ヨネイ

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明治時代の米井商店
米井商店代表の米井源治郎。明治屋、明治護謨製造所の社長、麒麟麥酒の重役も務めた[1]

株式会社ヨネイ(英名:YONEI&CO.,LTD.)は、三菱傍系の企業で、機材・機器類関連を主に取り扱う複合専門商社。三菱商事系。

概要[編集]

同社は建設機械産業機械・工業用資材・映像機器制御装置の5分野を主体とした専門商社。

匿名組合磯野商会」(1897年(明治30年)2月、創始者磯野計、共同事業者米井源治郎)として設立したこともあり、日本国内における食品卸の名門・明治屋が設立を主導し、同社とは創業者もおおむね一致している。尚、三菱グループとの関係は後述のキリンビール(初代)や明治ゴム化成の設立に協力したことも背景にある。

また、この関係上から明治年間は暫く磯野・米井両家からの企業トップ輩出となっていたが、やがて磯野家が明治屋グループの経営にシフトしていったことから、後者の米井家が経営を主導(のちに米井商店へ社名変更、1917年(大正6年))。米井商店は京橋区銀座3丁目に社を構え、大阪、神戸、横浜に支店を持つほか、台北、ロンドン、グラスゴーを含む国内外に多数の代理店を有していた[2]

戦後は資本増強や拠点拡大を行うようになり、1984年(昭和59年)に社名を現社名へと変更した。また、1997年2月に創業100周年を迎える、世紀をまたいだ数少ない商社でもある。

ヨネイビルディング[編集]

1930年竣工の本社ビル(東京都中央区銀座2丁目8−20)は、施工清水組(現・清水建設)、設計森山松之助による地上6階・地下1階から成る鉄骨鉄筋コンクリート造の建物で、中世ロマネスク風のデザインをもつ壮麗・瀟洒なものだった[3]。1階は重厚な石貼の外壁に螺旋模様が施されたアーチ窓、2階以上の外壁はテラコッタ・タイルで隙間なく覆われていた[3]。タイルの剥離が見られたたため、1984年に2階以上の外壁や窓の改修が行われ見た目は様変わりしたが、銀座柳通りに今もあり、1階は内部が改装されて洋菓子店アンリ・シャルパンティエ銀座店として使われている[3]

脚注[編集]

  1. ^ 米井源治郞 (男性)『人事興信録』第4版 [大正4(1915)年1月]
  2. ^ 米井商会『諸官省用達商人名鑑. 前編』山口晋一 編 (運輸日報社, 1910)
  3. ^ a b c ヨネイビルディングオフィスマーケット 2003年9月号

関連項目[編集]