ミゲル・パルデサ

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この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はパルデサ第二姓(母方の)はピチャルドです。
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Pardeza Filosofía.jpg
名前
本名 ミゲル・パルデサ・ピチャルド
Miguel Pardeza Pichardo
ラテン文字 Miguel Pardeza
基本情報
国籍 スペインの旗 スペイン
生年月日 (1965-02-08) 1965年2月8日(54歳)
出身地 ウエルバ県ラ・パルマ・デル・コンダード
身長 165cm
選手情報
ポジション FW
ユース
1979-1982 レアル・マドリード
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1982-1985 カスティージャ 69 (14)
1984-1987 レアル・マドリード 28 (5)
1985-1986 レアル・サラゴサ (loan) 26 (5)
1987-1997 レアル・サラゴサ 271 (71)
1997-1999 プエブラFC 36 (6)
代表歴
1987-1988 スペインの旗 U-23スペイン代表 2 (0)
1989-1990 スペインの旗 スペイン 5 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。
■テンプレート(■ノート ■解説■サッカー選手pj

ミゲル・パルデサ・ピチャルド(Miguel Pardeza Pichardo1965年2月8日 - )は、スペインウエルバ県出身の元スペイン代表サッカー選手。現役時代のポジションはFW

キンタ・デル・ブイトレと呼ばれる下部組織出身者が中心となった1980年代後半のレアル・マドリードの一員であるが、キャリアのほとんどを1987年に移籍したレアル・サラゴサで過ごした。

経歴[編集]

レアル・マドリードの下部組織で育ち、1982年レアル・マドリード・カスティージャでプロデビュー。1983-84シーズンにトップチームデビューを果たした。1年間レアル・サラゴサレンタル移籍した後、レアル・マドリードへと復帰。リーグ戦25試合に出場して5得点を挙げた。1987-88シーズンにレアル・サラゴサへ完全移籍し、10年同クラブでプレーした。キャリアの最後はメキシコプエブラFCで終えた。

スペイン代表としても下位カテゴリを経験した後フル代表にも招集され、1990 FIFAワールドカップ予選ハンガリー戦でデビューした。本大会では、グループステージのベルギー戦で終了間際にフリオ・サリナスとの交代で出場した1試合のみとなった。

引退後はレアル・サラゴサのテクニカルディレクターを務めた。2009年にフロレンティーノ・ペレスが再びレアル・マドリードの会長に就任したときに、テクニカルディレクターとして招聘された。

所属クラブ[編集]

獲得タイトル[編集]

レアル・マドリード

レアル・サラゴサ