ユニオンプロレス

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株式会社TEC
Tec Co., Ltd.
種類 株式会社
略称 ユニオン
本社所在地 日本の旗 日本
160-0022
東京都新宿区新宿1-12-15
東洋新宿ビル2階
設立 2004年12月
業種 サービス業
事業内容 プロレス興行
関連企画の運営
映像の企画、制作
代表者 代表取締役社長 ナオミ・スーザン
主要株主 DDTプロレスリング
関係する人物 ポイズン澤田(創業者)
特記事項:
2004年12月、有限会社DDTテックとして設立。
2013年10月、株式会社化と同時に社名をTECに変更。
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ユニオンプロレスは、かつて存在した日本プロレス団体

歴史[編集]

第1次ユニオンプロレス[編集]

1993年、元第1次NOW所属選手の鶴見五郎、元オリエンタルプロレス所属選手の高杉正彦、元PWC所属選手のホー・デス・ミン(現:ポイズン澤田)らによりIWA(アイ・ダブリュー・エー、インターナショナル・レスリング・アソシエーション)を結成。後にIWAは鶴見のIWA格闘志塾(現:国際プロレスプロモーション)、高杉のIWA湘南(現:湘南プロレス)、ホーのIWA流山(アイ・ダブリュー・エー・ながれやま)を始めとしたインディー団体統括組織「レスリング・ユニオン」に変化。IWA流山にはホー、松崎駿馬(現:松崎和彦)、荒谷信孝(現:荒谷望誉)らが参加。

1994年4月、レスリング・ユニオンが解散したため、団体名をユニオンプロレスに改称と同時に、ホーはリングネームをポイズン澤田に改名。12月25日、流山市民総合体育館でホー対ザ・マミーによる「ノーロープ有刺鉄線ランバージャック猛毒マムシデスマッチ」が行われた。マスコミにも取り上げられて話題になるが地元以外での興行は苦戦していた。

1995年4月28日、流山市民総合体育館大会を最後に活動停止。

第2次ユニオンプロレス[編集]

DDTプロレスリングの別ブランド体制[編集]

2005年6月29日DDTプロレスリング後楽園ホール大会でポイズン澤田はリングネームをポイズン澤田JULIEに改名して再旗揚げを宣言したが、DDT代表の一宮章一は難色を示していた。8月14日、澤田と一宮が和解し、代表はFMWで営業として勤めた後にDDTで音響を手掛けていた会場敏が就任。11月3日新木場1stRINGで再旗揚げ戦を開催。

2006年、第1次ユニオン代表の武井匡が裏切り、ユニオン対小笠原和彦が率いるユニット「空手軍団」が勃発。度重なる抗争の末に空手軍団と和解するが武井はミスター雁之助とユニット「武井軍団」を結成してユニオンと抗争。会場敏から代表権を奪い取って代表に就任した武井にユニオンが乗っ取られる。この状況を打開するために、澤田は助っ人として新日本プロレスの練習生時代の同期である後藤達俊とタッグを組んで武井軍団と対抗。

2007年1月12日、新木場1stRING大会で澤田と武井軍団による抗争の最終章として再び「猛毒マムシデスマッチ」が行われ、澤田が勝利し武井と話し合いの結果武井の勇退を発表。代表にDDTでマネージャーを務めていたナオミ・スーザンが就任。澤田は「猛毒マムシデスマッチ」で死んだ何匹かのマムシを供養するため、ボルネオ島へあるヘビ塚へ旅立つためユニオンからの一時離脱を宣言。

2008年1月25日東京愚連隊と業務提携を結んだことを発表したが、大家健の失態によって両者の関係に亀裂が生じ、業務提携は破談となり全面抗争を展開。

2009年2月6日みちのくプロレスで活動しているヒールユニット「九龍」と業務提携を結んだことを発表。2月15日シアター1010大会で九龍の裏切りにより業務提携は破談してしまい全面抗争に発展。

2010年7月14日、大家の長期欠場による「ネクスト大家健ランブル」は、大家の推薦選手である真霜拳號が優勝した。2代目大家健を襲名して当初は嫌がっていた真霜だが、ファンに押される形でユニオン限定で大家拳號を名乗る。12月、ユニオンに移籍したDDT代表の高木三四郎がユニット「TKG48」を公表し、ユニオン本隊の対抗勢力となることを宣言。そこへ乗り込んできた矢郷良明が「レスラーの使い捨て」と反発し、高木によって代表のスーザンがないがしろにされていると主張して、真霜と円華を巻き込んでユニット「ナオミ・スーザン親衛隊」を結成してユニオンを交えての3つ巴となる。

2011年1月3日マッスル枠として確保していた後楽園ホール大会をユニオンが譲り受ける形で開催。DDT社長の高木の提案でプロモートとして全席指定席2000円(前売り価格)という後楽園ホール大会としては破格の設定で行われた(2000円による興行は翌年よりDDTで開催されている)。5月4日、マッスル枠として確保していた後楽園ホール大会をユニオンが譲り受ける形で開催。

2012年10月11日崖のふちプロレスと業務提携を結んだことを発表。

2013年3月10日ラジアントホール大会で突如現れたヒールユニット「謎覆面軍団」とユニオンの抗争がメインとなった。9月23日、ラジアントホール大会で抗争が終結して謎覆面軍団は解散。

TEC体制[編集]

2013年9月29日、DDT後楽園ホール大会で運営会社が、それまでの株式会社DDTプロレスリングから株式会社TEC(旧:有限会社DDTテック)(2004年12月、マッスル坂井が設立したDDTの映像関連子会社)に変更されることを発表。10月23日、新会社による初興行を新宿FACEで開催。

2015年10月4日、後楽園ホールで旗揚げ10周年記念大会を開催。スーザンが代表を退任することになり後任を含めて今後の活動について協議された結果、同興行を最後に解散することを発表。10月7日、DDT後楽園ホール大会の試合開始前に元所属選手の去就について発表が行われて木高イサミ久保佑允竜剛馬FUMA風戸大智福田洋(現:トランザム★ヒロシ)、SAGATプロレスリングBASARAを設立、諸橋晴也チェリーレディビアードはDDTに移籍、石川修司三富政行はフリーに転向、大地は休業などとなった。

タイトル[編集]

トーナメント戦
  • Get the gloryトーナメント

所属選手[編集]

スタッフ[編集]

レフェリー[編集]

リングアナウンサー[編集]

  • 川森文弘
  • 新藤力也(DDTプロレスリング)
  • 井上マイク(DDTプロレスリング)
  • 細身のシャイボーイ(フリー)

映像班[編集]

  • 福田亮平(フリー)

過去の所属選手[編集]

テーマ曲[編集]