ヤングタウン日曜日

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MBSヤングタウン日曜日
ジャンル トーク番組/バラエティ番組
放送方式 録音放送(不定期に生放送あり)
放送期間 1999年(平成11年)4月 -
放送時間 毎週日曜日22:00-23:30(90分)ナイター中継延長による繰り下げの場合あり
放送局 MBSラジオ
パーソナリティ 笑福亭鶴瓶三遊亭とむ田口万莉福島暢啓
プロデューサー 藤原大輔(毎日放送)、宇木正大(デンナーシステムズ)
公式サイト 公式サイト
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ヤングタウン日曜日』(ヤングタウンにちようび)は、MBSラジオで毎週日曜日に放送されているラジオ番組。メインパーソナリティーは笑福亭鶴瓶で、通称「鶴瓶のヤングタウン」。

1999年4月、およそ11年ぶりに『MBSヤングタウン』に登場した鶴瓶、堀ちえみ西靖(MBSアナウンサー)と、鶴瓶の弟子である笑福亭由瓶の4人で放送開始。

現在は番組ホームページにおいて番組を完全ネット配信(曲はカット)しており、日本国外からのリスナーも多く、よくメールが紹介される。

また、不定期に公開録音が行われる。2008年1月6日放送分では鶴瓶が当時ミュージシャンだった息子(現在は俳優の駿河太郎)と初の親子共演を果たした。

オープニングテーマおよびジングルは、『ヤンタン』が千里丘から放送されていた1990年代以前のバージョンを使用。

歴史[編集]

すわるラジオ
当初は、リスナーからのはがきを中心にスタジオから進行していた。「コンビニエンスストアの前にたむろする若者」に関するはがきを紹介。そこでの会話から「その若者の気持ちを知りたい」ということで、鶴瓶が実際にコンビニの前で座って放送してみることを発案。サブタイトルを「鶴瓶のすわるラジオ」と題し、3人が街中から生放送を行うこととなる。2000年には堀の出産に伴い、松嶋尚美オセロ)が出演[1]。しかし、座っている場所がリスナーに分かってしまうと大勢集まり、混乱になると周辺の住民に迷惑になってしまうので、放送前夜の土曜日に収録することで落ち着いた。それでも時折生放送を実施、さらに総集編としてそれまでに出会った方に電話で近況を伺ったり、リスナーを招待して公開録音を行った。
2000年1月30日放送分が第37回ギャラクシー賞選奨を受賞した。この回は横浜市放送ライブラリーで無料で聴取することができる。
こさか
河内小阪駅の回ではストリートミュージシャンと出会う。鶴瓶が出演していたフジテレビ平成日本のよふけ」のエンディングテーマに起用し、アーティスト名を“こさか”と命名した。
立つラジオ
2004年3月、街中で収録するすわるラジオをやめ、スタジオで立ったまま放送する「立つラジオ」に変更した。また、松嶋がMBSテレビ制作の全国ネット「知っとこ!」のレギュラーに栄転し、全く芸歴の無い井上智栄子が2003年4月からレギュラーに抜擢される。
立って放送するようになった経緯としては、鶴瓶がニッポン放送番組にゲスト出演した際、パーソナリティーのうえやなぎまさひこに「マイクの前に座ってしゃべるといつもと変わり映えしないし、どうせだからスタンドマイクの前に立って『パペポTV』や『きらきらアフロ』みたいに掛け合い漫才でやりましょうよ」と言われたのがきっかけ。鶴瓶が「ラジオなのに立って収録」するこの方式を面白がり「今度うちのラジオでやらさせてもらうわ」とアイデアを持ち込み実現に至った。
立つラジオがスタートした頃、鶴瓶が上方落語協会広報委員長に就任し、落語を身近に感じてもらうべく、多くの落語家に電話を繋いでトークを展開。その後春風亭小朝らをゲストに迎えるなど、落語が大きなキーワードとなった。
立つラジオからの変化
立つラジオから現在は通常のスタイルに変わっている。
ウィキペディア日本語版(鶴瓶はウキペディアとしか発音できない)の内容についての話題が多く、西は番組内で、家族編成の項目の誤りを指摘していた。

アシスタントの変遷[編集]

2006年4月2日の生放送をもって、井上智栄子が卒業。その後、2006年4月9日放送からのアシスタントは、オラリーを中心としたヤンタンガールズが番組途中から担当する。「選考期間」として色々な女の子を出演させたが、同年6月からは、正式に國丸純、田口万莉(いずれも松竹芸能)、オラリー(素人)の3人が正アシスタントに決定する。

オラリー
尼崎の会社で勤務しているOLで、お風呂でラジオを聞いている時に新アシスタントの告知をしていて、電話をかけた時のリアクションが受けて翌週友人と出演。「オラリー」という名前は前のレギュラーだった井上が「外国人の名前といえば?」という問いに答えた名前。それをそのままペンネームにしたため、そのままオラリーと呼ばれる事になった。2009年5月3日の放送で、5月いっぱいでの番組卒業が発表された。その後オラリーの結婚、妊娠が発覚し産休の形となった。
田口万莉
松竹芸能の女性タレントが勢ぞろいした時に最もインパクトがあった為にその後何度か出演し、これが評価されてレギュラーになった。オラリーと同じく2009年5月に一旦は卒業が発表されたが、公開オーディションの中で独特の特異キャラが再認識され引き続きアシスタントとして残ることとなった。
國丸純
田口と同じ理由で出演。2006年12月から翌年1月は「大沢純」の芸名で活動した。主にレポーターとして活動していたが、2007年4月1日の放送をもって卒業。代わって笑福亭瓶成が担当(不祥事により降板[2])。
林実里
オーディションの結果、2009年7月19日の放送から出演。笑福亭鶴瓶の大学の後輩(京都産業大学)である。
負け越し
そのオーディションで落選したが敗者復活戦で勝ちあがり、現在では正式なレギュラーとなる。負け越し相談室などコーナーができ、負け越し抱き枕や負けちゃん人形が番組ノベルティになるなど、今や番組のちょっとした名物となっている。

アシスタント(毎日放送アナウンサー)[編集]

番組開始から代々、毎日放送のアナウンサーがアシスタントとして出演している。

本来のアシスタントが休演する場合には、他のアナウンサー、宇都宮まき酒井藍などがアシスタント代理を務める。フリーアナウンサー八木早希も、毎日放送アナウンサー時代の2008年頃から、2010年3月に退社するまで不定期で出演していた。

アシスタント(落語家)[編集]

出演機会の多いゲストアシスタント[編集]

ヤンタン日曜日で注目された特異キャラ[編集]

ヤンタン日曜からはキャラいじりの天才鶴瓶によって数々のキャラクターが生まれている。「もみさん」や、ヤンタンきっかけで素人から芸能界に入った井上智栄子、歌手の大空美樹、おぼけな問題や解答を連発している田口万莉などがいる。また鶴瓶にニックネームをつけられるとレギュラーになるケースが多く、吉竹史は「エロケケ」、オーディションで気に入った女性は「負け越し」と名づけられた。福島アナウンサーが番組収録中に「どうして僕はとむくんのことが好きなんだろう」と発言したことがきっかけで「三遊亭とむ」との関係がボーイズラブであると指摘されている。

脚注[編集]

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  1. ^ この番組で鶴瓶にキャラクターを買われた松嶋はテレビ大阪の「つるぴん!」正月特番に出演し、これが好評で2001年4月から同局で「きらきらアフロ」が開始した。
  2. ^ 鶴瓶から破門された(1度目)。復帰→2度目の破門を経て「笑福亭べ瓶」として再復帰。