ムウタディド

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ムウタディド
アッバース朝カリフ
在位 892年 - 902年

全名 アル・ムウタディド
出生 854年
死去 902年
バグダート
継承者 ムクタフィー
王家 アッバース家
王朝 アッバース朝
父親 ムワッファク
宗教 スンナ派
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ムウタディド854年 - 902年)はアッバース朝の第16代カリフ(在位:892年 - 902年)である。

生涯[編集]

父親は、アッバース朝の第15代カリフムウタミドの弟で名将のムワッファクである。カリフの御膝元のメソポタミア南部(南イラク)で勃発したザンジュの乱では、880年、弟ムワッファクが討伐軍の総司令官に任命されその先鋒として軍を率いて勇猛果敢に戦い勝利した。ムウタミドの晩年には執政に任命され恨みがあった宰相を惨殺した。

892年に即位するとバグダートの円城にたてこもって簒奪を企んでいた一味を摘発し、すでに荒廃していた円城の保管を止めさせ誰でも自由に入らせ荒れるがままして放置させた。893年にはトゥールーン朝アミーンの娘であるカトル・ウン・ナダ―を嫁に迎えた。

彼の時代のアッバース朝は、西のエジプト、シリアはすでにトゥールーン朝のもとで実質的に独立し東はライイ(現在のテヘラン近郊)までがカリフの支配が範囲であった。イラクの北方ではハムダーン朝の勢力が強くなりイラク南部ではカルマト派が広がって後に反乱を起こし他地域にも広がった。

902年にバグダードで病死。

参考文献[編集]

  • 『生活の世界歴史7 イスラムの蔭に』  河出文庫