マーシャル・クルイロフ (ミサイル追跡艦)

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マーシャル・クルイロフ
«Маршал Крылов»
航行中の「マーシャル・クルイロフ」(1990年)
航行中の「マーシャル・クルイロフ」(1990年)
基本情報
建造所 アドミラルティ造船所[1][2]
運用者  ソビエト連邦海軍(1984年 - 1991年)
 ロシア海軍(1991年 - 1998年)
艦種 ミサイル追跡艦
級名 マーシャル・ネデリン級
母港 ペトロパブロフスク・カムチャツキー50(現・ヴィリュチンスク
所属 太平洋艦隊
艦歴
起工 1982年7月24日
進水 1987年7月24日
竣工 1989年7月9日
就役 1990年2月23日
要目
満載排水量 2万3,780 t[3]
全長 211 m[3]
最大幅 27.5 m[3]
吃水 8 m[3]
主機 DGZA-6Uディーゼルエンジン[2]× 2 基
出力 22,000 hp× 2基
推進器 スクリュープロペラ×2 軸[2]
最大速力 22 kt[3]
燃料 ディーゼル燃料:5,290 t
ジェット燃料:105 t[3]
航続距離 40,000 マイル以上
乗員 339 人[3]
兵装
搭載機 Ka-27PS×2 機(格納庫あり)[3]
レーダーMR-750「フレガートMA」3次元レーダー ×1基
P-10 (レーダー)ロシア語版航海レーダー ×1基
・「ヴァイガチ」航海レーダー ×1基
ソナー ・GAS MG-349「ウージュ」バウ・ソナー
・MG-7「ブラスレット」可変深度ソナー
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マーシャル・クルイロフ[1]ロシア語: ≪Маршал Крылов≫、ラテン文字表記:Marshal Krylov)はソビエト連邦(ソ連)・ロシア連邦ミサイル追跡艦で、マーシャル・ネデリン級ミサイル追跡艦の2番艦。計画名は1914.1計画で、暗号名は「ザディアーク」(ロシア語:Зодиак、ラテン文字表記:Zodiak、「黄道帯」の意)。艦名の「マーシャル(ロシア語:Маршал、ラテン文字表記:Marshal)」は「元帥」の意味で、その名の通りソ連邦元帥であるニコライ・クルイロフの名前から艦名が採られた[2]。艦内の資料室には、クルイロフの写真や文書、私物が展示されている[4]

建造[編集]

ソ連閣僚会議の命令により「マーシャル・クルイロフ」と命名された本艦は、1番艦「マーシャル・ネデリン」の改良型として、バルスドプロク中央設計局ロシア語版の主任設計士ドミトリー・ソコロフロシア語版の指示の下で設計された。

1982年7月24日にアドミラルティ造船所で起工された。「マーシャル・クルイロフ」は1987年7月24日に進水し、進水式ではクルイロフの孫娘であるマリーナ・クリロヴァが艦の命名者となった。進水式で割られたシャンパンの瓶は、艦の護符として現在も艦内で展示されている[4]

1989年7月9日、「マーシャル・クルイロフ」は竣工し初代艦長にユーリ・ミハイロヴィチ・ピルニャック二等艦長ロシア語版、および測定施設長にアナトリー・グリゴリエビッチ・ポベレズニー三等艦長ロシア語版が就任した。1990年2月23日、「マーシャル・クルイロフ」は就役しソビエト海軍旗ロシア語版が掲揚された[4]

運用[編集]

回収されたスペースフライト・ヨーロッパ・アメリカ500のカプセル(1992年11月22日)

「マーシャル・クルイコフ」は任地である沿海地方に向かったが、当時のソ連船舶が沿海地方に向かうのに用いていた北海航路ではなく、スエズ運河を通過して沿海地方に向かった[4]。1990年7月9日、「マーシャル・クルイロフ」は定係港で閉鎖都市であるペトロパブロフスク・カムチャツキー50(現・ヴィリュチンスク)に到着し、クラシェニンニコフ湾ロシア語版に停泊した。

1992年、「マーシャル・クルイコフ」はプレセツク宇宙基地から打ち上げられた民間宇宙飛行の試験機「スペースフライト・ヨーロッパ・アメリカ500英語版」のカプセルを回収する任務にあたった。「マーシャル・クルイコフ」はシアトル沖300㎞の太平洋上でシーステート7の荒天下に待機の上、カプセルを回収してシアトルに搬送した。この時の航行は、本級に外国人が乗り込んだ唯一の航海である[4]

2004年、「マーシャル・クルイコフ」は、RT-2PM(SS-25)の最大射程発射実験に参加し、弾頭の監視測定に従事した。

2010年4月24日、サンクトペテルブルクの記念艦「アヴローラ」で、「マーシャル・クルイコフ」就役20 周年を祝う式典が開催された。式典には退役軍人や造船業者、遠征航海の最初の乗組員が参加し、退役軍人会を代表して、「ミサイル追跡艦クルイコフ20 周年メダル」が艦長に授与された。

2011年8月27日には、ボレイ型原子力潜水艦「ユーリイ・ドルゴルーキイ」から発射されたR-30(SS-N-30)の所定地点への弾着を監視した[3]

2012年10月、「マーシャル・クルイコフ」はウラジオストクダルザヴォート造船所ロシア語版で入渠の修理を完了し[5]、太平洋艦隊の原子力潜水艦によるICBMの発射と、ロシア北東部でのミサイル艇による発射演習に関する測定を実施して、11月1日に母港に戻った。この2 週間の航海は、太平洋で約2,000 哩に及んだ[3]

2013年、「マーシャル・クルイロフ」の乗組員は戦勝記念日 (ソビエト連邦)ロシア語版、太平洋艦隊創立282周年、ゲンナジー・ネヴェリスコイ提督生誕200周年の記念イベントに合わせて艦内を公開した。艦長である一等艦長イゴール・シャリーナは、招待客を艦内を案内して、測定・通信設備の修復計画を発表した[6]

修理と近代化[編集]

改装中の「マーシャル・クルイロフ」(2015年2月15日)

2014年10月8日、「マーシャル・クルイロフ」は修復と近代化改装のためにヴィリュチンスクを出港し[7]、10月17日にはダルザヴォート造船所に到着した。入渠して改修作業が行われ、推進機構や機器の再装備を行い[4]、耐用年数の延長と集中利用の機能強化を図った[8]。特に、宇宙船の追跡や測定、通信のための機器を更新して、新たに設置されたボストチヌイ宇宙基地の機能を利用できることが期待された[4]。 この間、2015年2月23日には、「マーシャル・クルイロフ」就役25周年を祝って、国際宇宙ステーションに滞在中のロシア人クルーがメッセージを寄せた[9]。2016年6月には、レドームを取り外しての通信設備の交換が行われた。 2018年の秋に修理と近代化が完了し、「マーシャル・クルイロフ」は再就役した。

「マーシャル・クルイロフ」は太平洋艦隊北東軍集団の第114水域警備艦旅団に所属している。ソ連時代には、シビール型ミサイル追跡艦ロシア語版をはじめ、「マーシャル・ネデリン」と「マーシャル・クルイロフ」を合わせて8 隻のミサイル追跡艦を有したが、1990年に姉妹艦の「マーシャル・ネデリン」が事実上の退役状態となり(1998年に退役)、1991年から1994年にかけてシビール型ミサイル追跡艦が全て退役して以降、「マーシャル・クルイロフ」はロシア海軍唯一のミサイル追跡艦である。また、民間の衛星追跡船も退役した2006年以降は、ロケットや人工衛星、宇宙船を観測できるロシアで唯一の船舶である[4]

出典[編集]

  1. ^ a b 錨上げ!: ロシア造船業の揺籃の地”. 2019年8月4日閲覧。
  2. ^ a b c d ノーマン・ポルマー英語版:編著、町屋俊夫:訳『ソ連海軍事典』 原書房 1988年 ISBN 4-562-01975-1 P.448
  3. ^ a b c d e f g h i j КОРАБЛЬ ИЗМЕРИТЕЛЬНОГО КОМПЛЕКСА ≪МАРШАЛ КРЫЛОВ≫ ПРОЕКТА 19141”. 2019年8月10日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h Корабль ≪Маршал Крылов≫: единственный в своём роде”. 2019年8月10日閲覧。
  5. ^ Корабль измерительного комплекса "Маршал Крылов" после планового ремонта вышел в море”. 2019年8月10日閲覧。
  6. ^ Летопись ≪звёздной экспедиции≫ // ≪Боевая Вахта≫ № 30 (19456), 31 августа 2013 года”. 2019年8月10日閲覧。
  7. ^ Измерительное судно "Маршал Крылов" отправилось на модернизацию”. 2019年8月10日閲覧。
  8. ^ Уникальный в России корабль ТОФ "Маршал Крылов" пришел во Владивосток Подробнее: https://primamedia.ru/news/393841/”. 2019年8月10日閲覧。
  9. ^ Поздравление с 25 летием КИК Маршал Крылов от космонавтов с МКС”. 2019年8月14日閲覧。