マートン・パーク

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
マートン・パーク
マートン・パークの位置(グレーター・ロンドン内)
マートン・パーク
マートン・パーク
グレーター・ロンドンにおけるマートン・パークの位置
英式座標 TQ250695
ロンドン
特別区
セレモニアル
カウンティ
グレーター・ロンドン
リージョン
構成国 イングランドの旗 イングランド
イギリスの旗 イギリス
郵便地域 LONDON
郵便番号 SW19
市外局番 020
警察 メトロポリタン
消防 ロンドン
救急医療 ロンドン
欧州議会 ロンドン
英国議会
ロンドン議会
場所一覧
イギリス
イングランド
ロンドン
北緯51度24分38秒 西経0度12分06秒 / 北緯51.4106度 西経0.2017度 / 51.4106; -0.2017座標: 北緯51度24分38秒 西経0度12分06秒 / 北緯51.4106度 西経0.2017度 / 51.4106; -0.2017

マートン・パーク英語: Merton Park)は、ロンドン南西部のマートン・ロンドン特別区に位置する郊外地区。緑豊かで閑静な住宅地であり、WimbledonMordenSouth WimbledonWimbledon Chaseの各地区に囲まれている。チャリング・クロスからは7.3マイル(11.7キロメートル)南西にあり、かつてのマートン教会区(Merton parish)の一部である。

概要[編集]

マートン・パークのおおよその範囲は、北はキングストン・ロード(Kingston Road, A238)、東はドーセット・ロード(Dorset Road, B285)と、モーデン・ロード(Morden Road, A24)、南はマーティン・ウェイ(Martin Way)、西はエイルワード・ロード(Aylward Road)が境となっている。これに加えて、キングストン・ロードの北側に位置するマートン・ホール・ロード(Merton Hall Road)、エイブベリー・ロード(Avebury Road)、キングスウッド・ロード(Kingswood Road)で囲まれた一角も、マートン・パークのうちとされる事が多い。ただし、この範囲は、行政上のとしての「マートン・パーク」とは一致しておらず、区の範囲は2キロメートルほど南側のモーデン・サウス駅周辺まで広がっている。

地区内にある公立学校は、小学校 Merton Park Primary と、総合中等学校(comprehensive school)である男子校 Rutlish School の2校がある。地区内はほとんど全面的に住宅地であり、商店やパブもなく、わずかにポプラー・ロード(Poplar Road)の競技場の建物に Old Rutlishians ('Old Ruts') のバーがあるのみである。地区の中心には、かつての教区教会 St. Mary's の跡がある。この教会は12世紀に近傍に小さな修道院 Merton Priory を構えていた聖アウグスチノ修道会が創建したものであったが、今日の建物は14世紀に建てられたものに後年の手が加えられた状態で伝わっている。西門として据えられたアーチ門は、1121年に修道院の施設の一部として建てられたものであるが、修道院の解体後に別の建物の部材として利用された後、1935年に現在の位置に移設したものである[1]

行政上の区としての「マートン・パーク」は、マートン・ロンドン特別区の議会に(保守党系、労働党系ではない)独立系の無所属議員を送り続けており、当区から選出される特別区議会議員3人の存在は、議会に勢力均衡の状態をもたらしている[2]。特別区議3人は、それぞれ順番に特別区の区長代理を務めた経験があり、Peter Southgate は2005/06年に、Krysia Williams は2008/09年に、Karin Forbes は2009/10年に特別区長代理であった。

地区内には慈善団体ジョン・インズ協会(John Innes Society)があり、マートン・パークにおける修景や環境保全に取り組んでいる。

歴史[編集]

初期の歴史について、

19世紀の最後の四半世紀に至るまでは、マートン教会区はほとんどが農村であった。今日のマートン・パークは、シティの商人で、当地の「荘園主 (lord of the manor)」になっていたジョン・インズ(John Innes)が所有する農場であった。

やがて、北隣のウィンブルドン一帯が急速に開発されていくのを目にしたインズは、自分の所有していた土地での住宅地開発に乗り出す。インズは、各地のガーデンサバーブ(田園郊外)、とりわけロンドン西郊チジック(Chiswick)のベッドフォード・パーク(Bedford Park)をモデルとして[3]、やがて当地を代表する景観となる、並木道に沿って一戸建てやセミ・ディタッチドハウス(2戸1住宅)の並ぶ街並を作り上げた。

マートン・パークの北部にあたるキングストン・ロードの両側は、現在は保全地区(conservation area)とされている。概ね Circle Gardens より南側の一帯は、ロンドン地下鉄ノーザン線の南の終点モーデン駅が開業したのを受けて、1920年代から1930年代に開発が進んだものだが、こちら側は、北部に比べると開発形態は小区画で一般的なものであり、保全地区には指定されていない。

現在、マートン・パーク近傍には、モーデン駅のほか、サットン・ループ線のウィンブルドン・チェイス駅とサウス・マートン駅、トラムリンク・ルート3のマートン・パーク駅とモーデン・ロード駅がある。

出典・脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ St Mary's Church, Merton Park”. Merton Council (2010年9月8日). 2011年2月13日閲覧。
  2. ^ 2010年選挙の結果、マートン特別区議会(定数60)の勢力分布は労働党28、保守党27、自由民主党2、マートン・パーク選出の無所属(Merton Park Ward Independent Residents)3となっている。Council election results 2010”. Merton Council. 2011年2月13日閲覧。
  3. ^ ただし、マートン・パークの開発時期を1870年からとし、ベッドフォード・パークの1875年に先んじていたとする見解もあり、ベッドフォード・パークをモデルとしたという見方には疑問も出されている。橋詰直道 (3 2000). “イングランドにおけるガーデン・ヴィレッジとガーデン・サバーブ”. 駒澤地理 (駒澤大学) (36): 55-78. http://ci.nii.ac.jp/naid/110007014428 2011年2月13日閲覧。. 橋詰直道 (2004-3-31). “初の田園郊外と呼ばれるマートン・パークの緑地景観”. ランドスケープ研究 : 日本造園学会誌 (日本造園学会) 67 (5): 799-802. http://ci.nii.ac.jp/naid/110004308201 2011年2月13日閲覧。. 

関連項目[編集]