マルジャア・アッ=タクリード

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マルジャア・アッ=タクリード (Arabic: مرجع تقليد / مرجع ديني、マルジャエ・タグリード)とは、習従の源泉、模倣の鑑の意。ペルシア語ではマルジャエ・タクリードである。十二イマーム派で、イスラーム法学の最高有識者として、その法見解に従う一般信徒を有するイスラーム法学者。通常アーヤートッラー・オズマー(大アーヤートッラー)と呼ばれるが、こちらは有識な法学者の尊称として流動性の高い使われ方をするため、厳密にはマルジャア・アッ=タクリードと合致しない場合もある。マルジャア・アッ=タクリードとは、一般信徒たちの信仰生活上の疑問に答え、一般信徒たちは彼に宗教税(ザカートやフムス)を支払う。ただし、一般信徒が習従する対象となる分野は、専門的知識が求められる細則の分野であり、信者として確信を持つべき基本的信仰(十二イマーム派の五信、すなわち神の唯一性、預言者、来世、正義、イマーム)の分野での習従は禁じられる[1]

歴史[編集]

十二イマーム派サファヴィー朝によって国教となったが、サファヴィー朝崩壊後、十二イマーム派内においてベフバハーニーの率いるウスーリー派がアフバール派を18世紀後半に駆逐し、十二イマーム派でイジュティハードが協議上確立した。こうしてイジュティハードの資格を持つ法学者(ムジュタヒド)とそうでない一般信徒(ムカッリド)とか峻別されることになり、さらにムジュタヒドのなかで権威の集中化がなされ、最有識のムジュタヒドとしてのマルジャア・アッ=タクリードが発生した。

最初のマルジャア・アッ=タクリードはハサン・ナジャフィーであるが、その弟子モルタザー・アンサーリーの時に制度的に発展した[1]

タグリードに関する細則からの側面[編集]

マルジャア・アッ=タクリードと一般信徒の関係は以下のようになっている[2]

タグリードの対象となる行為領域[編集]

一般信徒のタグリードの対象から外れる領域は①宗教の基本:オスーレ・ディーン、ならびに②必須、確信、事実判別である。①のオスーレ・ディーンのタグリードは禁止であるが、②は義務ではないという意味の許容になる。

上記以外の分岐的規範は、マルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることが一般信徒の義務である。この分岐的規範は、政治、道徳、文化、経済、社会、司法、刑法、儀礼行為、軍事そのほか全ての側面に及ぶイスラームのアフカームである。アフカームとは、イスラームにおける行為の命令全てであり、大きく賦課的アフカームと説明的アフカームの二つに大別される。

この内、賦課的アフカームはつぎの5種類に分かれる。

①義務、例えば祈りで、それをしないことは罰の対象となる。

②禁止、例えば利子で、することは罰の対象となる。

③推奨、例えば夜の祈りで、することは報酬を受けるが、しなくとも罰は受けない。

④避忌、例えば熱い食物で、避けることは報酬を受けるが、罰を受けない。

⑤許容、例えば自然水の飲用で、罰・報酬いずれの対象ともならない。

以上の五範疇の行為に関して、一般信徒は単に義務や禁止のみならず、推奨、避忌、許容に関してもマルジャア・アッ=タクリードからタグリードすることが義務である43

タグリードの義務を負う信徒[編集]

タグリードする義務を負う信徒すなわちモガッレドはつぎの条件を持つものである[2]

①成年に達し、理性を備えていること。

②モジュタヒドではないこと。

③モフタートすなわち過ちを犯さないよう、エフティヤートつまり慎重な行為を行う者ではないこと。

ただしモジュタヒドがタグリードすることは禁じられるが、モフタートの場合はタグリードしないことが許容となる。

モジュタヒドとは言うに及ばず、モフタートもまた、イスラーム法に関する専門的な知識が要求される。従って、そうではない一般信徒にとって、マルジャア・アッ=タクリードに追従する義務がないものは①成年に達しない子供か②精神に障がいがある者ということになる。また、家族の成員が家長にタグリードすること、また妻が夫にタグリードすることも認められず、家族内の義務能力者はそれぞれが独自にマルジャア・アッ=タクリードにタクリードすることが求められる。

資格[編集]

①男性であり、②成年であり、③理性を持ち、④十二イマーム派信徒であり、⑤嫡出子であり、⑥物故者でない、⑦公正であること。また、義務としてのエフティヤールに基づき①現世欲を有さず、②最有識のムジュタヒドであること。以上がその資格である[2]。選出はしばしば上位法学者の交渉と妥協の産物であり、後継指名者や選挙といった定まった制度はないが、一般信徒の信仰生活上の指針の書を著すこと、および広く信徒から認められることがその条件である。また物故したマルジャア・アッ=タクリードに習従することは原則として禁じられる。

以上の条件の内、⑦存命中であることに関しては、次のような細則がある。

①まず、他界したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることは許されない。つまり、成年になって義務能力者として新たにタグリードを始めるものは、物故したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることはできない。

ただし、すでに成年に達し、あるマルジャア・アッ=タクリードにタグリードしてきた者はそのマルジャア・アッ=タクリードが死去したときつぎの選択肢がある。一つは存命中のマルジャア・アッ=タクリードを選び彼にタグリードすることである。もう一つは新たに選んだマルジャア・アッ=タクリードが出す許可の範囲で、他界したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることが継続できる。

従って、故ホメイニー師にタグリードしていた者は、存命中の別のマルジャア・アッ=タクリードの見解やファトワーに基づいて、故ホメイニー師をタグリードし続けることもできる。ただし、死去したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードする場合、存命中のマルジャア・アッ=タクリードからその旨のファトワーを得なければタグリードしないことと同じことになる。

②最初のマルジャア・アッ=タクリードが死去し、次に別のマルジャア・アッ=タクリードにタグリードするが、このマルジャア・アッ=タクリードも死去した場合、死者にタグリードする問題は死去したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることを義務とするか許容とする第三のマルジャア・アッ=タクリードにタグリードしなければならない。もし、彼が死者にタグリードすることを義務とする場合、第一番目のマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることができるが、許容とする場合は二番目のマルジャア・アッ=タクリードにタグリードを続けるか、存命中のマルジャア・アッ=タクリードにロジューする(一部のシャリーア問題で他のマルジャア・アッ=タクリードに見解を求めること)かのいずれかを選択しうる。

③死者にタグリードすることを許容するマルジャア・アッ=タクリードに従っていて、このマルジャア・アッ=タクリードが亡くなった場合、そのままこの問題で彼をタグリードすることは許容されず、エフティヤートの状態で、存命中のの最有識のモジュタヒドにロジューすることが義務である。

④死者にタグリードする者は宗教税ホムスやザカートの支払いに関して、この死者に対するタグリードに関するファトワーを出したモジュタヒドに諮らなければならない。

次に義務としてのエフティヤートとして、マルジャア・アッ=タクリードは最も有識度が高くなければならないが、詳しくは次の内容を意味する。

①最も有識なモジュタヒドとは聖法を理解するにおいてその時代において他の全てのモジュタヒドよりも優れていることであり、諸問題においてその証拠と規定に、より通暁し、例やスンナにおいて情報がより多く、ハディースの理解度はより優れ、演繹力はより強く、優れていなければならない。

②もし二人のモジュタヒドがおり、一人は信者相互間の問題に最も有識であり、もう一人は儀礼問題の最も有識である場合は、分野を分けてそれぞれのモジュタヒドにタグリードする。

③経験さよりも有識度がマルジャア・アッ=タクリードの条件である。

④単に理論や法学においてのみならず、政治社会経済においても有識でなければならない。有識なモジュタヒドを探すことは、一般信徒にとって宗教的義務である。

かかるタグリードの対象となるモジュタヒドを一般信徒が選ぶ方法は次の通りである。

①自ら確信する。ただしこの場合は自らが有識者である必要がある。

②二人の有識にして公正な人物が認めるモジュタヒドをタグリードの対象とする。ただし他の二人の有識にして公正なる人物がモジュタヒドに反対しないこと。

③三人以上の有識者が認めるモジュタヒドをタグリードの対象とする。

最も有識なモジュタヒドを探している間、一般信徒はエフティヤートに基づき行動しなければならない。これはエフティヤートに近いモジュタヒドのファトワーに従うことで充分である。

最も有識なモジュタヒドが見出せない場合は、次の三つのケースになる。

①あるモジュタヒドが最も有識があることに確信が持てず、より有識なモジュタヒドが他にいると思われる場合は、義務としてのエフティヤートによって彼にタグリードする。

②二人のモジュタヒドの内、いずれが有識か確信を持てない場合は、推測でより有識と思われるものにタグリードする。

③複数のモジュタヒドが同等であるとみられるとき、その一人にタグリードする。

マルジャア・アッ=タクリードの変更[編集]

全てのシャリーア問題でマルジャア・アッ=タクリードを乗り換える人はオドゥールと呼ぶ[2]

オドゥールが義務となるのは、次のような場合である。

①後になってそのマルジャア・アッ=タクリードが最も有識でなく、また公正でないことが判明した場合。

②例えば老人惚けでマルジャア・アッ=タクリードがその資格を満たさなくなったとき。

オドゥールが許容されるのは次のような場合である。

①存命中のマルジャア・アッ=タクリードから同等のマルジャア・アッ=タクリードにオドゥールすることができる。

②他界したマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることは原則としてできないが、存命中のモジュタヒドのファトワーによって可能となる。そして、一部のシャリーア問題で、あるモジュタヒドにタグリードし、その死後に全ての問題でタグリードすることができる。

オドゥールが許可されない場合は次のような場合である。

①マルジャア・アッ=タクリードが、より有識であるか、道東である場合以外はオドゥールは禁じられる。

②最有識のモジュタヒドにタグリードすることは義務であるが、もし、最有識のモジュタヒドが最有識のモジュタヒドからタグリードすることを義務とするファトワーを出せば、他のマルジャア・アッ=タクリードからタグリードすることは禁じられる。

部分的タグリード[編集]

一部のシャリーア問題で、他のマルジャア・アッ=タクリードにタグリードするものをロジューと呼ぶ[2]

ロジューが認められるのは主として次の場合である。

①火急的状況で、自分のマルジャア・アッ=タクリードにホクムを求める時間的余裕が無い場合、自分のマルジャア・アッ=タクリードに次いで有識なマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることができる。

②同等のマルジャア・アッ=タクリードの場合は、問題に応じてロジューすることができる。

③有識度が劣るマルジャア・アッ=タクリードと最有識のマルジャア・アッ=タクリードのファトワーが一致する場合、あるいは劣るマルジャア・アッ=タクリードのファトワーに最有識のマルジャア・アッ=タクリードが反対しない場合も、劣るマルジャア・アッ=タクリードにタグリードすることができる。

④自分のマルジャア・アッ=タクリードがファトワーを出さない場合、他のマルジャア・アッ=タクリードにロジューできる。

一方、ロジューが認められないのは次の場合である。

①ある問題で、モガッレドが一人のマルジャア・アッ=タクリードのファトワーに基づいて行為し、そのマルジャア・アッ=タクリードが他界した場合、その問題で存命中のマルジャア・アッ=タクリードのファトワーに従った場合、再度その問題で他界したマルジャア・アッ=タクリードのファトワーに沿うことはできない。

制度の近況[編集]

当初、マルジャア・アッ=タクリードは一人であったが、モハンマド・シーラーズィー後は、数名が連立し、さらに追加される者が出始めたことで、常時、複数連立する状況となった。イラン革命で法学者の統治体制を樹立し指導者となったホメイニーもその一人であったが、その死去以後、指導者となったハーメネイーは下位法学者であったため、マルジャア・アッ=タクリードと指導者の一致が困難になった。この問題は既存のマルジャア・アッ=タクリード制のあり方に変容を迫り緊張をもたらしている[1]

現体制内において、最高指導者と宗教権威の関係につき大きく二つの立場を見ることができる[3]。一つはマルジャア・アッ=タクリードの資格そのものを見直そうとするものであり、あわせて最高指導者をマルジャア・アッ=タクリードとしてその一致を追求する立場である。この立場として、モハンマド・ヤズティー師の見解や、憲法擁護評議会ジャンナティー師がアラーキー師が亡くなったとき、金曜礼拝の場で述べた次の見解もその例として挙げられる[4]

一方、もう一つの立場として、従来からのマルジャア・アッ=タクリードの存続を認めつつ、彼らの権威を制限し、最高指導者をヴァリーイェ・ファギーフとしてその権限をマルジャア・アッ=タクリードの上位に位置付けようとする立場がある[3]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 富田健次 (2002年). “マルジャア・アッ=タクリード”. 岩波イスラーム辞典: 935. 
  2. ^ a b c d e عبد الرحيم، مقاهی (1992). رساله نمونه احکام تقلید و اجتهاد مطلق با فتوا و نظریت حضرت خمینی. مرکز انتشارات دفتر تبلیغات اسلامی. 
  3. ^ a b 富田健次 (1997年). “ヴェラーヤテ・ファギーフ体制とマルジャエ・タグリード制度”. 大分県芸術文化短期大学研究紀要 35: 39-58. 
  4. ^ “کیهان”. (1994年12月7日) (1994/12/7発行)