マリア・ヨーゼファ・フォン・ハラハ

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マリア・ヨーゼファ・フォン・ハラハ
Maria Josefa von Harrach
リヒテンシュタイン侯妃
出生 1727年11月20日
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国ウィーン
死去 (1788-02-15) 1788年2月15日(60歳没)
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、ロウドニツェ・ナド・ラベム
配偶者 リヒテンシュタインヨーハン・ネポムク・カール
  ヨーゼフ・フォン・ロプコヴィッツ
父親 フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハラハ伯爵
母親 マリー・エレオノーレ・フォン・リヒテンシュタイン
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マリア・ヨーゼファ・フォン・ハラハ(Gräfin Maria Josefa von Harrach1727年11月20日 - 1788年2月15日)は、オーストリアの貴族女性。リヒテンシュタインヨーハン・ネポムク・カールの妻。

フリードリヒ・アウグスト・フォン・ハラハ伯爵とその妻でリヒテンシュタイン侯アントン・フローリアンの娘マリー・エレオノーレ(1703年 - 1757年)の間の四女として生まれた。1744年5月19日、母方の従兄にあたるリヒテンシュタイン侯家の当主ヨーハン・ネポムク・カールと結婚した。ヨーハンとは間に子供のないまま結婚後4年で死別した。1752年11月28日に弟系ロプコヴィッツ侯家の当主ヨーゼフ(1724年 - 1802年)と再婚し、間に2男2女をもうけたが、成育したのは娘1人だけだった。

参考文献[編集]

  • Centre d'Études des Dynasties Royales Européenes