転音を防ぐために、畳で囲われたカメラブースが造られた。このカメラブースは外から鍵がかかるようになっており、後の『上陸第一歩』の撮影で火事が起きた際、中にいたカメラマンの水谷文次郎が焼死しかけたことがあった。

参考文献[編集]

  • キネマ旬報社編『知っておきたい映画監督100・日本映画編』キネマ旬報社 ISBN 978-4-87376-317-0
  • 升本喜年『人物・松竹映画史蒲田の時代』平凡社 ISBN 4-582-28209-1

脚注[編集]

  1. ^ 上映会情報京橋映画小劇場 No.18 映画の教室2010”. 東京国立近代美術館. 2015年3月2日閲覧。
  2. ^ 当初は光喜三子が出演する予定であったが、撮影途中に姿を見せなくなり、事実上の降板となった。