マルセル・ジュノー

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Marcel Junod in 1952(© Benoit Junod, Switzerland)
広島平和記念公園にある顕彰記念碑
マルセル・ジュノー(左)。エチオピア戦争の時、アディスアベバにて撮影。

マルセル・ジュノーMarcel Junod1904年5月14日 - 1961年6月16日)はスイス医師ジュネーヴ大学麻酔科学を専攻。赤十字国際委員会の派遣員を第二次エチオピア戦争スペイン内戦第二次世界大戦の期間に渡って務めた人物である。第二次世界大戦後、赤十字国際委員会副委員長も務めた。

経歴[編集]

特記事項[編集]

彼はスペイン内戦の際にはフランコ政権側から、第二次世界大戦時にはドイツ側から危険分子とみなされており、ゲシュタポの拘束を受けたこともある。広島の惨状を知った際にはいち早くGHQに交渉して医療物資を提供させるなど交渉人としても卓越した人物であった。

参考文献・資料[編集]

  • マルセル・ジュノー(著)、丸山幹正(訳)『ドクター・ジュノーの戦い 増補版』(勁草書房、1991年) ISBN 4-326-75037-5
  • 『赤十字新聞 第771号』(日本赤十字社2004年8月1日発行)
  • 太田成美 訳・著『赤十字の源泉を求めて-エピソードでつづる赤十字の心-』(日本赤十字社)
  • テッサ・モーリス-スズキ(著)、田代泰子(訳)『北朝鮮へのエクソダス』(朝日新聞出版、2011年)ISBN 978-4-02-261706-4

補記[編集]

日本テレビ系列で放送されていた『知ってるつもり?!』で、生涯や功績が取り上げられた。

脚注[編集]

  1. ^ この時にスウェーデン赤十字社から救援物資輸送機のパイロットとして派遣されたカール・グスタフ・フォン・ローゼンと出会ったことが『ドクター・ジュノーの戦い』に記されている
  2. ^ テッサ・モーリス-スズキ、302ページ。

関連項目[編集]