ミュンヘン - アウクスブルク線

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ミュンヘン - アウクスブルク線
基本情報
現況 営業中
ドイツ
所在地 バイエルン州
起点 ミュンヘン中央駅
終点 アウクスブルク中央駅
駅数 23駅
路線記号 5503、5540、5543、5581
路線番号 980
999.3 (ミュンヘン - マメンドルフ)
999.4
全通 1840年10月4日
路線諸元
路線距離 61.9 km
軌間 1435 mm (標準軌)
線路数 複線
複線区間 全区間
電化区間 全区間
電化方式 15,000 V/16.7 Hz (交流)
最高速度 230 km/h
線路等級 D4
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ミュンヘン - アウクスブルク線(ドイツ語: Bahnstecke München-Augsburg)はバイエルン州ミュンヘンアウクスブルクを結ぶ幹線鉄道路線である。全区間は電化されており、路線距離は61.9 kmである。この路線はバイエルン・マクシミリアン鉄道の一部でありながら、ヨーロッパ横断線 (Magistrale für Europa) の一部である。ミュンヘン - アウクスブルク線はバイエルン州で二番目に開通された。

沿線概況[編集]

列車がミュンヘン中央駅から西へ向かうと、ローゼンハイムインゴルシュタット、ランツフット方面の鉄路が分岐する。ミュンヘン・パージング駅から複々線 (Sバーンの複線、遠距離と地域輸送の共通複線線路) が北西向きに続く。オルヒング駅の前に貨物線のミュンヘン北部環状線がこの路線に立体交差で合流して、その地点から高速線 (HGV-Gleis) が始まる。アウクスブルク方向で左の複線はSバーン線、右には地域輸送と貨物線の二つの低速線とその間に高速線がいる。オルヒングの分岐器の上に列車が最高130 km/hの速度で走行することが可能である。

オルヒング以後列車はアンパー川を超えて、西向きに走行する。列車がゲルンリンデン駅を過ぎると、低速線の右の線路が高速線の下を横切って左の線路と並んでいる。そこから高速線はこの路線の右に、低速線は中に、Sバーン線は右にある構造がアウクスブルク方向に続く。高速線には連続列車制御装置が設置されている。マイザッハ駅まではSバーン線は複線であるが、マイザッハ - マメンドルフ間には断線である。Sバーン線はマメンドルフ駅で終わり、他の複々線はまた北西向きに続く。

列車は続いてハスペルモーア駅と同じ名前の沼地 (Moor) を通過する。メリング駅の前にアンマー湖線がこの路線と合流する。列車はパール渓流を渡り、レヒ川と平行に北向きへ走る。アウクスブルク・ホッホツォル駅でこの路線は西向きに曲がり、インゴルシュタット方面のパール谷線と線路を共有する。列車はレヒ川を渡って、アウクスブルク中央駅に至る。

歴史[編集]

1835年ミュンヘンとアウクスブルクで二つの都市を結ぶ鉄道建設の為に法人 (Verein) が設立され、同年建設のプロジェクトは許可された。1836年バイエルン政府はこの路線の軌間を4フィート8.5インチ (1435 mm) で決定し、資金調達は民間部門で行うことになった。既にニュルンベルク - フュルト間のドヴィヒ鉄道を設計したポール・カミユー・ドニー (Paul Camille Denis、1795-1872) へ設計が頼まれた。1837年にデニーは設計・費用計算を確定するのができた。

1837年6月23日ミュンヘン=アウクスブルク鉄道会社 (München-Augsburger Eisenbahn-Gesellschaft) が設立され、翌年ミュンヘンで工事が始まった。1840年10月4日この路線は全区間で開業されたが、建設作業はたやすくなかった。ハスペルモーア沼地の区間では大規模の排水工事が不可欠だった。1844年ミュンヘン=アウクスブルク鉄道会社が少ない利益のため440万グルデンでバイエルン政府に売却された。1846年新しいアウクスブルク中央駅がローセナウベルクで建設された。

1894年8月中央駅のシュタンベルク側の乗降場からライム停車場まで通勤列車線 (Vorortbahn、Sバーンの前身) が複線で開通された。1895年5月通勤列車の専用線はパーシング駅まで延伸された[1]。1925年3月ドイツ国営鉄道はミュンヘン - パージング - ガウティング区間で通勤列車の電気運転を開始した[1]

1967年から1969年までこの路線に連続列車制御装置の最初モデルが採択されたが、1974年まで使わなかった。1976年12月オルヒング - ミュンヘン区間にSバーン用線路が開通された[2]。ロッホハウゼン - ホッホツォル区間では許容速度が1977年から200 km/hまで上がった。旅客列車の速度向上は同年9月25日連邦交通省から承認された[3]

ハテンホーフェン町付近の線路工事

ドイツ連邦交通計画1992 (Bundesverkehrswegeplan 1992) では改修費用が9億1000万マルクで算定され、複線から四線軌道に改良する計画が確立された。高速線の最高速度は230 km/hで、低速線の最高速度は160 km/hでそれぞれ設定された。Sバーン線は1980年5月オルヒング - マメンドルフ区間で追加され[4]、1988年5月マイザッハ駅まで延伸された。1993年初速度向上のための予備計画は立て、基盤施設の財務及び最終設計計画は2003年3月に終わった[5]。この路線の高速化工事は2000年3月アウクスブルクのレヒ川橋の線路増設から始まった。2008年10月21日メリング - アウクスブルク区間の改修工事が終了した。2011年6月6日改良区間のすべての工事が完了し、同年12月230 km/hの高速運転が実現され、アウクスブルク - ミュンヘン区間の走行時間は半時間以下となった[6]

メリングで電子式信号扱い所が新設され、ミュンヘンの中央統制所に繋がった。アウクスブルク・ホッホツォル、キシング、ハスペルモーアには信号使い所が改築され、ナンテンホーフェン駅 (マメンドルフ駅) 、マイザッハ駅、オルヒング駅の信号機は段階的に電子式に転換された。それで古いインフラの更新は線路及び分岐器の改良、道床の改築で成功した。

運行形態[編集]

遠距離輸送の路線は以下にある。

  • ICE 11: ハンブルク・アルトーナ - ベルリン - ライプツィヒ - エアフルト - フルダ - フランクフルト - マンハイム - シュトゥットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン・パージング - ミュンヘン。120分間隔。
  • ICE 25: ハンブルク・アルトナ/ブレーメン - ハノーファー - カッセル・ヴィルヘルムホェヘ - ヴュルツブルク - アウクスブルク - ミュンヘン・パージング - ミュンヘン。120分間隔。
  • ICE 28: (ハンブルク・アルトナ -) ベルリン - ライプツィヒ - エアフルト - フルダ - ニュルンベルク - アウクスブルク - ミュンヘン・パージング - ミュンヘン。120分間隔。
  • ICE 42: ハンブルク・アルトナ - ベルリン中央駅 - ライプツィヒ - エアフルト - フルダ - フランクフルト中央駅 - マンハイム - シュトゥットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン・パージング - ミュンヘン。120分間隔。
  • IC 60: カールスルーエ - シュトゥットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン (-ザルツブルク) 。120分間隔。
  • EC 62: フランクフルト/ザーブリュッケン - シュトゥットガルト - ウルム - アウクスブルク - ミュンヘン -ザルツブルク (- クラゲンフルト/グラーツ/リンツ) 。120分間隔。

地域輸送の場合、アウクスブルク運輸連合(Augesburger Verkehrsverband、AVV)はアウクスブルク - マメンドルフ間で[7]、ミュンヘン運輸連合(Münchner Verkehrs- und Tarifverband、MVV)はアルトヘグネンベルク - ミュンヘン間で有効である[8]

  • 快速 (RE) : ミュンヘン - ミュンヘン・パージング - メリング - アウクスブルク・ホッホツォル - アウクスブルク - ウルム/トロイヒトリンゲン。60分間隔。使用車両はDB440形電車
  • 普通 (RB) : ミュンヘン - ミュンヘン・パージング - マメンドルフ - メリング - アウクスブルク・ホッホツォル - アウクスブルク - ディンケルシェルベン/ドナウヴォェルト。60分間隔。使用車両はDB440形電車。
  • 普通 (BRB) : アウクスブルク・オーバーハウゼン - アウクスブルク - アウクスブルク・ホッホツォル - メリング - ゲルテンドルフ - ヴァイルハイム - ションガウ。60分間隔。使用車両はリント41気動車
  • Sバーン (München S3.svg) : マメンドルフ - マイザッハ - オルヒング - ロッホハウゼン - ミュンヘン・パージング - ライム - ドナースベルガーブリュッケ - ミュンヘン - ミュンヘン東 - ギージング - ダイゼンホーフェン - ホルツキルヒェン。30分間隔。使用車両はDB423形電車

参考文献[編集]

  • DB ProjektBau GmbH (Hrsg.): Ausbaustrecke Augsburg–München. Bauen bei der Deutschen Bahn. DVV Media Group, Hamburg 2011, ISBN 978-3-7771-0434-8. (ドイツ語)
  • Hans Kratzer: Rennstrecke auf Schienen. In: Süddeutsche Zeitung. Nr. 67, 21. März 2015, ISSN 0174-4917. (ドイツ語)
  • Bernhard Ücker: Die bayrische Eisenbahn. 1835 bis 1920. Süddeutscher Verlag, München 1985, ISBN 3-7991-6255-0. (ドイツ語)

脚注[編集]

  1. ^ a b Korhammer, Franzke, Rudolph: Drehscheibe des Südens. 1991, S. 152.
  2. ^ Ralf Roman Rossberg: Langsame Schnellbahn. In: Eisenbahn Magazin. Nr. 12, 2010, S. 32–33.
  3. ^ 著者なし: Die weiteren Pläne der Neuen Bahn. In: Bahn-Special, Die Neue Bahn. Nr. 1, 1991, Gera-Nova-Verlag, München, S. 78 f.
  4. ^ Münchner Verkehrs- und Tarifverbund: Report 78, 79, 80. Geschäftsbericht der MVV GmbH, München 1981.
  5. ^ Meldung München – Augsburg wird viergleisig. In: Eisenbahn-Revue International, Heft 6, 1998, ISSN 1421-2811, S. 229.
  6. ^ Dieses Jahr wird die Bahn-Strecke vierspurig. In: Augsburger Allgemeine (Onlineausgabe), 4. Januar 2011.
  7. ^ AVVの鉄道路線網
  8. ^ MVVの鉄道路線網