ユーロビート

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ユーロビート (EUROBEAT) とは、主に電子楽器を使用したダンス・ミュージックの一種である。Hi-NRG[1]をルーツとしているとされる。

概要[編集]

ユーロビートは、主にシンセサイザー等の電子楽器を多用した、4/4拍子で、BPMが120〜160前後の速いテンポ楽曲である。元はヨーロッパで1970年代より流行していた「ユーロ・ディスコ」、またイギリスで1980年代前半に登場し、その後ヨーロッパ全土で流行した「Hi-NRG(ハイ・エナジー)」、そして同時期にイタリアで生産されヨーロッパ大陸を中心として流行した「イタロ・ディスコ」に端を発しており、1980年代中頃よりヨーロッパ全土で流行した。中でもイギリスの有名プロデューサーチームであるストック・エイトキン・ウォーターマンがプロデュースしたアーティストたちがヨーロッパに留まらない世界的なヒットを飛ばしたが、流行は数年で終息した。

一方1980年代後半、ユーロビート、ハイエナジー、イタロ・ディスコなどといった当時のヨーロッパのダンス音楽がまとめて「ユーロビート」の名称で日本に持ち込まれ、「ユーロビート」というジャンルは日本のみで独自の発展を遂げた。1990年代以降も日本のレコード会社・エイベックスなどから発注を受けたイタリアのプロデューサーによってユーロビートが制作され、日本のパラパラなどのダンスカルチャーにおいて消費される状況が続いており、さらには日本のアニメやゲームなどにユーロビートが採用され、それらの作品が海外に輸出されることで、ユーロビートは日本文化の一部としての「スーパーユーロビート」として世界に再発信されている。

歴史[編集]

世界のユーロビート[編集]

ユーロ・ビートの前史は、70年代のユーロ・ディスコの隆盛に始まる。イタリアのジョルジオ・モロダーシンセサイザーサウンドを前面にだしたサウンドメイクし、アメリカ出身だが当時は西ドイツを拠点としていたドナ・サマーが歌った楽曲がヨーロッパでヒット。ユーゴスラビア生まれの作曲家シルベスター・リーベイとドイツ人作詞家ミュージカル脚本家ミヒャエル・クンゼの2人がドイツのミュンヘンで結成したシルバー・コンベンションもヨーロッパでヒット。それらが、アメリカや日本など世界的にもヒットとなった。この一連のドイツ発シンセサウンドダンスビートがユーロ・ディスコと命名されれて広まった。ドナ・サマーが1977年にリリースした『アイ・フィール・ラヴ』は、ハイ・エナジーのルーツになったと言われている。

1983年、それまでのユーロ・ディスコに代わって流行し始めた「high-energy」などと呼ばれるハイテンポなディスコ音楽の増加を受け、英国の音楽雑誌「レコード・ミラー」が「Hi-NRG」チャートを創設。イギリスのプロデューサーチームであるストック・エイトキン・ウォーターマンによるプロデュースの下で行っていたDead or Aliveの音楽活動がハイ・エナジーの流行を牽引した。特に、Dead or Aliveは、未だユーロビートと言う言葉が無かった1984年11月5日に、それまでのハイ・エナジーよりもポピュラーさを強めた『You Spin Me Round (Like a Record)』をリリースして世界的にヒットさせている。この楽曲は、後のユーロビートに見られる、高速なBPMと、オクターヴ奏法を多用した激しくうねるシンセベースによるベースラインという2つの特徴をHi-NRG史上初めて明確に打ち出しており、音楽評論家からはユーロビートの流行の嚆矢と目されている。

イギリス以外のヨーロッパ大陸でもユーロ・ディスコに代わってハイ・エナジーが流行し、モダン・トーキング、バッド・ボーイズ・ブルー、Taffy、Spagnaなどのアーティストが人気となった。ハイ・エナジーの主流が108 BPMから120BPMくらいなのに対して、ヨーロッパでの主流は124BPMから138BPMくらいと、BPMが早くなる傾向があった。

この音楽がイギリスで「ユーロビート」と呼ばれるようになったきっかけのひとつとして、1985年12月英国の音楽雑誌「レコード・ミラー」が、「Hi-NRG Chart」の名称を「EUROBEAT Chart」に変更したことが挙げられる。この改名は、テンポが速く、ポップな作品が増加したため[2] といわれている。 Ian LevineがプロデュースしたEastbound Expresswayの『You're a Beat』が、「ユーロビート」として紹介された史上初の楽曲である。なお、「ユーロビート・チャート」は、1987年、再度「ハイエナジー・チャート」に名称を戻した。

ユーロビートは有名プロデューサーによって大量生産されていた。イギリスではハイ・エナジーの流れを汲み、PWLレーベルを主宰するプロダクションチームのストック・エイトキン・ウォーターマン(Stock、Aitken、Waterman)のプロデュースによってカイリー・ミノーグリック・アストリーデッド・オア・アライヴメル&キムなどのアーティストがヨーロッパに留まらない世界的なヒット曲を出している。また、ドイツやイタリアを中心とするヨーロッパ大陸で人気を博していたイタロ・ディスコの流れもあり、イタリアでSAIFAMレーベルを主宰するマウロ・ファリーナやジュリアーノ・クリヴェレンテのプロデュースによってMax-Him(ドイツ出身のグループで、フロリアン・ファディンジェールが在籍)、Aleph(デイブ・ロジャースが在籍)、Radiorama(マウロ・ファリーナ自身がボーカルを務める)などの多数のアーティスト、ヒット曲を輩出している。

イギリスを筆頭とする欧州のチャートを席巻したユーロビートは、アメリカでも1987年から1989年にかけてMTV USAで放送された、MTV Europe制作の「Braun European Top 20」によって紹介された(ただしアメリカではユーロビートはそれほど人気が無かったため、ヨーロッパや日本で非常に有名なアーティストでも、アメリカでは全く知られていない場合が多い。ペット・ショップ・ボーイズなどが「ユーロビート」として紹介されるなど、ヨーロッパや日本とは違った受け止められ方をしている)。

しかしながら、ステレオタイプな楽曲が飽きられ[2]、日本以外では1990年代以降、次第にブームが収束していった。ヨーロッパではイギリスで1988年の夏に勃興したセカンド・サマー・オブ・ラブのムーブメントがきっかけとなり、ユーロダンスなどの他のジャンルに移り変わっていった(一方、日本では未だに人気があったため、イタリアのM.FarinaとG.Crivellenteは、Max-HimのF.FadingerとともにユニットF.C.F.を結成し、日本市場向けの曲を供給するようになる)。

このように、日本以外における「ユーロビート」とは、1986年頃から1988年頃にかけてのヨーロッパのダンス音楽を指す名称であった。イギリスではハイ・エナジーの流れをくむ自国のアーティストに対して、サブリナ(Sabrina Salerno)、バルティモラ、Spagna、などと言った、イギリスのこの時期に大ヒットしていたイタロ・ディスコのことを特に「ユーロビート」と呼ぶことがある(なお、イギリスにおいてはサブリナは1987年に『Boys』で、バルティモラは1985年に『Tarzan Boy』で大ヒットを出しただけの一発屋だと思われているが、ヨーロッパ大陸においては他にもヒット曲があり長く活躍したアーティストである)。

1990年代後半以降[編集]

1990年代後半ごろより、日本のダンスカルチャーである「Para Para」の構成要素の一つとして「ユーロビート」が海外に知られるようになった。また、同時期にアニメ『頭文字D』やゲームの『Dance Dance Revolution』でユーロビートがフィーチャーされ、これの作品が海外に輸出されてヒットしたことで、ユーロビートは「日本文化の一部」として世界に再び受け入れられることとなった。

2000年代以降も、日本の「パラパラ」用の音楽のコンピレーションアルバムが『Super Eurobeat』として継続的に発売されているほか(そのため海外ではしばしば、ユーロビートのサブジャンルとしての「日本におけるユーロビート」の名称が「スーパーユーロビート」であると誤解されている)、日本の様々なゲーム会社から『ビートマニア』『パラパラパラダイス』『Jubeat』などの音ゲーのシリーズが継続的に制作され、それらにユーロビートが収録されて海外に輸出される状況が続いており、現在でも日本から世界に「ユーロビート」が継続的に再発信されている。

日本のユーロビート[編集]

一方、1985年当時の日本ではハイエナジー、ユーロビート、イタロディスコなどのジャンルが区別されず、同時期のヨーロッパのダンス音楽が全て「ユーロビート」の名称で受け入れられた。

日本国外におけるユーロビートの人気が無くなった1990年代以降も、日本ではユーロビートが長く人気を保った。この時期の「ユーロビート」は、日本のメーカーが直接ユーロビートのアーティストと契約を行い日本のみでリリースされるユーロビートのほか、ユーロビートのアーティストがプロデュースした日本人の楽曲、または日本人が制作したユーロビート調の楽曲などがほとんどとなり、いずれにせよ、ヨーロッパと言うより日本市場の嗜好に完全に特化した曲調となった(これらの音楽は海外では「Japanese Eurobeat」「J-Euro」等と呼ばれるか、あるいは単に「J-POP」の一種とみなされている)。日本人好みの「泣き」のメロディーが多い。他のジャンルと比較して、4つ打ち主体のユーロビートはリズム感に乏しい日本人でもリズムが簡単に取れる点も、長年の人気の理由の1つである。

1980年代後半[編集]

1980年代後半から1990年代前半にかけてザッツ・ユーロビートというコンピレーションCDがアルファレコードから発売され、ブームに火を点けるとともに、ユーロビートの名称が定着した。同シリーズはVol.44まで続き、今ではユーロビートの古典的存在となっている。また、同時期には、他社からも「ユーロビート・ファンタジー」(ポニーキャニオン)、「ベスト・ディスコ」(ビクター)というシリーズが発売され、ディスコ・ブームとともにユーロビートは日本で一世を風靡した。

ダンス音楽として制作されたユーロビートの楽曲はシングル単位で消費される例がほとんどだが、キング・コング&ジャングル・ガールズ(『BOOM BOOM DOLLAR』)、マイケル・フォーチュナティ(『GIVE ME UP』)、ポール・レカキス(『Boom Boom (Let's Go Back to My Room)』)などは一般消費者にも受け入れられ、アルバム単位でもヒット作となった。また、ロングセラーになる曲も多く、Melaの『Help Me』などが代表格である。

日本の歌謡曲にも影響を与え、特にアイドル歌謡にユーロビートアレンジを採用する例が多かった。当時のヨーロッパでヒットしていたユーロビートを日本のアイドルがカバーした作品としては、荻野目洋子ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)』、森川由加里『Show Me』、長山洋子ヴィーナス』、BaBeGive Me Up』、Wink愛が止まらない 〜Turn It Into Love〜』などが挙げられる。アイドルがカヴァーしたことによって、オリジナルもヒットするという現象も多々あった。

また、日本の歌謡曲に日本人プロデューサーがユーロビート風のアレンジを行ったものをアイドルが歌った作品としては、森高千里17才』が挙げられ、1970年代南沙織の同名のヒット曲を斉藤英夫がユーロビート風にアレンジし、大ヒットさせた。

1980年代当時、日本人アイドルの歌った日本製の「ユーロビート」は、DEAD OR ALIVEカイリー・ミノーグなどの本家のユーロビートとともに日本のディスコのフロアで流されていた。

またポップスの方面でも、小室哲哉率いるTMNプロデュースリミックスをユーロビートの本家であるイギリスのPWLレーベルに委ねており、ダンス音楽に限らず、ユーロビートは日本国内で広く浸透していったことが分かる。

また、アジアにおけるユーロビートの流行が、日本を起点に香港や韓国などのアジア諸国に拡大していく例もあった。特に、荻野目洋子ヴァージョンの『ダンシング・ヒーロー (Eat You Up)』は、香港などでカヴァーされる際に、オリジナル曲ではなく、日本での編曲が使われた。韓国では「ザッツ・ユーロビート」のコピー盤が流通したり、90年代にはR.efやNRG、Koyoteといったアイドルグループがユーロビート調の楽曲を歌っていた事があった。

1990年代前半[編集]

1990年代以降、海外ではほとんどの「ユーロビート」のミュージシャンは人気を無くしていった(カイリー・ミノーグなどごく少数、スタイルを変えて人気を保つアーティストもいた)が、日本では1990年代以降も人気を保った。そのため、1980年代末よりユーロビートのクリエーターが最初から日本市場を優先して楽曲制作を行う例が増え、Mr. Zivago『Tell by Your Eyes』(1992年)などは、日本盤と日本人アイドル田原俊彦によるカバー『雨が叫んでる』(1992年)の方が、ヨーロッパ盤(1993年)よりも先に発売された。この時期以降のユーロビートは、日本でしか発売されていない楽曲がほとんどである。

ダンス音楽の方面におけるユーロビートの人気については、ユーロビートに合わせて踊る日本特有のダンス文化「パラパラ」が生まれたことが大きく、エイベックスから「スーパーユーロビート」(1990年〜)、「ユーロビートフラッシュ」(1995年1999年)、「ユーロマッハ!」(1999年2002年)というコンピレーションCDシリーズが発売され始め、特に「スーパーユーロビート」は現在でも続いている長寿シリーズとなっている。『SUPER EUROBEAT』シリーズの長期的な商業的成功については、エイベックスの経営者が直接イタリアのユーロビート・レーベルと契約し、日本市場向けの嗜好に特化して制作してもらったことが大きな理由で、これらのレーベルの作品は、現在ほとんど日本国内で消費されているのみである。日本国内でのみ人気のあるジャンルをイタリアのレーベルが長年に亘って制作しつづけるという珍しい現象が起きている[3]。そのため現在では、いわゆる洋楽であるにもかかわらず、日本国内のみで発売されているコンピレーション盤がほとんどである。

1990年代中盤より、ユーロビートのアーティストであるデイブ・ロジャース安室奈美恵MAXV6と言ったエイベックス所属のアーティストのプロデュースを行い、非常に大きな商業的成功を成し遂げた。ユーロビートは依然として日本の幅広い層に人気であった。

1990年代後半以降[編集]

アニメの『頭文字D』(1998年-)の放映が開始され、デイブ・ロジャースがユーロビートの楽曲提供を行った。

1990年代後半には音ゲーのブームによって、ゲームに1980年代のユーロビートが収録されたことで、1980年代のユーロビートの再評価も行われた。特にKING KONG & D'JUNGLE GIRLSの『BOOM BOOM DOLLAR』は『Dance Dance Revolution 2ndMIX』に収録されてアメリカにも輸出されたことで、アメリカでも「初期DDRを代表する曲」として知られるようになった(なおKING KONG & D'JUNGLE GIRLSはF.C.F.のマウロ・ファリーナの変名であり、「BOOM BOOM DOLLAR」は東芝EMIと契約を結んで日本市場向けにリリースされた楽曲である。イタリア人が日本人向けに英語で書いた楽曲であるため、ネイティブの英語話者から見ると英語の歌詞の文法が出鱈目なのも典型的なユーロビートの特徴である)。

『頭文字D』、『Dance Dance Revolution』、『SUPER EUROBEAT』などは、2000年代以降も続く人気シリーズとなっている。

使用機材と曲構成[編集]

ユーロビートでは曲の構成よりも、使用機材の方が重視される場合が多い。使用される機材としては、1980年代はRolandのD-50(D-550)やYAMAHADX7、1990年代以降はRolandのaJUNOやDANCE M-DC1[4]などがある。ユーロビートの楽曲では、ギターボーカル以外は、すべて打ち込みで作られる。4/4拍子が多く、120〜160前後のテンポである。定型のあるブルースなどと違い、ユーロビートに定型的な曲構成はない。歌唱のない部分に8小節の「シンセリフ」と呼ばれるシンセサイザーによる印象的なフレーズが存在し、Aメロ、Bメロ、サビと同格に扱われ、曲中で繰り返し現れる。これが、ユーロビートの最大の特徴であり、その出来が曲の評価を決めるほどの重要な要素でもある。さらに、曲の構成(流れ)が次のように作られることが多く、曲によってほとんど差異がない。「イントロ(16〜24小節前後)→シンセリフ(8小節)→Aメロ(8小節)→Bメロ(8小節)→サビ(8または16小節)→シンセリフ(8小節)→Aメロ(8小節)→Bメロ(8小節)→サビ(8または16小節)→……」である。

曲がほぼBPMが同一であり繋げやすい事からも、BPMを保ちつつ、同じ振り付けで踊る事が他人と共有できる爽快感や高揚感・一体感がある。1980年〜81年の竹の子族→学校やフロア限定の振り付け→バブル期の第一次パラパラブームへと引き継がれている。またコード進行もよく似ており、大衆受けし易かったひとつである。

80年代ユーロビートと90年代ユーロビートには大きな差異がみられる。前者は、BPM120〜135程度でサウンドもシンプルなのに対して、後者は、テンポがかなり速く(BPM150〜160程度)、シンセサイザーの高音が際立っている。

現代ではキーを変えずにBPMを変動させる事が可能であり(かつてはBPMを変えるには回転数を変えなければならず、制約が多かった)、印象を変えずにビートだけが早くなっている事が多い。また、オリジナルヴァージョンリミックスで、テンポが全く違う事も多い。

また、ジグソー"SKY HIGH(スカイ・ハイ)" などのように、リミックスによって曲調を変える手段を使い、新たに新曲としてフロアに上がってきた曲もある。

ジャンル、ディスコ、レーベル[編集]

ユーロビートは、他ジャンルとの混同が多いジャンルである。特に、四つ打ちのダンス・ミュージックで歌入りのものは、ユーロビートと混同されやすい。さらに、打ち込みで作られたダンス・ミュージック調の楽曲であれば、すべて同一視される傾向も見られる。

1980年代中期から全国展開したNOVA21グループのディスコマハラジャ[5]」「キング&クイーン」で主要ジャンルとしてヘビープレイされ、ユーロビート=ディスコの曲と認知され、注目されるようになった。その後、ディスコではパラパラと呼ばれるダンススタイルで使われる音楽として定着しているが、オール・ジャンルのイベントでも80's以外ではユーロビートはほとんどかからず、アンダーグラウンドな位置づけである。

ユーロビート制作レーベルは人の流動が激しく(日本のITベンチャー企業のようなもの)、新レーベルの設立や作家人によるレーベル間の移籍などが頻繁である。近年ではDELTA等が代表的な例である。

主なミュージシャンと代表曲[編集]

1980年代[編集]

1990年代以降[編集]

SUPER EUROBEATの項も参照のこと。

主な製作レーベル[編集]

1980年代[編集]

  • TIME RECORDS
  • FLEA RECORDS
  • ASIA RECORDS

1990年代以降[編集]

  • A-BEAT C
  • DELTA MUSIC INDUSTRY
  • TIME RECORDS
  • SCP MUSIC (旧DOUBLE)
  • HI-NRG ATTACK
  • BOOM BOOM BEAT (THE SAIFAM GROUP)
  • ASIA RECORDS (THE SAIFAM GROUP)
  • VIBRATION (系列レーベルにEnergy Revolution、Eurobeat Mastersがある)
  • SinclaireStyle
  • GO GO'S MUSIC (A-BEAT Cの事実上の分家レーベル、DOMINO・MEGA NRG MAN・VIRGINELLE・NUAGE・KAIOH(旧アーティスト名:FREDDY RODGERS/FREDDY R.)等、元A-BEAT C所属アーティストの大半がこちらに移籍)
  • DIMA MUSIC
  • AKYR MUSIC
  • BLAST!
  • HI-SITE
  • Eurogrooves (TIME RECORDSから分化したレーベル)
  • SUN FIRE RECORDS (A-BEAT Cの事実上の後継レーベル、レーベル主宰のDAVE RODGERSと元A-BEAT Cの一部アーティスト(FUTURAとNORMA SHEFFIELD、POWERFUL T.)が移籍)

J-EURO[編集]

概要[編集]

日本語のユーロビートのことである。もとは、「海外のユーロビートを日本人歌手が日本語カバーしたもの」を指していたが、後に出現した「J-POPのユーロビート・リミックス」や「日本人作家によるオリジナルの日本語ユーロビート」も、海外(主にイタリア等の欧州諸国)で日本人以外が制作した純粋な意味での「ユーロビート」とは区別され、「J-EURO」と表現されるようになった。英語のユーロビートと同じく、コンピレーション盤も多く制作されている。また、デビュー直後のアイドル歌手の作品として使われることも多かった。

代表曲[編集]

カバー曲[編集]

  • Hipp's
    • 「Go!Go!Girl!」 - Go Go Dance 'Go Go Girls'
    • 「SWEET LOVE」
  • SHANADOO
    • 「KING KONG」 - E-ROTIC 'KING KONG'
  • Vivace
    • 「On My Own」 - On My Own 'Donna'
  • Dream
    • 「Night Of Fire」- NIGHT OF FIRE 'NIKO'
    • 「Do You Wanna Dance」 - DO YOU WANNA DANCE 'GO GO GIRLS'
    • 「Jealousy」 - JEALOUSY 'VIRGINELLE'
    • 「King & Queen」 - King And Queen 'King & Queen'

日本人作曲のヒット曲[編集]

J-POPのユーロビート・リミックス[編集]

シングル
  • TRF
    • 「だぁ!だぁ!だぁ!」SEB プレゼンツ BOY MEETS GIRL with TRF
アルバム

日本人作家によるオリジナルのユーロビート[編集]

  • D&D
    • 「YOU'RE NO.1」
  • Wi☆th
    • 「Let's Spend The Night」
  • 板野友美(ギャルちん aka 板野友美)
    • 「Shiny Summer ~友の夏~」
  • V6
    • 「STAY GOLD(ユーロビートバージョン)」

主な収録先[編集]

DJ向けにレコード盤が制作される場合もあるが、一般向けには、CDへの収録がほとんどである。1990年代初頭まで、またはブーム時にはアーティストごとのCDが発売されることもあるが、通常はコンピレーションCDに収録されることが多い。以下は、シリーズ化された主なコンピレーションCDである。

  • ALABIANCA DANCE
  • Best Disco
  • BEST OF EUROBEAT DISCO HITS
  • DANCE PANIC! presents EURO PANIC!
  • EURO
  • EUROBEAT BOX
  • EUROBEAT FANTASY
  • EUROBEAT FESTIVAL
  • EUROBEAT FLASH
  • LOVE PARA2
  • MAHARAJA NIGHT presents HI-NRG REVOLUTION
  • PARA PARA HI-BPM EUROBEAT
  • SUPER EUROBEAT
  • SUPER EUROBEAT presents EUROMACH
  • SUPER EURO SMASH
  • That's EUROBEAT
  • That's EUROBEAT NOW
  • TOHO EUROBEAT
  • TWINSTAR PARA PARA SUMMIT
  • VIP MEGA EUROSTAR
  • ユーロバカ一代

脚注・参考文献[編集]

  1. ^ http://cvnweb.bai.ne.jp/~night-d/EUROBEAT/m05.htm
  2. ^ a b 小野田 雄「ユーロビート」北中正和監修『世界は音楽でできている ヨーロッパ・アジア・太平洋・ロシア&NIS編』音楽出版社,2007年,pp46〜47
  3. ^ 詳細は「SUPER EUROBEAT」を参照
  4. ^ http://eurobeatunion.blog.fc2.com/blog-entry-11.html
  5. ^ http://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2017/07/0702.html

関連項目[編集]