メアリー・カルー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
メアリー・カルー Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム メアリー・ルイーズ・カルー(後にアームストロング)
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
種目 短距離走
所属 Medford Girls Club
生年月日 (1913-09-08) 1913年9月8日
生誕地 アメリカ合衆国マサチューセッツ州メドフォード
没年月日 (2002-07-12) 2002年7月12日(88歳没)
死没地 アメリカ合衆国マサチューセッツ州フレイミングハム
身長 157cm
体重 45kg
自己ベスト 100m:12秒3(1932年)
 
獲得メダル
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
女子 陸上競技
オリンピック
1932 ロサンゼルス 4×100mリレー
編集 テンプレートのヘルプを表示する

メアリー・カルーMary Louise Carew Armstrong1913年9月8日2002年7月12日)は、アメリカ合衆国陸上競技選手である。彼女は、1932年に開催されたロサンゼルスオリンピック4×100メートルリレー走金メダルを獲得した。

経歴[編集]

カルーは陸上選手としては小柄な部類に入っていたが、短距離走での爆発的なスタートダッシュを武器にしてAAU室内選手権の40ヤード[1] 走競技を1929年から1932年にかけて4連覇していた。特に1930年と1931年に出した5秒2の記録は、当時の世界室内タイ記録だった。他に、1930年にはAAU室外選手権でも50ヤード[2] 走競技で優勝している。但し、彼女にはレースの終盤で失速する傾向があり、1932年のロサンゼルスオリンピックの国内最終選考では3位タイに終わっている。

ロサンゼルスオリンピックの4×100メートルリレーは、1932年8月7日に6チームが出場して予選なしの決勝のみで実施された。カルーはアネット・ロジャースエベリン・ファーチウィルヘルミナ・ボンブレーメンとともにアメリカ代表チームの一員に選ばれ、そのスタートダッシュの力を買われて最初の走者を任された。アメリカ代表チームは2位のカナダ代表チームと僅差ながら金メダル獲得を果たした[3]

カルーは選手生活から退いた後も陸上競技への関心を持ち続け、結婚後はアメリカ合衆国オリンピアンズ協会ニューイングランド分会の秘書を務めた。

脚注[編集]

  1. ^ 36.576m。
  2. ^ 45.72m。
  3. ^ Athletics at the 1932 Los Angeles Summer Games:Women's 4 × 100 metres Relay 2011年2月12日閲覧。(英語)

関連項目[編集]