ラディック・ムッサー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ロゴマーク
ロゴマーク
ムッサーのヴィブラフォン
ムッサーのヴィブラフォン
低音域の音板を外した様子

ラディック・ムッサー (Ludwig-Musser)[注釈 1] は、アメリカ合衆国の総合打楽器ブランド。ラディック 及び ムッサーの両ブランドを持っていた。現在は、スタインウェイ・ミュージカル・インスツルメンツ傘下、コーン・セルマー内の一部門である。日本では、野中貿易株式会社が代理店契約を結んでいる。

本ブランド公式のカタカナ転写は定められていなく多くの方法があるが、上記の正規輸入元である野中貿易が定める「ラディック」及び「ムッサー」と本項では記述する。

概要[編集]

ラディック 及び ムッサーの両ブランドで、打楽器 及び その付帯品を製造・販売する。

沿革[編集]

  • 1887年、ヴィルヘルム・フリードリヒ・ルートヴィヒ(Wilhelm Friedrich Ludwig, 1879年生まれ)、トロンボーン奏者の父ヴィルヘルム・フリードリヒに連れられてドイツからアメリカ移住し、名前もアメリカ風にウィリアム・フレデリック・ラディック(William Frederic Ludwig)に改められる。)
  • 1909年パーカッション奏者として活躍していたウィリアムが移民2世の弟シーオーボルド(Theobald Ludwig,1888年生まれ)と共にシカゴ打楽器販売店Ludwig & Ludwigを設立。
  • 1918年、シーオーボルドがスペイン風邪のため30歳の若さで急死。
  • 1930年世界恐慌の影響から経営不振に陥り、C.G. コーンとの経営統合を余儀なくされる。
  • 1937年、新経営陣と袂を分かったウィリアムが独立しThe W. F. L. Drum Company[注釈 2]を設立[注釈 3]
  • 1948年、鍵盤打楽器メーカーJ.C. Deaganの従業員で、マリンバ・シロフォン奏者のクレア・オマー・ムッサーがアメリカのシカゴに鍵盤楽器メーカーThe Musser Marimba Companyを設立。
  • 1955年、ウィリアムはコーンより会社を買い戻し、名称をThe Ludwig Drum Companyに変更。
  • 1964年、「エド・サリバン・ショー」におけるザ・ビートルズの伝説的TVデビューにより、リンゴ・スターが使用していたラディックのドラムセットが一挙に全米の注目を集め、年商1300万ドルを記録。
  • 1966年The Ludwig Drum CompanyThe Musser Marimba Companyを買収する。
  • 1971年、ウィリアムの死去にともない、息子のウィリアム・F・ラディック・ジュニア(1916年生まれ)が会社を引き継ぐ。
  • 1981年The Selmer Companyによって買収される。
  • 1984年ノースカロライナ州モンローに移転する。
  • 2003年、グループ内の再編につき、コーン・セルマーの一部門となる。
  • 2008年、ウィリアム・F・ラディック・ジュニア死去。)

主な製品[編集]

打楽器のうち、以下のような膜鳴楽器鍵盤打楽器、及び それぞれの楽器群の付帯品を製品群に持つ。

ラディック[編集]

ムッサー[編集]

使用ミュージシャン[編集]

楽団[編集]

日本[編集]

海外[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ ドイツ語の姓名ルートヴィヒ(Ludwig)の英語での発音はルドヴィグまたはより英語化したラドウィグ(/ˈludvɪɡ/, /ˈlʌdwɪɡ/)であり、日本でのラディックという慣用的な呼称は後者に基づく。また語源不詳の姓Musserの一般的な米語発音はマサー(/ˈmʌsɚ/)である。
  2. ^ 当初はThe William F. Ludwig Drum Companyという名前だったが、コーンよりLudwigの名を使う事を禁じられる。
  3. ^ 同社の最初の商品が、現在に至るまで販売されているスピードキングである。
  4. ^ NHK交響楽団のコンサートでステージ上に並ぶ現物を実際に見られるほか、N響アワークラシック音楽館など同楽団の演奏の模様を放送するテレビ番組の映像等でも、同社製の打楽器類が使われていることが確認できる。

出典[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]