マンハイム - バーゼル線

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
マンハイム - バーゼル線
Karte Rheintalbahn.png
基本情報
ドイツ
所在地 バーデン=ヴュルテンベルク州
起点 マンハイム中央駅
終点 バーゼル・バディッシャー駅
路線記号 4000 (Mannheim–Basel)
4002 (Heidelberg–Heidelberg)
4280 (Rastatt Süd–Offenburg und Schliengen–Haltingen)
路線番号 665.3-4 (Mannheim–Heidelberg)
701 (Heidelberg–Karlsruhe)
702 (Karlsruhe–Offenburg)
703 (Offenburg–Basel)
開業 1840年9月12日
全通 1855年2月20日
所有者 ドイツ鉄道
運営者 ドイツ鉄道
路線諸元
路線距離 270.7 km
軌間 1435 mm (標準軌)
線路数 複線、複々線
複線区間 全区間
電化区間 全区間
電化方式 15000 V/16.7 Hz 交流
架空電車線方式
保安装置 点形列車制御装置、連続列車制御装置
最高速度 250 km/h
線路等級 D4
テンプレートを表示

マンハイム - バーゼル線 (ドイツ語: Bahnstrecke Mannheim-Basel) はバーデン=ヴュルテンベルク州のマンハイムとスイスのバーゼルを結ぶ複線の電化鉄道である。主要な経由地はハイデルベルク、ブルクサール、カールスルーエ、ラーシュタット、バーデン=バーデン、オッフェンブルク、フライブルク・イム・ブライスガウ等であり、この路線は経由地のことから「ライン谷線」或いは「上ライン線」とも呼ばれる。

マンハイム - バーゼル線はバーデン本線の一部として建設されて、マンハイム - ラシュタット区間はバーデン・ライン線と並んで続く。1987年4月からカールスルーエ - バーゼル高速新線及び改良線建設は実施されており、2017年基準で2030年の完工が計画されている。

概要[編集]

マンハイム - バーゼル線は旅客輸送だけではなく貨物輸送の側面にもドイツ一の輸送量の多い路線と言われる。特にフランスやスイスの国際列車もこの路線に多く運行されることもその理由である。2011年にもこの路線の通行量は126 %で多すぎる状態と思われ、列車は特に短い間隔で運行されねばならない[1]。ICやICEなど特急列車の停車駅はマンハイム中央駅ハイデルベルク中央駅カールスルーエ中央駅、フライブルク中央駅、バーゼル・バディッシャー駅で、遠距離列車は時にはヴィースロッホ=ヴァルドルフ駅、ブルクサール駅、カールスルーエ・ドゥアラッハ駅、ラシュタット駅、バーデンバーデン駅、オフェンブルク駅にも停車する。

マンヘイム - カールスルーエ区間には2003年12月からラインネッカーSバーン列車が運行されている。ブルクサル - ラシュタット - アッヘルン区間にはカールスルーヘのトラムトレインの路線網は運営されている。他の区間には普通列車や快速列車が30分或いは60分間隔で走行する。

この路線の起点と終点に大規模の貨物用操車場が本線の両側面にある。ハイデルベルクの操車場は廃止され、今はバーンシュタット町の住宅地区となった。主要貨物駅はカールスルーヘ、オフェンブルク、フライブルクに所在する。特にカールスルーエ貨物駅には電子式信号扱い所が設置され、貨物列車はカールスルーエの中央指令所から統制を受ける。

沿線概況[編集]

マンハイム - ハイデルベルク間は西南ドイツで最古区間であり、この区間には遠距離列車、快速列車、Sバーン列車、貨物列車がとても頻繁に通行している。列車は一直線にライン地溝帯を貫通してハイデルベルクへ向かう。フリードリヒスフェルトではマイン=ネッカー線は三角線の形態でこの路線に接続する。ハイデルベルク中央駅は本来、現在のアデナウアー広場に頭端式ホームの形で位置して、中心地への接近は容易だった。1914年ハイデルベルク私家の西端に貨物駅と操車場が開業され、中央駅移転のための作業は開始された。1955年でハイデルベルク中央駅は現在のところで開業された。ハイデルベルク貨物駅と操車場は廃止され、フリードリヒスフェルト - ヴィーブリンゲンの複々線区間で二つの線路が使用されている。

ハイデルベルク - カールスルーエ区間はライン地溝帯の東端に沿って南北方向に連結されている。ハイデルベルク中央駅から列車は南の方向に走行して、ヴィースロッホ=ヴァルドルフ駅を経てアウトバーン6号の下を横切る。この路線はロート=マルシュ駅、バート・ショェンボルン・クロナウ駅へ通じて、クロナウ駅の右側にはキスラウ城が見える。ウプシュタット=ヴァイハー駅からウプシュタット側の連結線がまず分岐して、カツバッハ線はこの路線に合流する。列車は高速線のブルクサール・ロレンベルクからブルクサール駅方向の連結線とブルーハイン線の分岐点を次々通過して、ブルクサール駅に至る。ヴュルテンベルク西部鉄道はそこから分岐し、この路線はクライヒガウ丘陵の側面を沿って、カールスルーエ - ミュールアッカー線と合流しドゥアラッハ駅に至る。列車は続いてアウトバーン5号の下を通過し、バーデンライン線の接続の後、カールスルーエ中央駅に到着する。

カールスルーエ - ラシュタット区間は他の区間と違って、ライン地溝帯の動端線から離れている。ラシュタット - バーゼル区間の中で湾曲部の多い区間はシュリーンゲン - エフリンゲン・キルヒェン区間であり、この路線はライン河とイシュタイン山稜 (Isteiner Klotz) の間を過ぎ、シュヴァルツヴァルトの斜面の村へ続く。その区間はアウトバーン5号と並んで続くが、この路線はアウトバーンのように低地帯に建設されなかった。線路建設の当時にライン河の人工的整備がまだ行われなかったので、村より低い地帯は水害領域となっていた。バーゼル・バディッシャー駅からバーデン本線の後半のホッホライン線とバーゼル連絡線がこの路線を継承する。

歴史[編集]

バーデン鉄道時代[編集]

ドイツ国内の路線はバーデン大公国邦有鉄道によって投資・建設された。バーデン大公国の法律によってバーデン本線の敷設は1838年3月28日決定された。その内容はマンハイム - バーゼル近郊の主要経由地の指定、国家予算による建設、複線化に対する道床確保、マンハイムで工事開始及び主要都市連結と要約できる[2]。他の文献には起点のマンハイムは終点のバーゼルのみは決定されたと書かれても、法令と比べると、それは矛盾ありと思われる[3]。1837年設置された技術建設局 (Technische Baukommision) は、建設費用をできるだけ低く保ち続けて、運行時間の最小化の為に直線経路で全ての大都会を連結する過程を法案として発議した。

1840年12月12日マンハイム - ハイデルベルク区間の開通を初めて、ライン谷線の部分は1855年2月20日まで11段階をかけて開業された。ハイデルベルク - カールスルーエ区間の最初の経路選定ではシュヴェツィンゲンが候補地となったが、バーデン議会から議員たちはブルクサール経由の路線案を指示した[4]。1846年1月2日聖イルゲンで列車衝突事故が起きて、その結果死亡者は1人、負傷者は16人だった[5]。この事故はドイツで死亡者が出た最初の鉄道事故だった。バーデン本線は最初に1600 mmの軌間で建設された。しかし他国の鉄道路線は標準軌で建設されて、バーデン本線も1854年から1855年まで同じ軌間で改修された。

1870年マンハイム - カールスルーエ区間で別の新線はマンハイムの支援で開業され、バーデン本線はバーデン・ライン線と接続することになった。1888年からバーデンの複線鉄道の通行方式は左側通行から右側通行に段階的に変更された。1895年通行量分散に寄与したライン線は軍事・戦略的な目的でラシュタットまで延伸され、この区間の鉄道路線は二つとなった。マンハイム - バーゼル区間には交通量の継続的な増加、都会の拡張で主要駅の改修と施設拡張は不可避となった。それでカールスルーエ、マンハイム、ハイデルベルク、バーゼル、フライブルクで新しい貨物駅と操車場が建設された。カールスルーエ中央駅とバーゼル・バディッシャー駅は移転され、1913年現在の位置で開業された。バーデン本線はアルザスの本線とは1914年まで激しい競争関係だった。

ドイツ帝国鉄道時代[編集]

1920年ドイツ帝国鉄道の設立後、バーデン本線は他の路線とともに帝国鉄道に所属することにんだった。バーデン邦有鉄道形式の機関車だけではなく、他の邦有鉄道出身の機関車や新開発の機関車もこの路線に投入された。

フランスは既にアルザスとロレーヌ地方を取り戻して、バーデン本線は国境線と隣接する路線となり、それは軍事的な観点では正式の列車運行は不可能だった。1923年2月フランス軍はルール地方だけではなくオフェンブルクとアペンヴァイアーを占領した以来、バーデン本線の列車通行はこの区間で断絶され、列車は遠い距離で迂回せねばならなかった。しかしその迂回経路は長期的にバーデン本線の代替経路ではなかった。この事件はフランスの攻撃にバーデン本線はどれほど敏感なのかを見せたことである。それで国境線と離れているシュトゥットガルト - ジンゲン間とジンゲン - チューリッヒ間は新しいドイツ、スイス、イタリアの交通の主要経路として計画的に改修された。

1928年から1939年まで豪華列車のライン黄金号がカールスルーエ - バーゼル区間で通行して、後でその列車はヨーロッパ国際特急の一部に編入された。オリエント急行もストラスブール - カールスルーエ区間をこの路線経由で走行した。

ドイツ連邦鉄道時代[編集]

第二次世界大戦の中にはバーデン本線は他の幹線鉄道と同じく主要駅・橋梁・重要施設に激しい爆撃を受けた。終戦後マンハイム - カールスルーエ間はアメリカの占領地となって、ラーシュタット - バーゼル付近の境界線間はフランスの管轄下に落ちた。戦争賠償としてオフェンブルク - デンツィンゲン区間の二番目の線路は1946年に撤去され、フランス占領軍に献納されねばならなかった。その単線区間は急激に多くなった通行量で瓶の首になったので、スイスの要請によって1950年まで再び複線化された。

ライン谷線の電化は1950年代に行われて、1958年6月電気運転は実現された。1960年代末に信号施設はオフェンブルク - バーゼル区間で根本的に改善された。その時までフライブルク駅の機械式の信号システムの設置区間はリレイ式の信号扱い所のシステムに置き換えられた。列車通行量は1960年代末に一日・一方向当たり列車編成数は100以上に至った。

1987年5月マンハイム - シュトゥットガルト高速線の中でマンハイム - グラーベン=ノイホーフ区間は開通して、ライン谷線の通行量は分散され、地域列車の均等な間隔の運行は可能になった[6]。アヘルンとフライブルクで信号扱い所は電子式として改築され、ロイタースベルク、バート・クロツィンゲン、ハイタースハイム、ミュルハイム (バーデン) の信号機及び保安装置はCIR-ELKE (Computer Integrated Railroading - Erhöhung der Laistungsfähigkeit im Kernnetz。「コンピュータ統合路線運営-核心鉄道網の性能向上」を意味す。) 方式に調整され、連続列車制御装置で装備された。

ドイツ鉄道時代[編集]

カールスルーエ - バーゼル高速線建設過程でカールスルーエ - オフェンブルクの全区間は160 km/hの速度で走行できるよう改修されるべしだった[7]。ドイツ・スイスの条約によれば、2008年まで全ての区間は少なくとも複々線に改良されるべしで、それはこの路線をイタリア方面のゴッタルド基底トンネルと連結する為だった。ドイツ鉄道はその目的で「カールスルーエ - バーゼル高速新線及び改良線プロジェクト」を公布した[8]

2012年12月9日シュリーンゲンとハルティンゲンの間にカッツェンベルクトンネルの貫通する高速線が開通した。それでバーゼル地域の高速な旅客運送と貨物運送は分離されることとなった。

2017年8月12日ラシュタットトンネルの建設途中で線路の基盤が陥没する事故が起きた。それでラシュタット - バーデン=バーデン区間に列車運行が中止され、別のバスと大形貨物車が投入された。

運行形態[編集]

遠距離輸送[編集]

ライン谷線には様々なICE・IC・EC列車が通行している。パリ - シュトゥットガルト区間を往復するTGV列車はこの路線を経由するが、カールスルーエ中央駅のみに停車する。

  • ICE 12: ベルリン - ブラウンシュヴァイク - カッセル・ヴィルヘルムスホェーエ - フランクフルト - マンハイム - カールスルーエ - バーゼル - ベルン - インターラーケン東。120分間隔。
  • ICE 20: ハンブルク - ハノーファー - カッセル・ヴィルヘルムスホェーエ - フランクフルト - マンハイム - カールスルーエ - バーゼル - ベルン - インターラーケン東。120分間隔。
  • ICE 43: (アムステルダム/ドルトムント -) ケルン - フランクフルト空港 - マンハイム - カールスルーエ - バーゼル。120分間隔。
  • TGV 84: フランクフルト (マイン) - マンハイム - カールスルーエ - バーデン=バーデン - ストラスブール - ミュルーズ・ヴィレー - ブザンソン - リヨン・パールデュー アヴィニョンTGV - エクサンプロバンスTGV - マルセイユ・聖シャルル。1日一往復。
  • TGV: フライブルク - ミュルハイム - ミュルーズ・ヴィレー - パリ・リヨン。1日一往復[9]
  • ECE 85: フランクフルト (マイン) - マンハイム - カールスルーエ - バーデン=バーデン - フライブルク (ブライスガウ) - バーセル - ルツェルン - ベリンツォーナ - ルガーノ - コモ - ミラノ中央駅。1日一往復。使用車両はETR610電車。
  • EC 30: ハンブルク - ドルトムント - ケルン - コブレンツ - マンヘイム - カールスルーエ - フライブルク - バーゼル・バディッシャー駅 - バーセルSBB - チューリッヒ/インターラーケン東。1日3往復。
  • IC 35: ノルトダイヒ=モーレ - ミュンスター - デュースブルク - ケルン - コブレンツ - マンヘイム - カールスルーエ - オフェンブルク - トリベルク - ジンゲン - コンスタンツ。1日一本運行。
  • IC 60: (バーゼル・バディッシャー駅 - フライブルク - バーデン=バーデン -) カールスルーエ - ブルクサール - シュトゥットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン (- ローゼンハイム - ザルツブルク)。120分間隔。
  • NJ: チューリッヒ - バーゼルSBB - バーゼル・バディッシャー駅 - フライブルク (ブライスガウ) - オフェンブルク - カールスルーエ - マンハイム - フランクフルト南 - フルダ - ゲッティンゲン - バルリン東/ハンブルク[10]。オーストリア連邦鉄道所属の夜行列車。

地域輸送[編集]

マンハイム - バート・ショェンボルン南区間はラインネッカー運輸連合 (Verkehrsverbund Rhein-Neckar、VRN) の管轄区域であり[11]、バート・ショェンボルン=クロナウ - ビュール (バーデン) 区間はカールスルーエ運輸連合 (Karlsruher Verkehrsverbund、KVV) に属している[12]。他にはアヘルン - リンスハイム区間はオルテナウ郡運輸連合 (Tarifverbund Ortenau、TGO) [13]、ヘルボルツハイム - アウゲン区間はフライブルク地域運輸連合 (Regio-Verkehrsverbund Freiburg、RVF) [14]、シュリーンゲン - バーゼル・バディッシャー駅区間はロェアラッハ郡運輸連合 (Regio Verkehrsverbund Lörrach、RVL) の管轄下にある[15]

  • RE 2: マンハイム - ハイデルベルク - ジンスハイム - ハイルブロン。
  • RE 3: マンハイム - ハイデルベルク - エバースバッハ - ハイルブロン。
  • RE: ハイデルベルク - ヴィースロッホ=ヴァルドルフ - ブルクサル - ブレッテン - ミュールアッカー - シュトゥットガルト。
  • RE: カールスルーエ - カールスルーエ・ドゥアラッハ - ミュールアッカー - シュトゥットガルト。
  • RE: カールスルーエ - ラシュタット - バーデン=バーデン - ビュール (バーデン) - アヘルン - オフェンブルク - フィリンゲン (シュヴァルツヴァルト) - ジンゲン - コンスタンツ。60分間隔。
  • RE: オフェンブルク - ラール (シュヴァルツヴァルト) - エメンディンゲン - デンツリンゲン - フライブルク (ブライスガウ) 。
  • RE: フライブルク (ブライスガウ) - バート・クロツィンゲン - ミュルハイム - ラインヴァイラー - ハルティンゲン - ヴァイル (ライン) - バーゼル。60分間隔。
  • RB 68: フランクフルト - ダルムシュタット - ベンスハイム - ヴァインハイム - ハイデルベルク (- ヴィースロッホ=ヴァルドルフ)。60分間隔。使用車両はDB446形電車。
  • RB: オフェンブルク - ラール (シュヴァルツヴァルト) - エメンディンゲン - デンツリンゲン - フライブルク (ブライスガウ)。60分間隔。
  • BSB: エルツァッハ - ヴァルトキルヒ - デンツリンゲン - フライブルク。
  • ラインネッカー S 1: ホムブルク (ザール) - カイザースラウテルン - ノイシュタット - シファーシュタット - ルートヴィヒスハーフェン (ライン) - マンハイム - ハイデルベルク - ネッカーゲミュント - エーバーバッハ - モースバッハ (バーデン) - ゼクアッハ - オスターブルケン。60分間隔。使用車両はDB425形電車。
  • ラインネッカー S 2: カイザースラウテルン - ノイシュタット - シファーシュタット - ルートヴィヒスハーフェン (ライン) - マンハイム - ハイデルベルク - ネッカーゲミュント - エーバーバッハ - モースバッハ (バーデン) 。60分間隔。使用車両はDB425形電車。
  • ラインネッカー S 3: ゲルメルスハイム - シフェーシュタット - ルートヴィヒスハーフェン (ライン) - マンハイム - ハイデルベルク - ヴィースロッホ=ヴァルドルフ - ブルクサル - カールスルーエ・ドゥアラッハ - カールスルーエ。60分間隔。使用車両はDB425形電車。
  • ラインネッカー S 4: ゲルメルスハイム - シフェーシュタット - ルートヴィヒスハーフェン (ライン) - マンハイム - ハイデルベルク - ヴィースロッホ=ヴァルドルフ - ブルクサル。60分間隔。使用車両はDB425形電車。
  • カールスルーエ S 31: オーデンハイム - ウプシュタット・オルト - ブルクサル - カールスルーヘ・ドゥアラッハ - カールスルーエ。
  • カールスルーエ S 32: オーデンハイム - ウプシュタット・オルト - ブルクサル - カールスルーヘ・ドゥアラッハ - カールスルーエ。
  • カールスルーエ S 7: カールスルーエ・トゥラー街 - カールスルーエ中央駅広場 - ラシュタット - バーデン=バーデン - ビュール (バーデン) - アヘルン。
  • カールスルーエ S 71: カールスルーエ - エティンゲン西 - ムゲンストゥルム - ラシュタット - バーデン=バーデン - ビュール (バーデン) - アヘルン。
  • カールスルーエ S 81: カールスルーエ - エティンゲン西 - ムゲンストゥルム - ラシュタット - フロイデンシュタット。

参考文献[編集]

  • Werner Greder: Bruchsal und die Eisenbahn. Entstehung der Eisenbahnen in und um Bruchsal in den Jahren 1843–1914. Bruchsal 1983, DNB 890008930 (Veröffentlichung Nr. 2 der Historischen Kommission der Stadt Bruchsal). (ドイツ語)
  • Albert Kuntzemüller: Die Badischen Eisenbahnen. Verlag G. Braun, Karlsruhe 1953. (ドイツ語)
  • Karl Müller: Die badischen Eisenbahnen in historisch-statistischer Darstellung. Heidelberger Verlagsanstalt und Druckerei, Heidelberg 1904 (Online-Version). Reprint 2010 ISBN 1148112391. (ドイツ語)
  • Helmut Röth: Auf Schienen zwischen Odenwald und Pfalz. Fotografien 1955–1976. Verlag Pro Message, Ludwigshafen am Rhein 2006, ISBN 3-934845-18-5 (297 alte Fotografien). (ドイツ語)

脚注[編集]

  1. ^ Nikolaus Doll, Steffen Fründt, Ernst-August Ginten, Thomas Heuzeroth, Birger Nicolai, Andre Tauber und Daniel Wetzel: Bodenlos. In: Welt am Sonntag. Nr. 19, 12. Mai 2013, ZDB-ID 1123516-0, S. 13
  2. ^ Gesetz betr. die Erbauung einer Eisenbahn von Mannheim bis an die Schweizer Grenze bei Basel: ドイツ語のウィキソース
  3. ^ 出典: Deutsche Reichsbahn: Handbuch der deutschen Eisenbahnstrecken: Eröffnungsdaten 1835–1935. Nachdruck Mainz 1984, ISBN 3-921426-29-4 Nr. 1840/10
  4. ^ Greder: Bruchsal und die Eisenbahn. Bruchsal 1983, S. 16.
  5. ^ Hans Joachim Ritzau: Eisenbahn-Katastrophen in Deutschland. Splitter deutscher Geschichte. Bd. 1: Landsberg-Pürgen 1979, S. 55.
  6. ^ 11 Erich Fein: Die Westliche Einführung der Riedbahn in den Hauptbahnhof Mannheim. In: Die Bundesbahn. Jahrgang 61, 1985, ISSN 0007-5876, S. 401–408.
  7. ^ Johann Leonhäuser: Brücken für die ABS/NBS Karlsruhe–Basel im Abschnitt Karlsruhe–Offenburg. In: Die Bundesbahn. Jahrgang 66, Nr. 5, Mai 1990, ISSN 0007-5876, S. 481–485.
  8. ^ カールスルーエ - バーゼル高速線プロジェクトの公式ホームページ
  9. ^ ドイツ鉄道703号線の時刻表: DBの資料
  10. ^ ドイツ方面のナイトジェット列車の目録: ÖBBの資料
  11. ^ VRNの鉄道路線網: VRNの資料
  12. ^ KVVの鉄道路線網: KVVの資料
  13. ^ TGOの鉄道・バス路線網: TGOの資料
  14. ^ RVFの鉄道・バス路線網: RVFの資料
  15. ^ RVLの料金区域図表: RVLの資料